6-2 ~ 襲撃 ~


「良かった、市長。

 ようやく繋がりましたっ!」


 その叫びと共に緊急回線用仮想モニタに映し出されたアルノーの、文字通りの鉄面皮を見た俺が胸に抱いた感情は、純粋な安堵だった。

 本来ならばそんな感情を抱くことなどあり得ないどころか、真夜中に急に現れると悲鳴を上げてしまう類の金属製の髑髏ではあるが……明らかに軍事に長けている彼女の存在は、この非常時には稀有な存在である。


「侵入者撃退の許可を願いますっ!

 早急に、この街の全権委任を、私にっ!

 もし私が信用できないと仰るのなら、私の心肺システムの上位権限をお渡ししますので、早くっ!」


 全身金属製の彼女はひどく慌てた声で胸に手を当てながらそう叫び……その段になって俺は現状をようやく理解する。

 未だに海上に浮かんでいる護衛艦は砲塔をこちらに向けたまま射撃を一発も放っていないし、この都市にあると聞かされていた防御システムは仮想障壁以外の一切が稼働していないという事実に。


 ──あれ?

 ──なら、さっき下から放たれた射撃は?


 明らかに真紅と黄色い光線が下方から放たれたのをこの目で見たのだが……警護官の隊長であるアルノーの言葉が正しければ、さっきのアレはということになるのではないだろうか?


「分かった、許可する。

 早急に侵入者の排除を進めてくれ」


「了解しました、市長。

 失礼ですが、私は警護のため市長の自室へと向かいつつ、指揮を担当します」


 俺は深く考えるとややこしいことになりそうなその考えを振り払うと、警護官のリーダーへとそう命令を下し……アルノーが俺の声にそう応えた、まさにその瞬間だった。

 俺が視線を向けていた護衛艦が……俺の命令があるまで一切の反撃をしていなかった護衛艦が、砲塔を僅かに動かしたかと思うと……その直後、甲板上にあった砲塔がすさまじい光を放ったのだ。

 その強烈な光が消え去った頃には、先ほどからこの都市の仮想障壁に突き刺さっていた、テロリストたちの軍用輸送機は八割方の体積を融解させ、ほぼ原型を留めることなく消え去っていた。


「……すっげ」


 もはやアニメや映画の世界としか思えない、戦艦の放つビーム砲撃を目の当たりにした俺は、あまりの現実感のなさにただ口からそんな呟きを零すことしか出来なかった。

 融解した装甲版の余剰エネルギーによって未だにその残骸たちは発光しているものの、仮想モニタの向こう側の光景である所為か、俺の網膜が焼け付くことはなく……それらの光が消え去った後にはただ溶解した後で冷え固まったと思われる金属片の残骸が仮想障壁にへばりつく形で残されているだけとなっている。


「……これで、終わり?」


 俺に覆いかぶさったまま、震えた声で未来のWウィーフェがそう呟く。

 結局彼女は何の役にも立ってない気もするが……まぁ、まだ十代前半の、しかも上流階級生まれのエリート少女がいきなり荒事に巻き込まれて何かができる筈もない。

 むしろ荒事なんて経験した記憶すらない俺が全く慌てていないのは、単純に一連の出来事のが強すぎて現実味が全くない所為だろう。

 もしくは一度は死を覚悟して冷凍保存されたことで脳みその何処かがぶっ壊れていてしまっているのか。


「いいえ、まだです、Wウィーフェ様」


 少女の震える声に俺が何か言葉を返そうとしたところ、エレベーターが開き金属製の警護官が部屋へと入ってくるのがふと

 本来ならばエレベーターの位置はこの俺の『部屋』の外にあり目視できないのだが……そこは近未来、というかアルノーが俺を安心させるため、警護官の権限を用いて仮想モニタを透過させてエレベーターが見えるように操作したのだろう。

 鋼鉄製の彼女が部屋の中へと入ってくる……緊急事態の所為か土足で平然と入ってくるのを視界の縁に収めつつも、俺は仮想モニタ越しに彼女と会話を続けることとした。


「……まだ、とは?」


「護衛艦の主砲が直撃する前に、テロリストたちは飛行ユニットを使用して都市内部へと侵入しました。

 その数、21名。

 現在、トリーとヒヨが交戦中で……馬鹿っ、弾幕薄いっ」


 そうして会話をしつつも鋼鉄の警護官はこちらへと向かってきてくれていたようで、仮想モニタ越しの声と肉声とか重なって聞こえるようになってきた。

 尤も、すぐさまその声は悲鳴に近い叫びに変わってしまったが。


「あ、あ~」


 警護官筆頭のアルノーがそう叫んだ理由はすぐに判明した。

 俺が疑問を覚えた瞬間、眼前の仮想モニタが多数開かれ、そのうちの一つ……海上を映し出した仮想モニタには2隻配備されていた筈の護衛艦が1のだ。


 ──いや、違う。


 正確に言うと、護衛艦は2隻とも海上に

 ただ、その内の1隻は、僅かに艦首だけが海面上に残っている有様で……今まさにゆっくりと海中に沈んで行くのが見えるその有様の艦を1隻と数えてい良いか悩ましいところではあるが。


 ──何が、起こった?


