9-8 ~ 男子校の授業 ~
「一緒に、折り紙?
……お茶会?
一体何の冗談だ?」
ここ何とか男子校……
二度も自分の目で確認したと言うのに、その「明らかにおかしいと思えるカリキュラム」が消えてくれない事実を前に、俺は困惑のあまり二の句が継げなかった。
──いや、幾ら何でもおかしいだろう?
だが、そんな疑問を抱いた直後、
──まず、授業そのものは無用の長物でしかない。
そもそも
では、11万人に一人という希少な男子たちが学校で何を学ぶかと言うと、ただ一つ……
──だからの、折り紙。
きっかけは授業という強制的なものであれ、簡単な作業を全員で同じように行うことで一体感が生まれ、話題も提供することとなる。
これがスポーツであったなら、年齢や遺伝に起因する身体能力や得手不得手によって授業そのものを嫌う子が出てきそうだが、折り紙ならば身体的にはそう大きな疲労もないだろう。
勿論、折り紙にも得手不得手は出て来るだろうけれど、幸いにして俺たちには
──だからの、お茶会。
お茶会という名目により同じ時間同じ空間にいることを義務付けることで、否が応でも会話が生まれ……強制的に
勿論、合う合わないはあるだろうが、そこは一週間に一度、半日単位の登校で構わないというセーフネットがあり……更には、仮想モニタを見続けている
その授業も半日単位……2時間半程度でしかなく、しかも人間の集中力は一時間が限界ということもあり、折り紙をするにも休みを挟んでとなるため、男子学生への負荷は極小となる。
要するに、このカリキュラムは、精子作成を阻害するストレスを最小化するべく計算され尽くされた結果の代物、という訳だ。
──やっぱり凄まじく保護されてるよなぁ。
過保護とかそういう次元を超えている気がする、この未来社会の少年の優遇っぷりに、俺はいい加減呆れ果ててしまい、モノが言えなくなっていた。
俺が少年時代を過ごしていた1900年代後半に、この十分の一で良いから子供たちへの配慮があれば、これほど男子の希少化は進まなかったに違いない。
「おい、長々と固まりやがって。
幾ら何でももう検索は終わっただろ?」
「……あ、ああ。
悪い、別のところに飛んでいた」
そうして俺が脳みその中で学校カリキュラムについて思いを馳せるのに結構な時間が経ってしまったらしく、
その言葉で我に返った俺としては、少しばかりバツが悪い思いをしながらも、そう軽く頭を下げるしかない。
幸いにして
──まぁ、ネットサーフィンみたいなもんだからなぁ。
インターネットが一般化したあの時代でも、検索していたら一時間単位で時間が過ぎ去っていたという人間は多々見かけた覚えがある。
だからこそ、俺がこうして意識を飛ばしたことも珍しいことではないようで……もしかしたら今までずっと
「まぁ、人前での検索は控えるんだな。
女共は大して文句も言わねぇが、爺共はたまに煩いヤツがいるからな」
「……あ、ああ。
済まない、な」
意外にも、と言えば失礼に値するのは理解しているが……
言っていることは非常に的を射ていて、反論の余地すらない俺としてはただそう頷くことしか出来ない。
「……けっ、お坊ちゃまかよぉ。
あと、敬語も学んだ方が良いぞ、なぁ」
──くっ。
とは言え、だ。
併せて
流石に真っ当な説教を食らっているのに怒りを露わにしてしまうのは老害極まりないので、奥歯を噛みしめて怒りを噛み殺している訳だが。
そうしている間にも、自己紹介が終わったと判断したらしく、アレム先生が手を二回叩いて注意を引くと、声を上げて今日の授業が始まった。
「さぁ、取り合えず今日は折り紙をしましょう。
正直、アレム先生のその声を聴いた俺は、「幼稚園からやり直しを食らったような気分」になってしまったのだが……何はともあれ、こうして思い通りにならない現実を学ぶことこそ、希少な男子が学校で学ぶべき内容、なのだろう。
そんな微妙な諦観を覚えながらも、先生の号令に従って俺は適当な席に座り……周囲の男子たちと同じように
──懐かしいなぁ。
正直に言って、ただただ単純作業をするだけの、一欠けらの面白味も見い出せないような、退屈な授業ではある。
だけど、殆ど失われている筈の俺の記憶のどこかに、「昔、同じような作業をした」という思い出の残滓みたいなものがあるらしく……それが俺に既視感を与えてくれる感覚が、何故か不思議と楽しく思えてしまう。
そんな、記憶のどこかに埋もれてあったらしい感覚を取り戻そうと、深く考えもせずにただ指先を動かしていただけだったのだが……気付けば俺は、あまり上手くはないものの教室の誰よりも早く鶴を折り終わっていた。
「へぇ、自習してきたのかな?
すごく早いし、上手いねぇ、クリオネ君」
「……はぁ、どうも」
そんな俺をアレム先生は手放しでほめてくれるものの……たかが折り鶴を折った程度で褒められても、欠片も嬉しいとは思えない。
この辺り、俺が若かった時代の、男子がハードモード人生だった名残なのだろうが、素直に喜べないというのはあまり褒められたものじゃないと思われる。
ちなみに難易度ハーデストは近隣の東南アジア国家なんかに生まれた場合で、インフェルノはテロとか内乱中の国生まれになるのかもしれない。
「ところで、彼は……えっと、
時間が余ったことと、折り鶴程度で褒めてくる不可思議な教師の注意を逸らすべく教室内に視線を這わした俺だったが、すぐに話題は見つかった。
何しろ自己紹介の時からずっと寝たままの少年は、カリキュラムが始まった現在もまだピクリとも動かず、机に突っ伏したままだったのだから。
「……仕方ないでしょう、彼は昨日、義務日だったのです。
登校してくれただけでも、十分なのですよ」
俺の問いに対するアレム先生の解答は、寝たままの彼の行動を全肯定するもので……昔の記憶の所為か、「授業中の昼寝はぶん殴られて当然」という認識が残っている俺としては、アレム先生のその答えにただ首を傾げることしか出来なかったのだった。
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