11-4 ~ 戦前交渉その2 ~


 アレム先生の口から聞かされた都市間戦争のルール制定に俺が感心すると共に、どうカードを出していくかの案を頭の中で練っている時のことだった。


『あ、あの、あなた』


 何の前触れもなく、我が未来の正妻ウィーフェリリス嬢のと思しき音声が耳元から流れてきたのだ。

 その声に驚いた俺が彼女の方へと視線を向けるものの……当の正妻ウィーフェ様はこちらに視線を向けもしていないし、唇を動かした様子すらない。

 その所為で一瞬空耳かと自分の感覚そのものを疑ったのだが……流石にあれだけの声が耳元で聞こえたってのに空耳というのはあり得ないだろう。


『プライベート回線……向こうに聞こえない音声回線で話しかけていますので……その、視線はこちらに向けずにお願いします』


 そして、続けて聞こえて来た彼女の言葉で、俺はようやく婚約者の意図を理解できた。

 考えてみれば当たり前の話で……テーブルの向かい側で次に何を出そうなんて口に出して言い合っていれば、こちらの手の内なんてすぐさまバレてしまう。

 ポーカーをやっているのに手の内を晒すアホはいない……それと同じ原理である。


『私たちは、まずは『人数制限』を提出しようと思いますがよろしいでしょうか?』


 彼女の提案に、俺は一も二もなく微かに頷く。

 少しでも考えれば分かることだが、我らが都市『クリオネ』はまだ人口100人を超えただけの弱小都市であるのに対し、敵都市である『ファッカー』は人口3,000人を突破している大都市である。

 100人同士の戦いとなった時点でこちらは総力戦であり、向こうは人口の3%強で済んでしまうのだから、人数制限が大きくなればなるほどこちらが不利になっていくのは明白なのだ。

 だからこそ初手で人数制限をせめて30人……出来れば10人にしようというのは至極当然だった。

 ……だけど。


「都市『クリオネ』は『人数制限』で」


「都市『ファッカー』は『人数制限』で」


 その選択がこちらから必然である以上、それは敵側からも当然のように読めるということであり……都市『ファッカー』の正妻ウィーフェイヴリアさんは、当たり前のように被せて来る。


「……10」


「……1,500」


 そしてリリス嬢の制限数はこちら側が出せる通常の戦闘員数であり、イヴリアさんの出した制限数は恐らく向こう側の最大動員数……財力やらコネやら全てを使って動員可能な限界と思われる数字だろう。

 3,000人しかいない都市の中で、戦闘要員である警護官だけでは1,000人も動員できる筈がないので……もしかしたら市民からの徴兵を考えた都市内部での限界動員数なのかもしれない。


 ──いや、流石に動員数が多すぎる、か?


 俺の微かな記憶では、徴兵可能な人口比は3%~5%とか何かで読んだことがあるのでそれもあり得ないかと一瞬考えたものの……よく考えたらこの未来社会の都市というところは、若くて繁殖を希望する女性たちが群がっている集団である。

 考えてみればVRの戦争ではそもそも死ぬ訳じゃないし、若さを保つ科学技術も発達しているだろうと考えると、俺の知っている「徴兵可能な人口比」という情報は、全く参考にならないと推測される。


「では、間を取って755とするがよろしいか?」


 両者の数字を聞いたアレム先生は感情を出さない声でそう両者の口にした数字を平均した値を口にする。

 そこまで事務的に決めるものなのかと思ったが……確かにこの都市間戦争の場合、都市『クリオネ』に対して都市『ファッカー』側の方が数的優位にある以上、こちら側が最小の数字を提示し、向こう側が最大の数字で攻めて来るのは当然のことであり。

 アレム先生の方も、両者の中間値を取る以外には折り合いなど付けようがない分かり切っていたようだった。


「……はい」


「ええ、それでお願いします」


 だからこそ我が正妻ウィーフェも少し躊躇いながらも頷いたし、イヴリアさんも満面の笑みで頷いたのだ。


 ──素直に1,500を告げたのも不思議だな。

 ──俺が向こう側だったら人口の限界値である3,000をベットするんだが。


 何しろ都市『ファッカー』は人数が多ければ多いほど有利になるのだ。

 それならば動員可能な数を全力で投入し、一方的に勝負を決めるのだが……と俺が考えたその時である。


「貴様っ、何故我が都市の人口3,000を告げなかったっ!

