12-8 ~ 都市間戦争その2 ~


 アユの友釣りという漁がある。

 縄張り内に同族が入って来たアユは、本能的に身体を叩きつけて相手を縄張り内から追い出そうとするので、生きたアユに針をつけ、縄張りから追い出そうとぶつかって来たアユを引っかけるという……アユの本能を逆手に取った漁法のことだ。

 今の俺がやっているのは、形こそ違えどまさに本能を逆手に取った『その一種』と言えるだろう。


「ひゃっはぁあああああああああっ!」


 ついつい口から零れ出るそんな叫びに背を押される形で、俺は両手に構えたビームマシンガンを乱射し、右から左からついでに上空からも真っ直ぐに飛び込んでくる敵軍の女性兵士たちを一方的に撃ち殺し続けていた。

 ビームが直撃すれば……特殊な粒子が音の数倍の速度で人体を破壊するというビーム兵器の性質上、女兵士たちはただの一発食らうだけで、胴体を貫かれ臓物は飛び散り手足は吹き飛び、頭蓋すらも砕けてしまう。

 高温の粒子が人体を貫いた所為か、傷口そのものは焼け焦げてしまい噴き出す血はそこまで多くはないものの……周囲は血と臓物と肉とが焦げる匂いで満ち、熟練の兵士ですら吐き気を催すほどになっていた。

 更に、「殺してもその場に死体が残る」という設定が、凄惨極まりないその死屍累々の光景を、刻一刻と上塗りし続けている。

 加えて、一撃で死に損なった女性たちの悲鳴が周囲に響き渡る……そんな文字通り阿鼻叫喚の地獄の最中で、俺はマシンガンを放ち続けていた。

 ……そんな状況の中、次から次へと女性兵士たちを撃ち殺し続けているというのに、俺は欠片も良心の呵責というものを感じることはない。


 ──所詮、ゲームなんだよなぁ。


 この未来社会で目覚めてからずっとリアル系のVRゲームをやっていた俺は、眼前の地獄のような光景すらも完全にゲームと割り切ってしまっていた。

 事実、あり得ないほど技術が進んだこの手のゲームの中では、どれだけリアルに感じられようとも、血の匂いや敵の悲鳴、自身の痛みや疲労、額を流れる汗の感触すらでしかない。

 とは言え、一心不乱に地獄へと突き進んでくる彼女たちには、全く同情の余地なんてものは存在しないのだが。


「……どうして仮想障壁すら張らず、防弾ジャケットまで脱いで突っ込んで来るかなぁ?」


 ……そう。

 彼女たちは、ほぼ全裸で……いや、53は完全に全裸で突っ込んできているのだから、ある意味俺の銃撃で即死するのも当然の、ただの自業自得としか言いようがない。


『それは、市長をレイプするためです。

 情けをかける必要はありません』


 俺の呟きを拾ったのだろう、アルノーが冷静に事実をそう告げてきて……彼女の機械音声に俺は納得するほかない。


 ──都市間戦争では、セクハラの規制がない。


 と言うか、俺が正妻ウィーフェに伝え、戦前交渉細補足協議で強引に押し通した『全裸可』という取り決めは、実のところこのゲーム内でを実行可能とする、悪魔の所業だった。

 だからこそ女性たちは猛る。

 この未来社会……男女比1:110,721というアホな比率の世界では、男性とセックス出来る機会なんて凡そ人生に一度あるかないか。

 いや、人口比を考えると一生に一度出来た人間は超富裕層か最高のエリート層、普通に市民生活を送る一般人に縁があるようなモノではない。

 21世紀に暮らしていた俺の感性に照らし合わせて言うならば、道端に1等10億円当たり確定宝くじが転がっているような感覚である。

 多少軍事訓練を受けていようが、自制心が強かろうが……彼女たちはその生餌に飛びつかざるを得ないのだ。

 ……いや。

 正確に言うと、俺はそれを狙ったからこそ、この都市間戦争のルールを『全裸可』にしたのである。

 そして、あのファッカーのクソ野郎ならば、このルールを聞かされたなら、部下の女たちに向けて「あの餓鬼を捕まえた後は好きにして構わん」と許可を出すだろうし、そうすると非モテの女性たちは「流石は市長、話が分かる」となるのは至極当然の流れである。

 無論、良識のある正妻ウィーフェであるイヴリアさんはこのルールを意図を読み取り、頑張って反対しただろうとは推測できる。

 だけど、彼女が勝手に『全裸可』を拒否などしようものなら、その事実がファッカーの野郎の耳に入った時点で離縁を切り出されてもおかしくなく……だからこそ彼女は、たとえ不利になると分かっていても「ファッカーの野郎に伝えない」という選択が出来る筈がない。


「……だからって何も、仮想障壁まで脱ぎ捨てなくても」


『ことに至るまで時間が一秒弱余計にかかります。

 待っていられないのでしょう』


 マシンガンを撃ち続ける俺の呟きに、アルノーの冷静な声が返って来るものの……「だからと言ってパンツを脱ぎ捨て下半身丸出しで襲って来られてもなぁ」という感想を抱く俺は、この地獄のような有様の中でも真っ当な感性を保っていると断言できる。

