15-7 ~ 演説 ~


 ──コレを、俺が、読むのか?


 非常に不本意ながら勃起祭りとかいうアホなお祭りの主催者にされ、正妻ウィーフェ様がしたためた挨拶文をBQCO脳内量子通信器官を経由して大脳の海馬へと投入した俺は、思わず内心でそう呟いていた。

 内容については、自分が口にすると思うだけでなので割愛するが、まぁ取りあえず少女漫画の俺様系野郎がキラキラしながら言うだろう台詞のオンパレードである。

 野郎の数が極小化しているこの時代ではコレが受けるのかもしれないが、少なくとも俺のキャラじゃないし……少女漫画を受け付けなかった理由の一つが野郎の現実離れした気持ち悪さだった俺としては、口にしたいとも思わない。


 ──どうする?


「……都市の人口は既に二千を数え、移住希望者も増え続けており、今や審査待ちだけで一万を超えているのが現状です。

 しかも市長がこれから成長していくこの海上都市においては、人口が減る要素など我々市民による犯罪以外、あり得ないという状況になっているのです。

 責任ある一人の女性として、殿方の足を引っ張るような真似だけは現に謹んで下さいますよう……」


 俺が悩んでいる間にも、正妻ウィーフェ様の演説は進んで行く。

 本当に正妻ウィーフェになるだけあって、リリスはその十代半ばという年齢を考えればあり得ないほど堂々としていて……正直、生まれながらにしてのだと思い知らされるほどである。

 そんな彼女が一度は婚約破棄を受け、俺なんかの正妻ウィーフェになっているのだから、この未来社会ってのは本当に救いがないというか、イカれた男女比の所為で折角の優秀な人材が無駄になっているとしか思えない。

 それは兎も角として。


 ──どうやって、乗り切る?


 我が正妻ウィーフェたるリリス嬢が一つ言葉を紡ぎ出す度に、刻一刻と俺の出番が近づいてきている。

 しかも先ほど景気付けのためにアルコールの効果を脳みそへと直接注入した所為か、頭はただただ空回りするばかりで、まともな対策案は一つも浮かびやしない。


 ──っつーか、リリスはどうしてもっと早く……


 もっと早く演説の練習をするように言ってくれなかったのかと、酩酊気味の頭で責任転嫁をしてみたものの……理由はBQCO脳内量子通信器官があっさりと教えてくれた。


 ──男性の勃起祭りは凡そ十代始めの頃。

 ──なので、むしろたどたどしい方が女性から支持される傾向にある。


 直後に「調べなきゃよかった」と思ってしまうような検索結果ではあったが、まぁ、リリス嬢が俺に練習を勧めなかった理由は理解できた。

 どうやら我が正妻ウィーフェ様はこの俺に演説上手を期待している訳ではなく、たどたどしく可愛らしい客寄せパンダを期待しているらしい。

 

「都市のインフラ機能も発展しており、他の都市と比べましても遜色ない住み心地を提供できていると思っております。

 そして、市長の篤い協力の元で都市生活を満喫されている市民の皆様はもうご存じだとは思いますが……」


 こんな涼し気な顔で堂々とした演説をしながら人様に恥まみれの黒歴史を強要しているのである。

 幾ら未来社会の風潮とは言え、流石に少々イラっと来た俺は……


 ──あ~、もう、どうでも良いか。


 こういう短絡的な結末に陥った理由として、何よりも大きかったのはやはりBQCO脳内量子通信器官経由でぶち込んだ、疑似的な酩酊感、だろう。

 最初は大したことないと思っていた軽い酩酊感も、アルコールと違って分解されることはないのか、尾を引くようにずっと酩酊が続き……俺の頭の中がじわじわと幸せになり始めていたのだ。

 加えて自己弁護するならば、この自分の名前を冠した海上都市……既に人口が二千人を突破しているにもかかわらず、未だに自分の街という実感が持てなかったことと。

 急速に拡大した結果、実務を担当している正妻ウィーフェ様が疲労困憊で死にかけているのを何度も目にしてきた経験から、俺自身は「そこまで急いで人口を増やす必要もないな」と考えていること。

 それらの燃料が積み重なったところに、パンダ役を押し付けた当の本人がもの凄く流暢に演説をしている、という僻み根性みたいなのが種火となってしまった、という感じだろうか。


「最後に、この都市で生きる皆さまに未来を授けて下さる市長、クリオネ様からのお言葉を頂戴いたします。

 では、市長、お願いします」


 そうこうしている内に校長先生より心持ち短いくらいの正妻ウィーフェ様直々の演説が終わり、来るな来るなと祈っていた俺の出番が回って来る。

 映像を流しているということが分かるように、だろうか。

 俺の前に飛んで来た仮想モニタにカメラとマイクが意味もなく写り込んでいて……21世紀の残滓と思わせるその文化に俺は少しだけ笑みを零してしまう。

 

