21 ウルフ参上

 正面の大軍を囮に、両サイドからの奇襲も囮にして、多分まだ敵にバレてないだろう『お忍びローブ』で罪の烙印を隠し。

 あたかも攻略組の一人ですよみたいな顔をしたウルフが、鍵の所持者達にダイレクトアタックを仕掛ける。

 相手だって寄せ集めなんだから、見知らない奴が一人紛れ込んだくらいじゃバレないだろう。

 だから、顔を隠して乱戦に紛れればいけると思ったのだ。

 それが今回考えついた作戦。

 無学の自分にしては、よく考えついたと思う。

 まあ、忍び込むところ以外は、頭の良い外道達が考えた作戦だが。


 しかし、その作戦は失敗した。

 鍵の所持者ではなく、敵のリーダーに不意打ちをかまそうとしたせいで、やたら勘の鋭い爺に捕捉されてしまった。

 判断をミスったかもしれない。

 迷宮を再攻略すれば替えの利く鍵の所持者よりも、替えの利かない敵のリーダーを潰した方が戦果として大きいと思ったのだが、欲張り過ぎたか。

 いや、ウルフの判断ミスというより、これに気づいたコジロウが凄かっただけか。


「罪の烙印を隠してた!? しかも、『危機感知』のスキルまで反応しなかった……! まさか、そんな方法があるなんて……! 抜かったわ……!」

「さっきの外套を秘密がありそうじゃのう。どうなんじゃ、狼娘」

「ハッ! 教えるわけねぇだろ!」


 わざわざ種明かしをしてやるほど、ウルフはバカではない。

 種がわからなければ、しばらくの間、こいつらを疑心暗鬼に陥れられるかもしれないのだから。

 三年間の戦いで経験を積み、ウルフは脳ミソの方もそれなりに鍛えられていた。


「そうか。ならば、聞くことは無い。死ね」

「テメェらが死ねぇ!!」


 ウルフとコジロウが激突した。

 コジロウは再びの居合斬りを使うために刀を鞘に戻し、ウルフは初手から切り札である獣化を使う。

 ……ちなみに、獣化はスキルレベルを上げても何故か効果が全く変わらないため、ウルフは内心首を傾げているのだが、それは余談だ。


「オォォオオオオオオオン!!!」


 それはともかく、温存はしない。

 ジャンヌの暗殺にこそ失敗したが、ここまで潜り込むことには成功した。

 このままゴリ押しで鍵の所持者どもを殺し切ってしまえば、こっちの勝ちだ。

 ゆえに、ウルフは目の前のコジロウにではなく、所持者達が乗っている馬車に向かって飛びかかった。


「しまっ……!?」


 コジロウはブレイブを失ったトラウマのせいで、ジャンヌを守ることに意識を割き過ぎ、反応が遅れる。

 ウルフの直前のセリフと殺気を使ったフェイントも上手かった。

 殺意に染まった雄叫びを聞いて、他のギルドの護衛達も、反射的に我が身を守ってしまった。

 誰も彼もが、ウルフの怖さを骨身に染みてわかっていたから。

 己の中に渦巻く怒りと殺意までも囮に使い、漆黒の人狼と化したウルフは、その拳を攻略組の急所に届かせ……。


「させるかよ! 『ストライクランス』!!」

「あぁ!?」


 その直前で一人の男に阻まれた。

 不揃いな、けれどPK達とは違って一級品の装備を身に着けた、ポニーテールの男。

 『傭兵王』アヴニールが、槍の必殺スキルでウルフの拳を弾いたのだ。

 別にウルフに対して因縁もトラウマも持ち合わせていない彼だからこそ、この場の誰よりも冷静な動きができた。


「こいつは俺が抑える! その間に、進むなり両サイドの援軍に行くなりしろ!」

「アヴニールさん!」


 金で動く傭兵らしからぬ、貧乏クジを進んで引くかのごとき宣言。

 けれど、彼には金以上に大事なことがある。


「現実世界に帰りたいのは俺も同じだ! こんな俺を受け入れてくれた女房が待ってるんでな! そのためにも、ここであんたに死なれちゃ困るんだよ!」

「!」


 それが彼の戦う理由。

 どうやっても直せなかった口の悪さのせいで、彼は団体行動が苦手だ。

 特定のギルドに身を寄せても、トラブルの原因にしかならない。

 だから、傭兵の真似事なんて始めた。

 こんな自分なりに、少しでも攻略組の助けとなって、少しでも現実世界に帰れる確率を上げるために。

 

「かかって来いや、現実逃避のクソッタレ野郎ぉぉ!!」


 ここが正念場だと見て、アヴニールは賭けに出る。

 自分の命をベッドして、この最凶の魔族の足止めを敢行する。

 死んでも止めるなんて気概は無い。

 絶対に生き残った上で止める!