 唯一の救いは、この世界は女性もカロリー制限栄養とバランス完璧なミドリムシ加工食品ばかりを食べており、全員が端正な身体の持ち主であっての女性は存在していないこと、そして戦争に選別されるだけあって全員が若かったこと、だろうか。

 それでも完全に目を血走らせてこちらに突っ込んで来る辺り、どっかのヤバいホラー映画さながらの光景ではあるのだが。


「くっ、リロードっとぉっ!」


 ビームマシンガンは、その構造上微量のビームを発射する……当たり前の話ではあるが、だからこそマガジンの充填が必要で、その隙を突かれた俺は危うく全裸の女性に組み敷かれる寸前だった。

 尤も、飛行ユニットに全裸という格好で突っ込んで来たそのアホは、俺がしゃがんで避けるだけで近くに乗り捨ててあった自動車に追突し、首の骨を折って盛大に退場してしまった訳だが。


「ははっ、楽しくなって来やがったなぁっ!」


 先ほどのスリルの所為だろう。

 身体の芯から湧き出ってきた戦意に俺はそう笑いながら、右手だけでマシンガンをばら撒きつつ、左手で残されたマガジンの位置を確認していた。

 正直な話、こんなに目立つ単機抜け駆けなんてアホな戦術、数に押し切られて潰されるに決まっているし、そもそも真っ当な戦場ならば遠くから狙撃を受けて退場するのが目に見えている。

 ……だけど。


 ──男相手には、出来ないだろうなぁ。


 俺だってエロいゲームやっている時は、の女性ユニットが戦場に出て来た場合、どれだけ不利になったとしても殺さず捕えようとしていた、ような記憶がある。

 だからこそ、彼女たちが現実とほぼ大差ないこのVR空間において、男性を無傷で捕えようとするのはもはや本能のようなモノだ。

 ……抗える筈もない。

 ただでさえ、エサを目の当たりにしただけで目を血走らせて突っ込んできて、仲間の死体に足を取られてひっくり返り、そのまま銃弾に倒れるヤツも数多くいる有様なのだ。

 いや、それ以前に……そもそも、754人もいる敵女性兵士たちが一斉に足並みを揃えて襲い掛かって来た時点でこの戦術はあっさりと数の暴力に潰されていただろ。


 ──だけど、彼女たちはソレを選べない。


 何しろ俺のナニは一本しかない、ってのは最も大きな理由の一つなのだが。

 二つ目の理由として、向こうの正妻ウィーフェイヴリアさんは真っ当に勝とうとして、こちらの正妻ウィーフェリリス嬢と似た戦術を選んだことが原因だろう。

 即ち、別動隊によって後背地の『電源』を確保してエネルギー補給経路を確保しつつ、最前線の一部に戦力を集中して一点突破を図るというセオリー中のセオリーである。

 しかしながら、そうして行軍を進め、ある程度の兵力を周囲に散らばらせたところに「俺が単機で最前線に立っている」という情報が入ってしまったことで、敵女性兵士たちは各々が目の色を変えて軍令を無視し、エサに向かって飛び込んで来てしまったのだ。

 そして、三つ目の理由としては、彼女たちが烏合の衆……文字通りかき集められた傭兵だから、だろう。

 同じ釜の飯を食うという概念がこの未来社会にあるかどうかは別としても、肩を並べて訓練・戦闘をしていれば協力し合って戦果を分け合うことくらい……この場合は、竿姉妹の姉か妹かを決める、くらいの協力は出来た筈だ。

 だけど、適当にあちこちから金で集められた傭兵と、市長への忠誠が今一つな……所謂恋人ラーヴェ正妻ウィーフェでもない、胤すら貰ったことのない一般市民であれば、市長からの命令よりも目の前の性欲に飛びついてしまうのは至極当然。

 

 ──とは言え、そろそろ限界か。


 当たり前の話ではあるが、相手も性欲に駆られ本能の赴くまま動いているようには見えるものの、何も考えていないただの馬鹿ではない。

 犠牲がじわじわと大きくなってきた所為か、散発的な力押しが不可能と悟り始めたらしく、敵の攻撃が落ち着いてきて、俺のビームマシンガンの射程圏外ギリギリのところに集まり始めている。


「……これは、一気に来るな」


 まだ俺のキルスコアは113……大雑把に数えてもまだ敵は600近くは残っている計算になる。

 それらが足並みを揃えて一気に襲い掛かって来ようとしているものだから……俺が提案した策通りに事態が推移しているとみて間違いない。


「……ははっ」


 その事実に俺は笑いを一つ零すと、戦意によって高揚した身体の熱を逃がすように防弾ジャケットのファスナーを開き……胸元までを外気に晒し、通気性を確保する。

 ……その行為が、敵女性兵士たちを煽ることは承知の上で。

 次の瞬間には、飛び掛かるタイミングを計っていた筈の敵兵士たちがまだ集結途中にも拘らず、我を失ったかのようにこちらへと一斉に走り込んで来やがった。


「はははっ!

 かかって、きやがれぇああああああああっ!」


 その服を脱ぐ手間も惜しいとばかりに突っ込んで来る女性たちの様子に、俺はビームマシンガンをぶっ放しながら、そう大声で吠えるのだった。

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