9-2 ~ お茶会 ~【三人称視点】


 そこはVR空間としてはそう大きくはない、一般的な容量の空間だった。

 21世紀的に言えば喫茶店のテーブル一つを囲うスペース、もしくはレストラン等の少し大きめの個室と表現するのが正しいだろうか。

 尤も、ここは不特定多数が入って来る喫茶店などではなく、招待メンバーのみのVR空間であるが故にこの中での会話は外に漏れることはなく……だからこそ、会合目的に集まったこの四名の女性は日頃から使用している「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」内部ではなく、わざわざこの空間を利用しているのだが。


「で、何よ集合って。

 しかもあんたの方から……」


 最初にそう口を開いたのは、HN『ナイト』。

 両手に備え付けてある盾を上手く使いこなす重装甲型のアンドロイド警護官で、この場にいる四名で最も防御力の高い女性である。

 とは言え、機動力と攻撃力に欠けることから時間切れ……CPUの力不足で護衛対象の少年がテロリストに攫われてしまうこと……による引き分けが最も多いのが彼女の特徴でもあった。


「けっ、どうせ下らん話だろ。

 前は歩行禁止、装甲初期化縛りの提案だったし」


 『ナイト』のぼやきをそう混ぜっ返したのはHN『ジャバウォック004』。

 巨大な両腕による攻撃力、背中の飛行ユニットが特徴的なアンドロイド警護官であり……その二つ名の通り、化け物じみた攻撃偏重キャラとなっている。

 対人戦特化とも言える機体調整の所為で、実のところ真っ当にゲームを進める上では非常に不利な躯体となっているのだが……まぁ、どうせこの過疎ゲームを真っ当に遊び進めるプレイヤーなど一人もいやしない。


「……私は仕事が忙しいのよ。

 妊活は競争率が高いんですから、分かってますの?」


 二人に増して苛立たし気な口調でそう告げたのはHN『トランプクィーン』。

 グラマラスで女性的な体型以外、特に躯体をいじることもなく……要するに最弱と言われる初期装備のまま、最強を誇る古参にして熟練の警護官である。

 彼女が秀でているのは技量、そして経験値……機体性能の違いが決定的な戦力差にならないことを証明し続けているプレイヤーでもあった。


「……四度も子宮交換しておいて、まだ妊娠を目指してるのか、クソ婆ぁ」


「無理するなよ、婆ぁ」


「おだまりなさいっ!」


 長期間同じゲームでプレイし続けて来た同士の所為か、お互いのプロフィールもそれなりに分かっていて気安くなっており、そんな会話が飛び交う。

 事実、この『トランプクィーン』の中の人はもう80を超えており……健全な卵子提供が怪しくなった時点で、人工多能性幹細胞より分化した子宮を移植する手術を施している。

 残念ながら『都市』に住んで納税の義務を果たしたところで、それはあくまでも「精子提供ののラインを超えた」という程度に過ぎない。

 他の納税者と画一するような容姿、功績、頭脳などの特徴がなければ、いくら納税したところで精子の提供を受けられる可能性は低く……特に妊娠適齢期を超えた女性は優先度を下げられる傾向にあり……だからこそ彼女はこんなマイナーゲームで女王を名乗るような、所謂喪女の典型と化していたのだ。


「まぁ、喧嘩するなってお前ら。

 絶対に聞いて損はないんだからさ」


 そう告げながら、仮想モニタを使用して全員の前に紅茶を現出させたのは、全身が純白で塗装された躯体を持つ女……HN『白兎』だった。

 彼女は軽量化を突き詰めた高機動型の躯体調整を行っており、この4名の中で最も若手ながら、若さ故の反射神経と格闘センスにより一目置かれる存在となっている。

 そんな彼女が初めてこのVRお茶会……21世紀的に言うとチャットとオフ会を兼ねたような場を開催したのだから、招待された3名は何だかんだ言いながらもこうして付き合っているのである。


「ちょっと、幾ら何でも甘すぎますわよ。

 紅茶の香りを殺すような調整は貧乏舌の現れでしてよ」


「また小言癖が出たよ、婆ぁ」


「ちょいと小銭持ってるだけで偉そうだな、婆ぁ」


 『白兎』が用意した紅茶の質に『トランプクィーン』がケチをつけ、それを2人が辟易した口調で咎める。

 このお茶会では慣れっこになったやり取りであり……それほどまでに彼女たちは気心が知れた仲ということでもある。

 それもその筈で、数多のゲームが乱立し、しかも運営をAIに任せているためゲームの消滅という概念が無くなったこの時代、マイナーゲームというものは本当にプレイヤー総数が少なくなっており……長年同じゲームをやっているプレイヤー同士は自然と親しくなってしまうのが実情だった。

 ちなみに余談ではあるが、VRが普及し紅茶の味が完全にデータ化されたこの時代において、価格の差によって紅茶の味が大きく変わることはなく……だからこそ『トランプクィーン』は砂糖の入れすぎに対して苦言を口にしたのである。