「鬱陶しい!!」

「ぐっ!?」


 だが、実力差は明白。

 アヴニールのレベルは50。

 現時点での実質的な成長限界に到達した、数少ないトッププレイヤーの一人ではあるが。

 相対するウルフは、魔族としての高いステータスと自己回復能力を最大限に活かした無茶なレベリングを三年間続け、効率最悪の中でレベル61にまで至っている。

 それが獣化を発動して、肉弾戦で使うステータスが二倍になっているのだ。

 どれだけ意気込んでも、彼ごときでは数秒耐えるだけで精一杯。


(つ、強ぇ……!? 他の魔族とは比べ物にならねぇじゃねぇか!? ああ、くそっ! カッコつけるんじゃなかったぜ!)


 思わず心の中で弱音を吐く『傭兵王』。

 だが、こうなることは予想できていた。

 アヴニールではなく、ウルフとの交戦経験の多い他の者達には。


「助太刀する! さすがに、お主一人では無理じゃ!」

「クソッタレ……! 情けねぇが、助かる!」


 コジロウが即座にアヴニールの援護に入った。

 馬車の護衛に就いていた、他のシャイニングアーツのメンバー達もコジロウに続く。


「バフを!」

「は、はい! 『ディフェンスブースト』! 『スピードブースト』!」


 ジャンヌの指示で、対象のステータスを底上げする支援魔法の使い手が、味方に強化をかける。

 攻撃力よりも、まずは生存に必要な能力を優先して。


「皆さんは予定通り馬車を死守してください! あいつの相手はシャイニングアーツが引き受けます!」

「あ、ああ!」

「わかった!」


 他のギルドの者達は、あらかじめ決めておいたこういう事態への対処法に従って馬車を死守。

 迷宮のボスのような超大型モンスター相手ならともかく、魔族のような的の小さい相手だと、下手な連携はむしろ味方の足を引っ張ってしまう。

 だからこその役割分担だ。


「歯がゆいわね……!」


 ジャンヌは両サイドで暴れ回る二人の魔族に目を向けて苦々しい顔をした。

 ウルフへの対処に加えて馬車の守りを固めたことで、動かせる戦力が無くなってしまった。

 これでは『鬼姫』と『死神』のところへ応援を送れない。


「お願い……!」


 もう、彼らを信じるしかない。

 奴らの迎撃をしているのもまた、強さを見込まれてこの作戦に呼ばれた精鋭達だ。

 魔族を相手にしても、一方的な蹂躙にはなっていない。


 応援はあくまでも被害を抑えて確実に勝つための索。

 無くとも互角の戦いになるだけだ。

 互角であれば、彼らを信じて任せ、自分達は馬車の護衛という本来の役割を全うする!


「『シャインアロー』!!」


 未だ治療中のジャンヌも、魔法でウルフと戦う仲間達を支援。

 彼女の戦闘スタイルは兄と同じ魔法剣士。

 負傷しても、メインウェポンを魔法に切り替えれば戦える。

 そして、シャイニングアーツの魔法使い達は、フレンドリーファイアを恐れて動けなかった苦い経験を活かして、DEX(器用)のステータスを徹底的に上げることで魔法の命中精度を向上。

