生きるということ
ごま太郎
第1話
ドンッドンッドンッ
これはドアを叩く音か、おれの心臓の叫びか
ガチャッガチャッ
これは扉を開けようとする音か、おれに繋がれた鎖の音か
「おーい、いるんだろ、出てこいよ」
おれは呼吸も含めた一切の運動をとめる
だるまさんも転ばないほどの静寂
「いつになったら返してくれるのー?」
「いるのはわかってるんだよー」
もちろん学生時代に借りたCDではないだろうし、そんなものを借りる友達なんていた覚えもない
「おいっ!いい加減にしろよっ!」
ガンッという鈍い音に続き、聞き馴染みのある怒鳴り声が部屋に響く
「…おい、誰か来たぞ」
この声も聞き馴染みだ
そしてこの男の方が話がわかる、気がする
もちろん顔を見たことはない
見ることがあればどうなることか、考えたくもない
「…チッ、また明日来るぞ、毎日毎日何回でも来るからな」
毎日ご苦労様です
心からそう思う
これも彼らの仕事なのだ、毎日何も応えない扉に向かって挨拶に来てくれる
何も続かないおれよりよっぽど真面目だ
コツッコツッコツッ
2つの足音が静寂に溶けていく
フゥッ…
クライマックスを撮り終えた俳優よろしく、ゆっくりと立ち上がったおれは、大物役者の扉様へと忍び寄る
物音を立てぬよう、そっと覗き穴にすり寄り、彼らの姿がそこにないことを確認する
彼らが真面目な仕事を始めて一週間
食料も底をつき、電気も止まった蒸し暑い部屋で、おれはこれからどうなっていくのかと不安になる
今さら不安もクソもないのだが、生きている以上、先のことを考えてしまう
死んでしまったら先のことなんて考えなくていいのに…
かといって自分で終わりを決める勇気など持ち合わせていない
借りた金は返す
そんな当たり前のことができないおれにも、時間だけは平等に流れてくれる
神様はなんて慈悲深いのだろうか
生きることを、いや、死なないことを許してくれる
そんな上辺だけの悟りを振り切って、再び重い腰を上げる
模様となったクモリを纏うグラスを手に取り、蛇口をひねる
キュッキュッと甲高い泣き声は聞こえるが、涙の一滴も流れてこない
そろそろ潮時だな…
満ちることのない喉と心の渇きを噛み殺し、腰の重さに身体を委ねる
どこで道を間違えたんだろうか
就職活動に妥協したときか?
いや、大学に行くことを諦めたとき?
いやいや、高校の部活動に入らなかったから
まてよ、中学の席替えで…
自分しかいない記憶に嫌気がさし、身体を横たえる
頬に感じる固い床が、乾いたおれに束の間の涼を与えてくれた
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