 何しろ、VR空間での味なんて所詮データ上の数字でしかなく、それ故に加工手間や原材料の希少価値など一切価格と関係しない。

 そして好まれる味はアクセス数が自然と増え、だからこそデータ使用価格を下げることが可能であり……要するにこのVRで味覚を楽しむのが主流となったこの時代、『安物ほど味が良い』というそれ以前の歴史から考えると考えられない事態が発生していたりする。

 閑話休題。


「で、何の話だってんだ、『白兎』?」


 いい加減、女王様に茶々入れる行為を時価の無駄だと悟ったのか、この中で最も短気な『ジャバウォック004』がそう話を切り出す。


「……ああ。

 どうやら私は男と知り合ってしまったようだ」


 その催促に対し、『白兎』は顔の前で手を組んだかと思うと……静かな、だけど厳かな声でそう告げた。

 彼女の口から放たれたその一言の衝撃は凄まじかった。

 何しろ真正面に居ながら茶菓子に興味が移っていた『ジャバウォック004』はコンマ2秒で『白兎』へと身を乗り出し、紅茶を手に話半分だった『トランプクィーン』はコンマ1秒で紅茶をテーブルに置き、そして席に座っていながらも過去の対戦動画を視聴して話を全く聞く気もなかった『ナイト』もコンマ3秒で視聴動画を消し去って『白兎』の方へと向き直っていたのだから。


「何か、根拠のあること、でしょうね?」


 告げられた話題のあまりの衝撃の大きさに、黙り込んで発言者を注視したままの3人を代表し、最年長の『トランプクィーン』が『白兎』に対してそう問いかける。


「……ああ、最近このゲームで見かけるようになった『クリ坊』というヤツなんだがな」


 女王様の問いかけに、『白兎』はそう言いながら過去動画……HN『クリ坊』との13戦目となった戦闘動画を眼前の仮想モニタに映し出す。


「……まだ粗削りだな。

 まぁ、確かに胸はないが」


「だが、あんなの邪魔なだけだろ?

 性差を強調するなんざ、もてない女の必死の努力だ」


「お黙りなさい」


 動画を見た二人はHN『クリ坊』の戦闘をパッと見てそう感想を告げ……その揶揄に対し、この4名で唯一、基礎データよりも女性的な特徴を強調している女王様がヒステリックな叫びを上げる。

 そんないつも通りの……だけど、いつもと比べて彼女たちの集中力が三割増しという状況のまま、流れている戦闘動画が152秒を経過した、その時だった。


「……ん?」


「さっきの、ガードが、異様に早い?」


「下腹部への攻撃だけ、そんなの……いえ、まさか」


 打撃技を主体とした『白兎』の蹴りがを狙う軌道を描き……それを『クリ坊』が凄まじい反射速度でガードをしたその瞬間、3人共が反応を見せる。

 3人共このゲームに慣れ切っているからこそ、そして眼前のプレイヤーに男性疑惑がかかっているからこそ……彼女たちの鍛え上げられた目は、そんな僅かな違和感すらも見逃さなかったのだ。


「その後、幾度か実験的に狙ってみたのだが……前方の股間周辺に対してだけ、反射速度が異様に早かった。

 私の言いたいことが分かってもらえただろうか?」


「なるほど。

 生身の反応や癖はVRにおいてもつい出てしまうものだ。

 たとえ身体が機械化されていたとしても同様……理屈だな」


「人体の特性上、顔面への打撃に対する反射速度が最大となっちまう。

 ……女だったらな」


「まさか、本当に?」


 そんなことを口にしつつも、彼女たちはこんな野蛮でマイナーな……機械化した身体で殴り合うゲームに、繊細で希少で優しく温和な、争いごとなんて無縁に暮らしている男性が入ってきているなんて、しかも何度も何度も負け続けて、なおも負けん気を発揮してプレイし続けているなんて信じてはいなかった。

 信じていない癖に、4人は生身の身体であれば眼球から血が噴き出すほどの真剣さで、HN『クリ坊』の過去戦闘動画を検証し始める。


「抱き着かれても拒否反応を起こしていない。

 やっぱ男じゃないだろ、コイツ」


「いや、でも、この乱打の応酬。

 意地になって、一歩も退かないところなんて、ドラマで見た男性の気質そっくりと言えなくも……」


「何寝言言ってるのですか、『白兎』。

 そんな男、絶滅危惧種どころか、絶滅種でしょう?」


「つーか、『白兎』。

 お前、打撃主体だろ?

 なんで無理やり寝技に引き込んでるんだ」


 姦しいと言っても過言ではないほど女性たちは言葉を交わし合いながらも、自分たちでも信じていない「男性と同じゲームをプレイする」という夢にまで見たシチュエーションを現実とすべく、彼女たちは動画の検証を延々と繰り返す。

 ……モテないどころか、女性としては、0.001%の可能性でもある以上、その可能性を信じたくなるのは仕方のないことなのだろう。

 ちなみにこのお茶会の間にも、噂されている当の本人が暇な時間を潰すべく「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」へと乱入し、今日は誰もいなかったことに落胆していたことなど、姦しく騒ぎ続ける4人にはあずかり知らぬことだったのである。

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