12-6 ~ 戦闘開始 ~


 ここ数日続けた模擬戦によって、訓練さえしっかりすれば……いや、こちらの命令をしっかり聞く意志さえ芽生えてくれれば、レイヴンたちは非常に素晴らしい兵士となることが証明された。

 何しろ彼女たちは常日頃からそんなゲームばっかりやっているのだ。

 命令が来た瞬間にその意味を理解し、最適な行動を自分たちで考えて行動する上に、あらゆる武器を使いこなし、様々な場面に応用が利き、死と苦痛を恐れず目的に向かって邁進する兵士たち。

 ある意味では最強の兵士が誕生したと言っても過言ではない。


「……本日をもって、人口が357名となりました。

 空き住居はまだ余裕がありますが、少しばかり建築を早める必要性がありそうです」


 そうして訓練を続け、ついに訪れた都市間戦争のその日、目覚めた俺を待っていたのは未来の正妻ウィーフェであるリリス嬢による、いつもの定例報告だった。

 ここ10日余りの間で新たに引っ越してきた女性たちは、それなりの資産を持った上で高い戦闘能力まで備え、VRの戦争ゲームが三度の飯よりも好きという連中……早い話、レイヴンと呼ばれる連中が8割を占めているらしい。

 まぁ、趣味なんざ移住の際の条件には指定していないので未来の正妻ウィーフェ様がいちいちそんな注釈を入れたのを変だと思いはしたのだが、実のところ戦争ゲーマーって連中は迂闊に戦闘能力を持っている分、どうやら大多数の都市ではテロリスト予備軍として要注意扱いを受けており……要するにVRで戦争をするゲームの類は、所謂『迫害される趣味』とされているようだった。

 馬鹿馬鹿しいと思うものの、そもそも移住の条件は男性が完全に握っており、市長の趣味だけで全てが決まると言っても過言ではない。

 BQCO脳内量子通信器官によると、「が30%を超えないと移住できない」とか、「音楽家のみとする」とか、「を受けた女性のみ市長の居る一等区画への立ち入りを認める」とか、そんな趣味的な都市運営をしているヤツらもいるらしい。

 閑話休題。

 

「それよりも……」


「参加者755名のリストアップは昨日の時点で完了しております。

 補欠者も25名確保していたのですが、当日辞退の申し出は一件もありませんでした」


 今日ばかりは、都市運営よりも都市間戦争の方に意識が向いていると、婚約者だからこそ理解しているのだろう。

 俺が話を変えようと口を開いた瞬間に、彼女は当然のように俺の聞きたかった答えを返してくれた。

 正直、自分の婚約者様が優秀過ぎて少しばかり腰が引ける俺だったが……彼女はそんな俺の様子に気付くこともなく、言葉を続ける。


「参加者全員に対し、本日の作戦と各々の装備・役割の伝達まで既に終えております。

 ですが、その……本気でを敢行される、のでしょうか?」


 どうやら優秀なる我が正妻ウィーフェが俺の引けた腰に珍しくも気付かなかったのは、大きな気がかりがある……昨日俺が提案したを憂いている所為らしい。

 尤も、何度聞き返されたところで、それに対する答えは全く同じでしかない。


「くどい。

 これは、俺の喧嘩だ。

 俺が前に出なくてどうする?」


 ……そう。

 今回の都市間戦争では、特殊ルールで俺自身はリポップが可能となっているのだ。

 である以上、俺自身が最前線に出なければその特殊ルールを最大限利用できない。

 そして、俺が提案した相手を効果的に撃滅する策……「ブービートラップ」と「釣り野伏」、そのどちらも『俺自身がリポップ可能』という特殊ルールがあるからこそ生きる策なのだ。

 あの戦前交渉の7日後、正妻ウィーフェ間で行われた戦前交渉細補足協議によって、『都市破壊は基礎フレームと外殻以外の全て』『男性のリポップは60秒後で拠点から』『全裸可』『死亡判定後の身体はそのまま残す』等の細々とした取り決めがこちらの思惑通りに通った今、俺の策は完全に成ったも同然である。

 尤も……


 ──不要かもしれないんだけどな。


 俺の提案した『オタサーの姫』作戦……もとい、レイヴン募集が思ったよりも遥かに効き過ぎた結果、既に我が海上都市「クリオネ」の擁する戦闘員は最大限である755を超えていた。

 と言うか、最後の方は募集が増え過ぎて逆に選別をする必要があったくらいなのだ。

 そのお陰もあり、戦力的には相手と互角まで持ち込んでいる上に、練度も正規兵と比べ勝るとも劣らないレベルに仕上がっている。

 我が優秀なる正妻ウィーフェの見解では、純粋な戦闘要員と正規の傭兵を最大限注ぎこんでくるだろう相手都市「ファッカー」の軍勢と真正面からぶつかったとしても、確実に勝てるとは言わないが負けはしないレベルには間違いなく達しているとのことである。

 後は軍師による読み合い……要するに、「どちらの正妻ウィーフェがより優秀かで勝敗は決する」とリリス嬢が断言する状況になっており……である以上、我がをもって婚約者の一助となることを、俺が躊躇う筈もない。


