15-4 ~ お茶会その2 ~


「……なるほど。

 理想郷アルカディアを知らなかったと……」


 その狭い、お茶会という名のVR空間で『ジャバウォック004』からの報告を聞いた『トランプクイーン』は深々と溜息を吐き出すとそんな呟きを零していた。

 彼女の反応はそうおかしなものではない……何しろ、同じお茶会のメンバーである『白兎』と『ナイト』も同じく溜息を吐き出しているのだから。


「何だよ、その反応は……

 オレはちゃんと聞いたぞ。

 ……罰ゲームだったからな?」


 当たり前の話ではあるが、そうして露骨に失望感を見せつけられた彼女が気付かない筈もなく……4人の総当たり戦で最下位の罰ゲームを食らった『ジャバウォック004』は唇を尖らせる。

 彼女の反応を見た他3名のお茶会メンバーは「これだからコミュ障は……」と内心で思っていたが。


「これだからコミュ障は……」

「これですからコミュ障は……」

「……ノーコメントで」


 いや、それどころか3名中2名が口に出していた。

 一人だけ口を噤んだのは思いやりとかそういうことではなく、彼女の追い求める騎士道……と言う名のに従っただけでしかなかったが。


「しかし、どうしたものでしょう?

 もし、あの方が理想郷アルカディアをご存じならば、私たちお茶会メンバーの……移住の参考にしようと思ったのですが」


 彼女たちが罰ゲームを設けてまで新参者である『クリ坊』に理想郷の噂を聞いた理由は、まさに『トランプクイーン』が口にした通りだった。

 現在、急速に人口も都市面積も拡大をしている理想郷アルカディアでは、その拡大に比例する規模で警護官の応募も行っている。

 勿論、応募も同じように多く、元々狭き門である警護官はその倍率もすさまじいことになってはいるものの……幸いにして彼女たちにはVRで積んだあまりにも豊富な実戦経験に基づく、尋常ならざる戦闘能力があるのだ。

 当然のことながら警護官の数多ある評価の中で、戦闘能力は一つの評価項目でしかなく、「如何に男性を安心させられるか」が最も評価されるのは紛れもない事実である。

 それでも……強いと言うのは確かに一つの才能であり、彼女たちはその才能が確かにあったのだ。

 ……しかしながら。


「だけど、身体全部を機械化するってのはちょっと躊躇われるんだよな」


「あ~、うん。

 幾ら元に戻せるって言っても、流石に少しな」


 彼女たちがその才能を発揮できずにただのゲーマーとして燻っている理由は、まさに『白兎』と『ナイト』が口にした通りである。

 21世紀においても、幾ら危険がないとは言えピアス穴を躊躇う人が多々いたように、この未来社会においても全身機械化を実行に踏み切れない人種は多いのだ。


「私はその程度、躊躇いませんわよ。

 勿論、きっちりとあの街が今噂の理想郷アルカディアだと分かったならば、ですけれども」


 躊躇う若者に対し、そう断言したのはお茶会の中でも最年長の『トランプクイーン』だった。

 堂々とした彼女の宣言に対し、他3名は冷めた視線を送る。


「そりゃ婆ぁにはもう後がないからなぁ」

「身体を保存しておけるから、全身機械化はむしろ得だろ、婆ぁ」

「……体細胞は若返らせられても、遺伝子は若返らせられないですからね」


 彼女たちが口にしたのは警護官の特例……全身を機械化した警護官は、『生身の身体を冷凍保存され加齢を止めることが可能になる』という特別措置のことである。

 勿論、この時代の科学技術をもってすれば全身を冷凍凍結して時代を渡ること自体は可能なのだが……冷凍期間中に嵩み続ける施術経費と、低確率とは言え蘇生時に肉体が損傷する可能性があるため、その再生費用とを考えると、10年単位の冷凍保存すらあまり現実的とは言えないのが実情だった。

 ただし、全身機械化済みの警護官に就職さえすれば、その冷凍保存にかかる全費用を必要経費として都市がみてくれるのである。

 だからこそ全身機械化警護官はある程度の高齢……もとい、妊娠適齢期を少々過ぎてしまった女性のためのロスタイムのような扱いを受けることもあった。

 ……当然のことながら、「性欲に左右されず警護官を務め男性のために働きたい」という職業意識から施術を受ける女性もいるのだから、全身機械化済みの警護官の全てが妊娠適齢期を、妊娠可能年齢の女性ばかりではないのだが。

 閑話休題。


「確か、噂だと理想郷アルカディアの市長はだったという話だけどな?

 だから一緒にゲームしてくれるとか何とか……」


「ですから、今から警護官になっていれば、歳の差は縮まろうというものでしょう?」


「婆ぁの年齢だと、マジで犯罪だろ、それ。

 まぁ……私の都市みたく枯れかけてる爺さんなのもアレだけどな。

 っつーか、もしようになったとしても、しばらくはダメじゃなかったっけか?」


 彼女たちは移住先について言葉を交わし合っている。

 実のところ、彼女たちはからこそ気軽に移住について話せている、とも言える。

 基本的に精子の配分が決まった程度ならば兎も角、一度でも妊娠出産をした女性がその都市から離れるのは「酷い不義理」とされ、女性の間で忌み嫌われるという実態があった。

 ちなみに『白兎』が話している「しばらくはダメ」というのは、精通からしばらくは男子の精子総量が少ないという男性の睾丸事情である。


「だからって、を直接聞ける訳ねぇだろうが、おい。

 目を逸らすな、お前ら」


 結局のところ、『ジャバウォック004』の問いに目を逸らした3人のように、噂に聞いたからと言って、そんな理想郷が……が本当にあるなんて思ってもいないのが一般的な女性の心境だった。

 しかも、都市間移住は多額の税金がかかる上に、今までの納税によって積み重ねて来た『貢献』を不意にする行動であって、なかなか決断できるものではない。

 奇貨居くべしとは言っても、奇貨に多額の資産と自分の人生とを突っ込むヤツはそうそう居る筈もなく、理想郷アルカディアと呼ばれる都市への移住は、未だ一部の特異な女性が突っ走っているだけに過ぎなかったのである。

 ……そして。

 そんな躊躇いを吹き飛ばすどころか、地球圏内全ての女性たちを熱狂へと叩き込む日がもうすぐそこまで近づいてきているとは、神ならぬ彼女たちには知る由もなかったのだった。


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