11-5 ~ 戦前交渉その3 ~


「……『戦場選択』」

「……『戦場選択』で」


 二枚目に両正妻ウィーフェが選んだのは、またしても同じカードだった。


「海上都市『クリオネ』を選択します」

「地上都市『ファッカー』を選択します」


 そして、お互いにお互いの都市を口にする。

 これも考えてみれば当たり前の話であり……戦場で必要とされる三要素は天の時・地の利・人の和……「正確には少し違う」とBQCO脳内量子通信器官がこんな時に空気も読まずに告げてくれていたが、兎にも角にも地の利が大きな要素であることに違いはない。

 だからこそ、我が未来の正妻ウィーフェ様は1から開発に関わって隅から隅まで知り尽くしている自分たちの都市を選択したのだし、そしてそれは相手側も同じだったのだろう。


 ──もあるみたいだしなぁ。


 自分の都市で戦争をする側だけが使える裏技……それは、都市を支える床板に細工をしておいて、敵軍が通行した際に道路の一部などを崩落させる地形トラップを設置すること、である。

 もしくは、何故か爆発物や可燃物などが隠して置かれており、敵軍が近づいた絶好のタイミングで原因不明のが発生するパターンで……仮想現実があまりにも現実そのままであることから出来る、文字通りの裏ワザだろう。

 実のところ、その仕込みをしたことが原因で……要するに戦争後の撤去を忘れてしまったことで崩落が発生、一般労働者だった数名の女性が死亡する事故が起こったこともあるらしい。

 幸いにして男性が死んだ訳ではないため、この手の戦争前工作は禁じ手にはなることはなく……所謂一つの『裏ワザ』として残されているとか。


 ──犠牲者が出ているってのに、戦争を彩る『ただのスパイス』として流されてるのも、酷い話だが……

 ──二人とも、そのことは知っている、っぽいな。


 だからこそ、両正妻ウィーフェはお互いの『裏ワザ』を防ぐため、一手を費やしてでも自分側の都市を選ぶことにした……いや、「相手側の都市を選ばせない」ことを選んだのだろう。


「では、両者の意見が衝突したことで、戦場は乱数によって決定させて貰う。

 戦場は……海中都市『イポコンプ』とする」

 

 その聞き覚えのない奇妙な単語を聞いた俺が、頭の中で「何だそりゃ?」と考えた瞬間……BQCO脳内量子通信器官が作動し、フランス系古語のタツノオトシゴを意味する言葉だと判明する。


 ──オスが子供を産むんだったか。

 ──1度に2000匹くらい。


 造られたのは100年ちょいと昔の、その時代に流行ったらしき海中都市であり、取り合えず俺もファッカーの野郎も、そして両正妻ウィーフェ恋人ラーヴェにも血縁のない……要するに完全に中立の都市のようだった。

 いや、むしろその辺りのコネがある都市が選ばれてしまうと、こちらとしてはやり辛いことこの上なかったことが予測される。

 ……何しろこの俺は、まともな正妻ウィーフェはおろか、恋人ラーヴェすらも設けていない有様なのだから。

 だからこそ、アレム先生は「乱数で選んだ」などと口にしていたが……恐らくは気を配って、のだと思われる。


 ──そもそも、正妻ウィーフェすらまだ婚約段階なんだよなぁ。


 流石に「そろそろ何とかしないとダメだなぁ」などと思って未来の正妻ウィーフェ様へと視線を移すものの、当の彼女は眼前の敵正妻ウィーフェ……イヴリアさんとの睨み合いに忙しく、こちらの視線に気付く様子はなさそうだった。

 と、そんな時である。


「なぁ、おい。

 こんな茶番、辞めにしないか?」


 正妻ウィーフェ同士の睨み合いを一切無視し、厭らしい笑みを浮かべながら喧嘩の張本人……ファッカーの野郎がそんな言葉をぶちまけやがった。


「な、何を……」


「女は黙ってろ。

 男同士の話だ」


 当たり前の話であるが、女同士でお互いの出方を読み合っていた向こうの正妻ウィーフェであるイヴリアさんは抗議の声を上げようとするものの、クソ野郎の一喝によって口を噤んでしまう。

 男の発言力が強すぎるが故の欠陥とも言える。

 我が正妻ウィーフェからは『どうしましょうか?』という質問がBQCO脳内量子通信器官経由の秘匿回線で飛んでくるものの……俺は一つ頷いて相手側の要求を呑むこととする。

 俺としても正妻ウィーフェ同士の読み合いに付き合って神経を削られるよりも、こういう馬鹿を相手にしてただ感情のままぶつかる方が、頭を使わなくて良い分、楽ではあるのだ。

 そうして俺とクソ野郎とは睨み合い……無言の内に、お互いに選んだカードへと手の伸ばすものの、ファッカーの野郎の方が一拍早くカードを突き出してきやがった。


「俺は、『痛覚設定』を選ばせてもらうぜ。

 当然、50%……最悪の設定にさせてもらう」


 ファッカーの野郎が上から目線の厭らしそうな顔で出してきたのはそのカードだった。

 その表情を見る限り、数の多い自分が負けるとは欠片も思っておらず……一方的に俺を痛めつけてやろうと考えているのが明白である。

 しかしながら……


 ──最大で50%?


 都市間戦争でコレなら、100%なんて無茶な設定のゲームは一体どういう立ち位置だったのだろうと、脳の片隅に疑問が浮かんでくるものの……その答えはすぐに脳裏に浮かんでくる。


 ──プレイを推奨しない、VR過渡期の危険なゲーム、か。


 タイトルに何となく見覚えがあったからと、そんな危険なゲームを延々とやっていた自分に少しばかり疑問を覚えてしまったものの……まぁ、深く考えるだけ無駄だろう。

 ゲームなんてそもそもやる意義を考えるようなものじゃなく……「楽しかったか」「楽しくなかったか」だけが全てなのだから。

 しかしながら……


 ──この状況を、有利に運ぶ方法はないものか……


 細かいことは兎も角として……目の前で俺をいたぶってやろうと厭らしい笑みを浮かべているクソ野郎に一泡吹かせる方法を考える。

 俺にあるのは幾つかのVRゲームをプレイした経験値くらいであり、そのお陰で多少痛みには慣れている自信はあるものの、あくまでも痛みに慣れている程度である。

 戦争である以上、頭を狙撃されれば一発で殺されて終わるし、俺が大将である以上、俺が殺されると勝負そのものが終わってしまう。

 嫌がらせとして、俺も『痛覚設定』を出してやれば、厭らしくも得気な笑みを浮かべているコイツの思惑を挫くことは出来るだろうが……そんなんじゃあまりにも面白くない。


 ──だったら……

 ──コイツの性格を逆手に取ってやれば……


 そう考えて一計を案じた俺は、残されている交渉カード2を手に取ると、テーブルの上へと叩きつけたのだった。


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