 乱戦の中でも狙った相手だけを撃ち抜ける技術を獲得した。


「チッ!」


 ウルフが思わず舌打ちする。

 彼に向かってくる馬車の護衛、総勢15名。

 動きを見るに、恐らくは全員がレベル40以上の精鋭部隊。

 連携も取れている。

 ウルフに飛びかかってきているのはシャイニングアーツと、誰かに合わせた戦闘がやけに上手いポニーテールのおっさんだけ。

 他は徹底的に馬車のガードを固め、役割を分担することによって、寄せ集め特有の連携の拙さを解消している。


 飛びかかってきてる連中だけなら、ダメージ覚悟で強引に振り払うこともできる。

 だが、振り払って馬車に突撃したところで、その先の守りに足止めされて、結局は振り払った連中に追いつかれてしまうだろう。


「終わったよ、ジャンヌちゃん!」

「ありがとう、タロット! ウルフ! さっきの借りを返すわよ!!」

「チィィ!!」


 そうこうしている間にジャンヌの治療も終わってしまい、彼女も戦いに参戦してくる。

 ジャンヌの実力は精鋭部隊の中でもコジロウと並んで突出しており、どう考えてもレベル50の限界を軽く突破しているだろう。

 そういう一騎当千の『英雄』は一人増えるだけで戦況を左右する。


「お待たせしました! 『ハイ・ヒール』!」

「ありがてぇ!」

「よっしゃ! これで、あと十年は戦えるぜ!」


 更に、ジャンヌの治療に専念していたタロットまで復帰してしまい、シャイニングアーツの回復速度が大きく向上する。

 『癒天使』タロット。

 彼女もまた、レベル50のトッププレイヤーの一人。

 ゲーム内最高の回復魔法使いヒーラーの一人。

 集団戦におけるヒーラーの重要性など語るまでもない。

 彼女もまた、一人で戦況を変えうる英雄なのだ。


(ちくしょう! 手詰まりか……!?)


 ウルフは狼の顔を忌々しそうに歪めながら頭を回す。

 今のウルフは孤立無援だ。

 奇襲を仕掛ける代償として、一人で突出し過ぎてしまった。

 その奇襲が失敗してしまい、初撃で崩した陣形も立て直されてしまった今、このまま戦い続ければ負ける。

 撤退は容易だから、最悪はミャーコとの約束通り、命を惜しんで逃げるが……。


 けど、せっかくここまで来たのだ。

 初見殺しの手札を切ってまで忍び込んで、成果無しというのはあまりに悲しい。

 撤退するにしても、せめて、こいつらに一杯食わせたい。

 この精鋭部隊の誰か一人でもいいから殺して、連中に消えない傷を与えるか?

 しかし、精鋭はしぶとさも超一流だ。

 首から上や心臓など、クリティカルヒットで即死判定が出る急所への直撃だけは意地でも避けて、ヒーラーやポーションによる回復で命を繋いでしまう。

 それがこんなに群れて連携しているとなると、今のウルフでも殺すのは容易じゃ……。


「ん?」


 と、そこでウルフは閃いた。

 精鋭を殺すのは容易じゃない。

 なら、━━精鋭以外を狙えばいいのでは?


「おお! 冴えてるぜ、オレ!」


 ウルフは天啓を得たような顔をして……馬車に対して背を向けた。

 逃走のためではない。

 馬車の、鍵の所持者達の護衛という精鋭部隊ではなく、その外側に配置された連中に狙いを定めたのだ。

 馬車の近くにいながら、連携の不安によって手を出せずにいた、他のギルドの連中を。


「なっ!?」

「おらぁああああああああ!!!」

「がっ!?」

「ぐべっ!?」

「おごっ!?」

「「「「ぎゃあああああああ!?」」」


 驚愕するジャンヌ達を尻目に、ウルフは雑兵を相手に無双を始める。

 彼らとて弱くはない。

 この作戦のために声をかけられるくらいには強い。

 しかし、シャイニングアーツのようなトップレベルの大手ギルドと比べてしまえば、どうしても劣る。

 そして、今のウルフはトップレベル以外が相手にできる存在ではない。


「『インパクトスマッシュ』!!」

「「「ッッッ!?」」」


 溜めが大きくて、精鋭相手には使えなかった必殺スキルまで惜しみなく使って、ウルフはなるべく被害を拡大させるように暴れた。

 何人ものプレイヤー達がデータの塵になって消え、彼らの持っていたアイテムが地面に転がる。

 それを戦場をチョロチョロと走り回っている、無数のネズミが回収していった。

 『吸血公』の召喚獣の一種だ。

 相変わらずの金の亡者っぷりに、ウルフはちょっと苦笑した。


「やめんか!!」

「おっと!」


 そこへ馬車を離れて追いかけてきたコジロウが肉薄。

 怒りの表情で刀を振るった。

 ウルフはそれを腕で防ぐ。

 人狼状態を解いても戻らないこの手足は武器扱いなのか、他の部分に比べて明らかに硬いのだ。


「よぉ、爺! 一人で追ってくるたぁ、いい度胸じゃねぇか!」


 最凶の魔族の前に単騎で現れたその勇気を称えるように、あるいは嘲笑うように、ウルフは虎獣人の老剣士に向けて獰猛に笑った。

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