「じゃ、向かうとするか。

 あと、30分で開始時間だ」


「……分かりました」


 未だ納得していない様子を見せる婚約者の懸念を断ち切るように俺はそう声を上げ、彼女も不承不承ながらにまた頷きを返す。

 昨日の話し合いの中で俺は、「この策の所為で負けそうだったら、そう指摘をして欲しい」と正面から伝え……彼女の口からその指摘が放たれることはなかった。

 それは即ち、リリス嬢とイヴリアさんとの能力はほぼ互角と仮定した場合、『な問題を無視さえすれば、俺の策は非常に有効である』と彼女自身が認めていることを意味している。


 ──なら、勝てる。


 その確信を抱いた俺は、BQCO脳内量子通信器官を通じて、VRを起動……都市間戦争を行うべく、仮想現実の海中都市『イポコンプ』へと意識を飛ばす。


「っと」


 この、現実と仮想現実との間にある感覚の差に未だに慣れない俺は、思わずたたらを踏んでしまうものの……無様に転ぶ羽目には陥らずに済んだ。

 尤も、転んでしまったところで背後に控えていた未来の正妻ウィーフェが抱きかかえてくれていたのだろうけれど……彼女自身、その出番が訪れなかったことを残念に思っている様子を見せていたし。

 それは兎も角。


「ははっ、逃げずに来たかよ、餓鬼がっ!

 格の違いも理解してないのかなぁ、おいっ!」


 そうして出向いた先には、相変わらずイキった声を上げる……いや、これから戦争を行う緊張感の所為か、若干上ずった声を上げるアホの面と。


「よろしくお願いします」


 真っ当な礼節を弁えた正妻ウィーフェイヴリアの姿があった。

 俺は素直にそちらに目礼を返すと、対戦相手のアホへと自信満々の笑みを向ける。


「悪いが、負ける気はないんでね」


「けっ、使えない傭兵共レイヴンをかき集めただけだろう?

 烏合の衆で何が出来るってんだ」


 俺の答えを聞いたファッカーの野郎はそう抗弁してくる。

 それ自体はコイツの性格を考えれば当然ではあるが……それでも、コイツの発言内容そのものはこちらの兵隊の構成をしっかりと把握しているものであり……


 ──あのイヴリアって娘、やるなぁ。


 彼を知り己を知らば百戦をして危うからずや、だったか。

 兵法の基本中の基本ではあるが、それをきっちりと把握した上で、夫に……あんなにも人の話を聞こうとしない、女を完全に見下している傲岸極まりないファッカーの野郎に伝え、理解させている時点で、彼女がきっちりと正妻ウィーフェとしての務めを果たしているのが分かる。

 事実、俺も我が正妻ウィーフェたるリリス嬢から敵兵の構成は大体聞かされていて……ほとんどが警護官と正規兵もしくはそれ上がりの傭兵であり、兵隊の質という点では、我が都市はかなり後塵を拝してると言っても過言ではない。

 まぁ、ぶっちゃけた話、その程度の偵察すら出来ないような無能は、そもそも正妻ウィーフェの候補にすら上がれないのだろうけれど。


「ああ、遅れて済まない。

 定刻よりは少し早めに来たんだが」


 そうして俺とクソ野郎が睨み合っている横に、ふとアレム先生……審判の姿が現れた。

 他人が仮想現実にログインする姿を始めて目の当たりにしたが、何と言うか画面にノイズが走ってその場にキャラクターデータが張り付けられたかのような、突然現れるにしてはタイムラグがあり、じわりと再構成されるにしては早いという、微妙な現れ方と言わざるを得ない。


 ──長年の使用者の要望により、か。


 コンマ1秒で突如現れるとホラー映画の演出のようで批判があり、じわじわ現れると断面がグロ画像になり、何よりも出現時間がストレスになるという要望の所為で、ギリギリを極めたのがこの出現方法なのだろう。

 などとこれから始まる都市間戦争への緊張紛れにそんな要らぬことを考えていた俺だったが……まぁ、そろそろ脳みそのスペックを無駄なことに費やす余裕はなくなりそうだ。


「では、始めようか?

 正妻ウィーフェ同士で決めた設定事項は目を通しているね?

 両者ともに、準備は良いかな?」


 根が真面目なのか、それともあらかじめそう言い伝えることが定型文になっているのか、アレム先生が口を開く。

 尤も……


「問題ありません」


「ああ、いつでもいいぜっ!」


 俺も、ファッカーのクソ野郎もお互いがあふれ出す戦意を抑え切れず……俺はどちらかと言うとこの都市間戦争というゲームをプレイしてみたくて仕方ないという衝動だったものの、兎に角、両者ともにもう限界だった。

 そんな俺たちの情報を、先輩として理解しているのだろう。

 アレム先生はその端正な顔立ちに苦笑を浮かべると……


「じゃあ、始めよう。

 両者とも、ルールを守り全力を尽くし、そして戦後に遺恨を残さないように。

 では、戦闘開始っ!」


 そう大きな声で、都市間戦争の始まる宣言を下したのだった。

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