「……暑ぃ」


 そして、BQCO脳内量子通信器官経由の酩酊感に犯された脳みそが最初に行ったことは、この鬱陶しい衣装の首元を緩めるという、酔っぱらい特有の行動だった。

 しっかりした記憶にはないものの、飲み屋で何度もやっていたように、手慣れた手つきでワンタッチネクタイ擬きを脱ぎ捨て、カッターシャツっぽいモノのボタンを外し……具体的にはシャツの胸元を、鎖骨が見えるか見えないか辺りまで開いたのである。


「し、市長?」


 突然打ち合わせになかった行動を始めた俺に驚いたのか、隣に控えていた正妻ウィーフェ様が何やら呟いていたものの……俺はちょいとばかり酩酊したまま、このクソみたいなお祭りを台無しにしてやる覚悟で、この都市の発展を少しばかり遅らせてやるつもりで口を開く。


「よぉ、男に縁のない連中共。

 俺様が声をかけてやるから、有難く股を濡らして傾聴しろ」


 何も考えずに勢いだけで吐き出した言葉は、そんな罵倒寸前のアレな台詞だった。

 正直な話、口にした直後、「俺、何を言ってるんだ?」という後悔が押し寄せて来たが……残念ながら一度吐いた言葉はもう呑み込めない。

 冷静な自分は背中に冷や汗が流れる感覚を訴え続けていたものの、脳みそに回ったアルコールがそのままのテンションを維持しているのか、口先からは勝手に言葉が零れ続ける。


「ああ、でも、手にしたソレは使うなよ。

 こんなところでおっぱじめやがったら、娼館に売り飛ばしてやる」


 そう吐き捨てて中指を立てて見せる。

 これは20~21世紀ではFUCKを意味するジェスチャーであり、勃起した陰茎を相手に向ける侮辱行為に値するヤツである。

 そう語った直後、BQCO脳内量子通信器官が『このジェスチャーは、「相手を犯す」という向ける侮辱行為』であり、基本的に男性から女性に向けることはないと告げていたが、もう遅い。

 いくら仮想モニタ越しとは言え、勃起祭りで市長が全市民に向けて中指を立てる……「犯すぞ」を意味するその行為が何を意味するかなんて、今の酩酊した俺には全く理解できていなかった。


「だから、てめぇら。

 男が欲しかったら俺のために働け。

 全身全霊で働けば、俺がお前らに情けをくれてやるぞ」


「あの、あな……市長。

 もしかして、酔ってます?」


 流石に洒落にならないと思ったのだろう。

 俺の演説を止めようと、隣に控えていた正妻ウィーフェリリス嬢がこちらへ駆け寄って来るものの……もう俺の酩酊は完全に悪酔いの域へと達していた。

 ふわふわして、思考回路が回らない上に、慣れない演説で悪ノリしていたのだ。

 今の俺の状況は、記憶にある限りでは「酒が回ってカラオケでノリに乗った挙句、訳の分からないテンションで歌い続けるばかりか、変な踊りまで披露してしまった」……あの時の感覚に近いだろう。

 ちなみに、記憶の片隅では、「スナックで歌いながら全裸になった記憶」とか、「踊り狂ってマイクスタンドを振り回しカウンターにぶつけてひん曲げた記憶」などが浮かんできたが……それらは自分がやらかした記憶じゃないと信じたい。


「ご褒美が欲しければ、コイツくらい働くんだな、働きバチ共」

 

「あ、あな……たぁああっ?」


 これもその場のノリなのだろう。

 迂闊に近づいて来た正妻ウィーフェであるリリス嬢の肩を強引に抱き寄せると、そのまま強引に仮想モニタの……今リアルタイムで撮影されている方を振り向かせる。

 21世紀初頭の文化で言えば、NTRビデオレターとかってアレのノリである。


「あ、ああああああなああなあたぁ?」


「良いか、俺のために働け。

 荷馬車のように……いや、奴隷のように働け。

 こうして可愛がって貰いたかったならなっ!」


 混乱の極みにある金髪碧眼の才媛の、まだ発展途上と思しき身体を適当に撫でさすりながら……流石に放送倫理的にヤバそうなは頭の中の冷静な部分が意図的に外していたものの、まぁ、犬猫を可愛がる勢いで触れていた訳だ。

 正直な話、特殊性癖の持ち主だけが悦ぶらしきあのジャンル自体、個人的には吐き気を催す邪悪としか思えないから全く好きになれなかった訳だけど……取りあえずこうして『撮られる側』になるとノリで何か色々やれてしまうようである。

 酒の勢いもあって、まぁ、とんでもない画像に仕上がったんじゃないかなぁと思われる。

 結局、あまり精神耐性のない正妻ウィーフェ様が、少しばかり手の軌道がズレて胸部装甲を指が掠めた直後に意識を失って崩れ落ちたところで、俺は慌てて放送を終了させ……そこで俺の演説は終わりを告げた。

 そうして、眼前の仮想モニタを消し去り、大きく息を吐き出して我に返ったところで。


 ──また、やっちまったなぁ。


 冷凍保存される前の俺が、酒の席の出来事とは言え、人生のレールを踏み外す寸前の「盛大な」を幾度となく仕出かしていたことを、今さらながらに思い出した俺は……先ほど自分がやらかした愚行にただ頭を抱えるのだった。


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