15-5 ~ 待望の日 ~
「あれ、木星の近くで光が動いた。
……彗星じゃない?
なら早く敵襲に備えないと……このままじゃみんな……」
ベッドの上で目を覚ました俺はまだ寝ぼけたまま、上を眺め、何とはなしにそう呟いていた。
数秒が経過して我に返った瞬間、俺は昨日までとあまりにも違う頭上の景色に慌てて飛び起きると左右を見渡し……ここがようやく見慣れてきた自室だと安堵した後に、何故昨日の朝と視界に入る風景が違っていたのかに思い当る。
要するに昨夜、変化を求めて適当に「天井の風景設定を変えただけ」の話なのだが……それでも流石に褐色の惑星が頭上一杯に広がっているガニメデ衛星からの風景は少しばかり奇をてらい過ぎた感が強い。
何しろ、下手に木星戦記をプレイした記憶がある所為か、設定した自分自身が驚いて飛び起きてしまったのだから救いようがない。
尤も……そのお陰で目覚めは完璧だったのだが。
──いや、そもそも覚えている限り、目覚めは常に快適だったっけ?
加えて言うならば、仮想力場により適切な弾力を保ち身体にかかる体重を分散させ、且つ、空気と湿度とを通過させることで暑くも寒くも寝苦しくもならないベッドは、俺の記憶にある限り最高の睡眠を保障してくれている至高の逸品だと言っても過言ではない。
ちなみに記憶にある限りの最低の睡眠は、真冬の飲み会の後に気付けばアスファルトの上で寝ていた日と、友人宅で飲み過ぎてテーブルの下で寝ゲロしていた日とがワーストを競い合っている感じだろうか。
「さて、今日は何をするかな?」
大きく伸びをすることで不要な記憶を脳みそから追い出した俺は、そう呟くと……不意に身体の違和感に気付く。
その違和感が何なのかに気付くのに数秒の時間は要したものの……ようやく自らの身にナニが訪れたのかに気付いた俺は、思わず下を見下ろしたまま口を開く。
「……やぁ、『俺』。
随分と遅いお目覚めだな、おい」
脳みそがまだ事態に追いついていないのか、俺の口からは思わずそんな独り言が零れ出る始末である。
……いや、正確には俺から我が息子へと語りかけたのだから、独り言と言うには少し趣が違うか。
それとも俺の身体の一部はやはり俺自身でしかないのだから、これも独り言になるのだろうか?
「は、早くリリスに見せないと……」
正直に言おう。
コレがいつになるのかさっぱり見通しが立たないどころか、全くもってピクリともしなかった上に性欲すらも消えかけていた所為で、半分コレを諦めかけていたのも事実であり……この時の俺は完全に混乱していたのだと思われる。
だからこそ、この時の俺の思考はさっぱり意味不明の方向へと暴走していた。
それもこれも、体感では数ヶ月ぶり、公的な歳月では600年の歳月を超えてようやく俺の下半身が戦闘態勢を取り戻していたのだから、俺の感情が歓喜と安堵に振り切れたとしても、そうおかしくはないだろう。
幸いにして部屋を出る直前に自分の行動が21世紀レベルでは「変質者と呼ばれるに値する」と気付いて足を止めたから良かったものの……そのまま
尤も……そんな俺の気遣いというか配慮など、わずか数分の内に蹴散らされてしまったのだが。
「おめでとうございます」
何しろ、ようやく朝特有の男性機能の暴走も落ち着いた頃、突如として我が金髪碧眼の
「……ふぁ?」
この時点で全く祝われる覚えのなかった俺は、満面の笑みを浮かべているリリス嬢の挙動がさっぱり理解できず、ただ首を傾げることしか出来なかった。
そんな俺の疑問に気付くこともなく、就労制限を設けて以来、睡眠不足で過労の様子もない
「
あなたの男性機能がようやく勃起されたとのことで、都市を挙げてのお祭りを計画しております。
詳細な日程については……」
「……待て」
彼女が何を言っているのかはさっぱり理解できなかったものの、何となく彼女の口から放たれている言葉が「俺の常識を大きく逸脱している」ことだけは理解できた俺は、とりあえず右手を彼女の前へと差し出すことで彼女を一時停止させると……
検索結果は……理解しづらい未来社会の風習だった。
──精通祭り?
──その前祝いに当たる勃起祭り?
──頭のねじが吹っ飛んでるのか、未来の人類はっ!
それらの祭りについて詳しく語る必要はないだろう。
ただ、都市全体が人様の下半身の発達具合によって大騒ぎをするというこの羞恥は、流石に耐え難いものがあり……その検索結果を理解した瞬間、彼女が口にした「
「……お赤飯みたいなものか。
確かにコレは、忌避すべき風習かもなぁ」
そんな俺が思い出したのは、21世紀頃にやっていた女の子に初潮が訪れるとその家で赤飯を焚いて祝うとかいうアレである。
正直に言って、男の俺には完全に他人事であり、「そういうもの」程度しか思わなかったが……その祝われる側が自分のことになって、しかもその規模が家庭レベルではなく都市レベルになったことで、今さらながらに俺は、彼女たちの境遇に少しばかりの同情を抱いていた。
「……それ、中止は出来ないのか?」
晒し者にされる羞恥から逃れるため、俺がそう切り出したことは別におかしなことではないだろう?
尤も、それはあくまでも21世紀の価値観での話であって、こちらの未来社会においては酷く常識外れなことだったらしく……
「そんなっ!
市長が勃起出来るようになったこと、そして精通されることは、都市全体でお祝いをするべき慶事として地球圏共通の行事の一つです。
これが催されることで、都市住民もまた精子の提供を受け妊娠する心の準備を行うことが出来ますので、このお祝いを行わない都市など地球圏全体で一つもないでしょう。
それほどまでに……」
基本的に俺に対しては控え目で、男女関係のあれこれがなければ常に理知的とも言える我が
これは、どう頑張っても断り切れないヤツだろう。
「……ああ、了解した」
金髪碧眼の美少女の勢いに押されてしまった俺は、仕方なく縦に頷いてしまい……祭りの本番である2日後に、その判断を思いっきり後悔することになったのだった。
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