 そんな俺の疑問に答えるかのように、飛行ユニットを用いて空中を舞っているテロリスト3名と残された護衛艦1隻との戦闘が仮想モニタに映し出される。

 護衛艦の火砲は高速で空を舞うテロリストを捉えられず、逆にテロリストの携行火器では護衛艦の仮想障壁を破ることが出来ず……双方が有効打を持たない膠着状態だと思われたその戦闘は、実のところ3秒足らずで片が付いた。

 テロリストの1人は迎撃によって吹き飛んだ瞬間、残された2名のテロリストが護衛艦へと全力で特攻を仕掛け、1名はあっさりと撃ち落されたものの、残された1名は船前方に展開されていた仮想障壁を避けて船体へと突撃を敢行……のだ。

 仮想障壁の内部で自爆を食らった護衛艦も無事で済む筈がなく……そのまま船体体積の3割を失ってしまった艦は浮力を保つことが出来ず、先の1隻と同じように海の藻屑へとなり果てていく。


「お、おいおい。

 大丈夫なのか、これ?」


「……まだ、この拠点は残っております。

 核融合炉と電力網がある限り、この拠点の仮想障壁を破ることなど……」


 ふと零した俺の疑問に対し、ようやく合流したアルノーがそう答え……実際、その言葉を証明するかのように、彼女の前面に映し出された仮想モニタには、地上部から赤いエネルギーバズーカの砲撃と黄色いビームマシンガンが凄まじい連射で放たれ続け、上空のテロリストたちの攻撃は地上に青く輝いて展開された仮想障壁によってすべて弾き飛ばしている、警護官の三人娘の勇姿が映し出されていた。

 勿論、障壁のエネルギー源である核融合炉にも数多の射撃が飛んでいるようだったが、そちらも俺たちがいる同様、潤沢なエネルギーを用いた仮想障壁が完備されているようで、テロリストたちの武器を全く歯牙にもかけていない。

 護衛艦と同じ要領で自爆しようにも、自らで都市全体を賄うほどのエネルギーを生み出す核融合炉は省エネという概念すら持っておらず、360度を覆うように展開されている仮想障壁はテロリストたちの命を賭けた特攻すらも許さない。


「しゃあっ、もういっちょ命中っ!」

「それ、私のビームが足止めしたからっ!」

「……何言ってるの?

 私がいなきゃ、二人とももう4回は死んでる」


 地上で健闘を続けている警護官三連星は姉妹……この時代では父親が同じというだけでは都市では珍しくもない関係であるため、姉妹と言えば同じ家庭で過ごした関係を言う……姉妹らしく、競い合いながらもお互いにフォローを欠かしていない。


「彼女たちがああして、都市部のエネルギーと連結されている限り、テロリスト如きの装備では彼女たちを傷つけることは叶わないでしょう」


 アルノーがそう自信満々に呟くのも考えてみれば無理もない。

 都市一つ分にも相当する核融合炉のエネルギーを攻防同時に使えるのだ。

 背中に背負っている飛行デバイス程度の出力しか持たないテロリストにどうこう出来るハズもない。

 尤も、エネルギーの出力では勝っていた筈の護衛艦は、当たり判定の差によってあっさりと沈んでしまったようだったが……。

 ちなみに、BQCO脳内量子通信器官で得た知識によると、彼女たち三人で一番貢献しているのはあまり目立つ活躍をしていないタマになる。

 彼女は姉妹であるトリーとヒヨが射撃を放つそのという、お互いのリズムを熟知している三姉妹ならではの、本来ならばあり得ないレベルの連携プレイを続けていた。

 勿論、ヒヨもトリーがエネルギーバズーカを放つタイミングに合わせてビームマシンガンで敵を誘導するなど……あまり目立たないものの、非常に重要な役割を彼女は足しており……ここまで上手く連携する様子を見る限り、この三人は三人で一組としてカウントするべきなのかもしれない。


「あははははははっ、落ちろ堕ちろ墜ちろっ!」


 そうして無限にも等しいエネルギーを使って好き放題撃ちまくれる所為、だろうか。

 トリーが若干トリガーハッピーらしき声を上げ始めたかと思うと乱射を始め……今まで「狙って」「撃つ」の動作を繰り返していた筈の彼女の動作が、だんだん雑になってきているのが傍目にも分かるようになってきた。


「馬鹿、その威力でその角度はっ!」


 アルノーがそう叫んだ次の瞬間。

 仮想モニタの向こう側と認識し始めていたドンパチが現実に取って代わったかのように、仮想モニタの中の建物を赤いエネルギー弾が貫いたと思うと、凄まじい轟音と衝撃が俺たちがいた建物の直下から響いてきたのだった。

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