14-3 ~ 性的暴行未遂 ~


 非常に残念なことながら、人生を長く生きているとたまに眼前の相手と「話が通じない」と理解できてしまう瞬間が存在する。

 基本的には仕事をしている最中、稀に遭遇するクレームをつけることが目的のクレイジークレーマーとか、雑誌かテレビに影響され身もないまま変な改革を言い出した上司とかがメインではあるのだが……それよりももっと話が通じない連中と言えば、酒が入っているヤツと、眼が欲望で濁っているヤツが二強に挙げられるだろう。

 そして残念なことに、今まさにその話が通じない二強と思しき状態にあるのが、ぼさぼさの髪とクマの濃い顔を隠すことすら辞めて俺に圧し掛かっている我が未来の正妻ウィーフェ様である。


 ──理知的な少女、という雰囲気だったんだがなぁ。


 人間の理性なんてものは酷くちっぽけな代物でしかなく、極まった性欲の前では誰であろうと無力なのだろうかと嘆息した俺は、少し現実逃避気味に胸中でそんなことを呟いてみる。

 尤も、そんな俺の呟きも、かなり大きかった筈の溜息さえも、眼前で目を血走らせている正妻ウィーフェには届きそうもなかったが。

 

「い、いいいいいいいんですよ、ね?

 だって、わたしたち、夫婦になる、んですから、ねぇ?」


 しかも当の正妻ウィーフェ様は、まるで初めて彼女が出来た男子学生が、性欲に負けて彼女を押し倒した際のお決まりのような台詞を口走っていて……これ、終わった後確実に嫌われるヤツだなぁとかそんなしょーもない感想が浮かんでは消えていく。

 と言うより、他に出来ることがない。


 ──全力で拒否すればどうとでも出来るだろうけれど。

 ──それをすると、落ち込みそうなんだよなぁ。


 言葉が通じない相手を制止されるための手段と言えば、実力行使……要するにが最も効果的なのだが、俺のこの手は冷凍前と違って非力になり過ぎていて、眼前の少女の体重すら跳ね除けられない有様である。

 幸い、自由な両手で殴打するとか、BQCO脳内量子通信器官を通じ仮想力場で動きを封じる程度のことは出来そうなのだが、流石にそれらは相手を完全に拒否するようで使いづらい。

 少なくともこの金髪碧眼の婚約者様が、思考回路がショート寸前になるまで疲労困憊になっているのは、命令した訳ではないとは言え、俺のためだったことに違いはないのだから。

 あと、もう一つつけ加えるなら……


 ──いくら頑張られても、んだよなぁ。


 ……そう。

 俺が美少女との接触を嫌がってないという大前提を考慮から外しても、そもそも俺のこの脆弱な身体は未だ『生殖に適した形態』へと移行することすら叶わない。

 だから、俺に圧し掛かったまま息を荒げているリリス嬢がどう頑張ったところで、彼女の本懐を遂げることは叶わないという実情がある。

 要するに、されるとしても、キスと愛撫くらいであり、身体を舐めまわされるとか全裸を見られるとか、その程度の……もとい、この時代の男性的に言うとで終わることだろう。

 正直な話、機能しない俺のも、彼女のような金髪碧眼で好みの美少女といちゃいちゃしていたら、何となく回復してしまいそうな気がしないでもない……というのは希望的観測が過ぎるだろうか。

 だけど、そんな楽観的なプランを実行した挙句、もしも『元気』になってくれなかった場合……お互い蛇の生殺し状態のままで行為が終わり、気まずいなんてものじゃない時間が訪れてしまうのは明白で……流石の俺も、それを選択する勇気は捻出出来そうにない。


「お、落ち着け、よ、な?」


 だからこそ俺は、そこまで嫌がっている訳でもないもの、一応彼女を制止する言葉を口にしたのだが……


「お、おお落ち着けません、無理です、済みません。

 もう、私は、もうっ」


 顔を真っ赤にして目を血走らせている……寝不足の所為か興奮の所為か、恐らくどっちも影響しているようだが、そんな有様のリリス嬢は、残念ながら俺の声など一切通じず、やはり性欲に支配された野郎みたいな言葉を口走っている始末である。


 ──あ~、無理かなぁ、こりゃ。


 完璧に理性をなくしてしまったリリス嬢の様子を見て、俺は説得を諦める。

 多少気まずくなるとは思うものの、上手く『元気』になってくれれば儲けものだし……その程度の気分で抵抗を諦めた俺だったが、どうも当のリリス嬢の様子がおかしい。

 何というか、視線が右へ左へと飛び交っていて、肝心の俺の方を見ていないと言うか……ぶっちゃけて言うと、眼前に開いた仮想モニタを必死に調べているとしか思えない眼球運動を行っているように見える。


 ──何をやってるんだか……


 流石に彼女の様子が気になった俺は、ちょっとばかりマナー違反であるこてゃ知りつつも、BQCO脳内量子通信器官経由で市長権限を発動し、彼女の眼前に開いているだろう仮想モニタの不可視モードを可視化モードへと切り替える。

 彼女の顔面に映し出され、彼女の正面を向いているだろう文章が、可視化モードへと切り替えただけで俺からも普通に読めるのは、この仮想モニタという技術が本当にそこにあるものではなく、あくまでも俺の眼球上に映っている仮想的なものでしかないからか。

 兎も角、そうして目の当たりにした彼女が今見ている仮想モニタに書かれてある文章を目の当たりにした俺は、思わず目を見開いてしまう。


 ──『実録、初体験で失敗しない女性によるエスコート法』

 ──『男子に好かれるベッドテク』

 ──『私はこうして恋人ラーヴェとして30年過ごした』


 それらのタイトルを一瞥した俺は、何というか居た堪れない気持ちで彼女の眼前に並んである仮想モニタからそっと目を逸らしていた。

 正直、「それは今勉強するべきものじゃないだろう」という突っ込みと、「予習すらしてなかったのか」という正妻ウィーフェとしての資質を問う疑問と、そして何よりも「こいつ今になって冷静さを取り戻しているな?」という追求と……まぁ、色々な言葉が胸中に浮かんできたものの、俺はそれらをただ飲み込むことしかできなかった。

 何しろ、先ほどの疑問……「正妻ウィーフェとして予習すら云々」を考えた瞬間、俺のBQCO脳内量子通信器官を経由して、とても残酷な統計データが俺の頭へと流れ込んで来たからである。


 ──正妻ウィーフェは5%以下。

 ──つまり、正妻ウィーフェ恋人ラーヴェの役割が合致することはほぼあり得ない。


 ……そう。

 男性のために、夫のために過労死するほどの重労働を自ら進んで行い、都市開発の実質上の責任者という立場で日々を過ごしていながら……彼女たち正妻ウィーフェは当の男性と直接愛し合うことすらろくにないのが実情、だったのだ。

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