10-9 ~ 右拳 ~
「一週間に二度も気絶するのは、
翌日。
一週間が経過しまたしても男子校へと通う必要が出来てしまった俺は、この一週間であったことを思い出し……一人しかいない自室でそう呟きを零していた。
勿論、あの金髪碧眼の婚約者であるリリス嬢のことである。
異性に慣れてないのは百歩譲って許せるとしても、もう少しばかり気絶体勢を着けてもらわないと、俺が正常性を取り戻した場合、寝ている彼女に致す必要が出てきてしまうんじゃないだろうか?
──個人的には、十二分に好みの範疇なんだけどなぁ。
俺の実年齢を考えると少しばかり幼過ぎるのは今後に期待するにして、遺伝子適合率9割とかいう最初目にしたデータは伊達ではないらしく、コースとしてはど真ん中低めギリギリというところか。
少なくとも俺は彼女に対して嫌悪感や忌避感を覚えることはなく……まぁ、これは遺伝的な何かしらと言うよりも、あの21世紀時代のモテなかった感覚があるからだろうけれども。
「さてと、行くか」
まぁ、そうして現実逃避をしても学校は消えてくれない。
幾ら馬鹿馬鹿しくともあの下らないお遊戯に興じなくてはならず、餓鬼共の間で愛想笑いを続けなければならないとしても……コレが男性としての義務である以上、俺は学校へ行かねばならないのだ。
俺は溜息と共に胸中の憂鬱を吐き出すと……ベッドに寝転びながら眼前の仮想モニタを作動させ、先週通った連邦府立
──ん?
流石に2回目の登校では、桜並木の歓迎もアレム先生の出迎えもなく普通に歩いて教室までたどり着いたのだが。
部屋に入って来た時、俺が真っ先に感じたのは違和感だった。
何というか、あれだけ煩かった男子学生の誰も彼もが黙り込んで下を向いている。
「お、コイツか、レイパー」
「そ、そうだよ、兄ちゃん」
……いや、違う。
下を向いているのは全員ではなく、先日教室にいなかった新たな異分子が一人と、もう一人……先日はろくに口を開こうとしない、仮想モニタにへばりついてまともに授業すら受けていなかった、
「……何だ?」
アレム先生は別の仕事をしているのかこの場所にはおらず……この部外者が何歳で名前がどうとかそういう情報が一切ない俺は何となく教室に入るのを躊躇っていた。
ただ少なくとも……11歳の
外観は
──って、兄ちゃん?
そこでようやく眼前の二人がこの未来社会では凄まじく珍しい男の兄弟という事実に気付いた俺は、彼らの姿を二度見する。
異母兄弟か実母兄弟かまでは分からない。
分からないが……男女比が1:110,721というこの時代で、一つの都市に二人の兄弟が近い年齢で生まれ育つこと自体、非常に珍しいと言わざるを得ないだろう。
そういう意味では彼らが偉そうにしているのも、分からなくはない。
何というか、この未来社会は進んだ科学技術の反面、男腹とかそういう迷信も残っているようなので……男の兄弟が生まれた遺伝子とあらば、かなり尊重してくれそうな気がするからだ。
「このガキ、ビビってるぞ、おい。
まぁ、俺を見りゃ仕方ないけどなぁ」
「へへっ、仕方ないよ、兄ちゃん。
兄ちゃんは体格良くて強いから、誰だってビビるに違いないさ」
兄弟という珍しいモノを目の当たりにしてしまったことで思考停止してしまったのを勘違いしたのか、
このまま放置していても構わないのだが、彼らは俺に用事があるようで立ち去ってくれる気配はなく……いい加減他の生徒の迷惑になりそうなので、俺は仕方なく教室へ足を踏み入れ、偉そうにしている二人組の前まで歩いていき、嫌々ながらも口を開く。
「いや、んで、そのお兄さんとやらが、一体何をしに来たんだ?
ここの生徒、か?」
「ああ、俺よりも折り紙上手く折れるからって来たばっかりで偉そうにするからいけないんだよ、チビ。
だから中等部に通う兄ちゃんに来てもらったんだからなっ!」
俺の問いに上から目線でそう答えてくれたのは、弟である
尤も、その解答を聞いた俺の感想としては「そんな下らないことで?」という身も蓋もない代物だったが。
そもそも折り紙なんて指先しか使わないただの授業で、上手いだの下手だの関係ないだろう?
それを中等部の兄貴を引っ張り出してまでマウントを取るなんて小学生の悪役いじめっ子かと小一時間ほど突っ込みを入れたくなったのだが……
──ああ、小学生か、コイツら。
正確には兄の方はもう少しだけ年を食っているのだろうが……10歳から同等の相手とコミュニケーションを取り始めたと考えると、このマウントを取るのに忙しい
だからこそ、中等部の兄貴を引っ張り出してマウントを取るなんて下らない真似を仕出かすのだろう。
21世紀を生きた俺としては、兄の威を借りて偉そうにするってのは情けない恥ずかしいの極みだと思うのだが……眼前の
「はははっ、今ならお詫びすれば許してやるぞ。
ああ、「もう
……兄貴の威を借りて顔に愉悦を浮かべるこの姿の、なんと醜いことか。
どれだけ科学技術が進んでも、外付けとは言えどれだけ知識を身につけることが出来たとしても、VRを用いた素晴らしい学習機関が揃っていても……それでも、人間の本能というか猿の頃に獲得した『マウントを取る野生的行動』は、600年超が経過した未来においても全くと言って良いほど克服出来ていないらしい。
──まぁ、頭を下げるくらいだったらなぁ。
これでも俺は600年前には社会人をやっていた人間である。
多少気に入らなくても幾ら腹立たしいことがあっても、詫びを入れるくらいで穏便に事が終わるのであれば、頭一つくらい平気で下げてやろうと思えるくらいの大人には成長しているのだ。
そうして俺はとっととこの下らないマウント行為を終わらせて日常に戻ろうとしたのだ。
……戻ろうとはしたのだ。
だけど。
「ああ、そう言えば。
クリオネって俺のお古で満足したあの餓鬼か」
「なん……だと?」
「ははっ、そうだろう?
このご時世に、人のお下がりのゴミを気に入るカスがいるか?
あんな無礼なクソを後生大事に
どうした、おら、てめぇのことだぞ、クソガキ」
俺は、それなりに人生経験を積んでいるし、未だって餓鬼共相手に偉そうにするのではなく、大人であろうとはしていた。
だけど……
──てめぇの女を馬鹿にされて、黙っていられるのは腰抜けだろう?
等という考えが脳裏に浮かぶよりも早く、気付けば俺は右拳を握りしめ、そのまま大きく右足を踏み出したと同時に身体を起こしながら、斜め45度の角度でその右拳を突き上げ……眼前の男の顎へと殴りかかっていた。
スリークォーターからの右強打……ボクシングで言うところのスマッシュ、である。
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