 それで勝負は決定的だったはずだっ!

 うちの動員可能数の1,500、全部を投入出来たというのにっ!」


 今まで黙って見ていたファッカーの野郎が突如激高したかと思うと、正妻ウィーフェイヴリアへとそう怒鳴りつけたのだ。

 このクソ野郎が彼女へと暴力を振るうようなら殴ってでも止めようかと、俺は腰を浮かせかけたのだが……幸いにしてファッカーのヤツは彼女に触れるどころか視線すら合わせようとしていない。

 それにしても……


 ──発想がコイツと同じとは……


 と言うよりも、素直に勝利を掴もうとするとハッタリを含めて取れる手法が限られてくる、というのが正しいのだろう。

 だから俺とこのクソ野郎が同じ考えに至ったのも別に不思議なことじゃない。


「数的優位側が動員不可能な数を口にした場合、制裁を受ける可能性があります。

 その数は中央政府に常に届け出ておりますので、現状で我が都市が動員可能な……」


「ごちゃごちゃと煩いっ!

 都市の女共なんざ俺の命令に従う虫けらだろうがっ!

 それくらい言い聞かせろっ!」


 とは言え、この未来社会も愚鈍ばかりではなく、そして都市間戦争も幾度となく行われてきているのだろう。

 正妻ウィーフェイヴリアが告げたのは、そういう数的優位を持った都市が一方的に弱小都市を嬲ることを禁止する措置であり、そんな法整備がされていること自体、この未来社会がある程度成熟されている証拠なのだろう。

 少なくとも俺の暮らしていた21世紀のように超大国が一方的に弱小国を叩きのめすような真似は出来ないのだから。

 とは言え、そういう社会システムを説明しようとしたイヴリアさんの正論は、あっさりとファッカーの野郎の暴言にかき消されてしまったが。

 そんな21世紀では酷い暴挙……男性が女性を一方的に怒鳴りつけるような場面を目の当たりにしたというのに、アレム先生どころかリリス嬢、怒鳴られた当のイヴリアさんでさえも怒るどころか気分を害した様子すら窺えない。

 彼ら彼女らにとって、この程度の光景は日常茶飯事ということなのだろう。


 ──ホント、野郎の天下だよなぁ、この未来社会。


 俺はそんな感想を抱きつつも、我が陣営の正妻ウィーフェへと視線を向ける。

 彼女は一方的な数的優位を奪われたというのに……当たり前ではあるが、我が海上都市『クリオネ』は人口100人を超えたばかりの弱小都市である。

 そんな都市が755名の戦闘員を捻出することなど叶う訳もなく、ある意味では「あのやり取りで一方的に押し込まれた」と言えなくはないのだが……我が婚約者様に動揺は欠片も見られない。


 ──なるほど。

 ──予定調和って訳か。


 あのままでは100対1,500という絶望的な状況に押し込まれるのが必至だったのだから、あそこはああして数的不利を若干でも減らす必要があったのだろう。

 そういう意味ではあの一手は、『敵の数を半分ほどに減らす』妙手ではあった訳だ。

 尤も……

 

 ──向こうさんも、その辺りは承知でやってそうだよなぁ。


 我が未来の正妻ウィーフェたるリリス嬢と似た容姿の……つまりがかなり出来る系の少女と思しき金髪碧眼のイヴリアさんへと、俺はちらりと視線を向ける。

 彼女の方も特に動揺を見せることなく……要するにこれはあくまでも予定調和という雰囲気を崩していない。

 つまり……


 ──ここからが、駆け引きの本番、って訳か。


 二人の少女が言葉を発することなく散らし続けているだろう火花に、俺は咽喉を鳴らすのだった。

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