隣の幼馴染み婚約者に溺愛されているっぽい。
佐藤のう。
同い年の男の子
古来より、「日出ル国」と民は呼び、その国は社会の発展の中でも揺らぐことなくその地位を高めてきた。
街には自動車が走り、滅多に馬車を見かけなくなった昨今、この街に二人の子どもが誕生した。そのうちの一人が、私、「桐生アイラ」だ。
貴族の系譜である桐生家の二人目として生を受けてから16年が経った。今日はめでたく私の誕生日である。とはいっても、我が家は裕福な方ではないので盛大なパーティーはない。せいぜい最近流行りの洋菓子と、私の好きな料理が食卓に並ぶくらいだ。
「16歳ですって」
やや肌寒い午前中、自室の窓際に寄りかかってそう一人ごちる。
休日故に、友人などから直接お祝いを言われることはないだろう。この世には電話という連絡手段があれど、まだ全家庭には普及していない。
手を握ったり、開いたりして、自分の魔力を練りながら時間をつぶしていた。もうすぐ、彼が来るはずだったから。
「お嬢様、榊様がいらっしゃいましたよ」
「はぁい、今行くわ」
手のひらに出しかけた火を握りつぶして、私は応接室へと向かった。
「やあ、アイラ。おはよう」
「おはよう」
「はいこれ。今年の誕生日プレゼント。16歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
応接室に入ると、彼は庭に面したガラス戸の近くに立っていた。いつもより少しフォーマルな服を着て、私ににっこり笑いかけた。そのまま私に近づくと、抱えていたプレゼントを手渡す。
私たちが知り合ってから、彼はかかさず誕生日にプレゼントをくれる。はじめは子どもらしく小さなプレゼントだったのに、今では宝石やとても上等な質の洋服だったりとお返しに困るものになった。
「アイラ、開けてみて」
「え?もう?」
「うん。今日はこれを着てほしくて」
ということは、中身は洋服なのだろう。
普段は、学校に行く以外は着物を着ているから、洋服は彼が贈ってくれたものだけしか所持していない。
丁寧に包まれた包装を開けると、クリーム色のワンピースが詰められていて、それに合わせたネックレスとイヤリングが添えられていた。
「アイラに似合うと思ったんだ。気に入ってくれた?」
「……なんだかもったいないわ」
「そんなことないよ!この色はアイラに絶対似合うし、何より僕が見たい」
「そっちが本音かしら?」
そうからかいながら、きれいに畳まれて詰められていた洋服を取り出して、自分の体にあてる。きっとうちの女中に聞いてオーダーメイドしてくれたのだ。
彼は特別美しいとは言えない私を着飾るのが好きだ。
両親から受け継いだ焦げ茶色の髪の毛と、名前の由来でもある藍色の瞳は人混みに紛れると溶け込んでしまうほど普通で、化粧で誤魔化しているけれど目立つそばかすもあまり好きではない。
だというのに、彼は私の容姿に不釣り合いなぐらい高価なものを贈っては「可愛い」とほめてくる。
それもこれも、私と彼が、たまたま生まれた年が同じで、たまたま家が隣で、たまたま魔力の相性がいいからと、両家の総意で婚約者となったからだ。
そうじゃなきゃ、この不似合いな私たちが一緒にいる理由がない。
「まあ、でも、素敵な洋服ね。着替えてくるからちょっと待ってて。お茶の用意をお願いね」
廊下に控えていた女中に声をかけて、自室へ戻る。
お腹回りの圧迫感がないだけで、大分動きも軽やかになる。女学校の制服も洋装だが、淑女たれ、とスカートの丈も長いため、今日のようなワンピースの膝丈はどこか落ち着かない。
タンスからストールと靴下を引っ張り出してなるべく露出しないように対策を練る。彼には文句でも言われそうなものだが、寒いからとでも言って誤魔化してしまおう。
「うん、大丈夫」
鏡の前で笑みを浮かべて最終チェックを済ませて、応接室へ戻る。
「アイラ」
「お待たせ。……変じゃない?」
「変どころか、とても素敵だよ。やっぱり似合うね。可愛い」
「ありがとう」
「よし、じゃあ行こうか。久しぶりのデートだから楽しみにしてたんだ」
少し恥ずかしそうに、にっこり笑って手を差し出されたので、少しばかり熱が移ってしまったかもしれない。頬が赤くなるのが分かった。
玄関先では、既にブーツが用意されていて、うちの女中は仕事が早いなと近くに控えていた女中にお礼を言う。身分が上とはいえ、大して偉くもないので、こうしてお礼を言うのが私の中で普通になっていた。
「あ、僕が」
靴くらい自分で履けるけれど、断るよりも早く、頭上にあった目線が下に向く。今日ばかりは甘えてもいいかもしれない。
「ありがとう」
「きつくない?大丈夫?」
「大丈夫」
いつもは頭上にある彼の頭のてっぺんが見える。なんだか面白くて、その柔らかな髪に手を通した。
私よりも淡くて透明感のある飴色の髪の毛。子どもの頃から私は彼の持つ色が大好きだった。数秒ほど、頭を撫でることに集中していたら、後ろから声をかけられた。
「あれ、アイラ、これから出るのか?」
「兄さま」
「もう出掛けたかと思っていたけど、そうか。気をつけて行っておいで。楽しんで」
「ありがとう」
「アイラを頼んだよ」
「はい」
「じゃ、俺は準備があるから、また後でな」
簡単な挨拶をして、兄は台所へと向かっていった。朝食の席でもうお祝いの言葉をもらっていたから、たまたま見かけて声をかけただけのようだ。
兄は私の誕生日には自分で料理をして、振る舞ってくれる。そのために仕事も休んでいるらしい。今日の夕食を期待しつつ、立ち上がった彼の手を握って、家を出た。
私と彼が初めて会ったのは、多分、生まれたばかりの赤ん坊の時だ。記憶にはないけれど、写真という記録に残されている。
この世界には魔力持ちが存在していて、昔から、魔力のある者が世界を支配している。そのほとんどが、古来から続く皇族や貴族階級の者たちであり、その地位が揺らぐことはない。我が桐生家も、その一端を担っている。
ただ、我が家の人間は出世欲が特にないらしく、先祖の代から細々と身の丈に合う職と生活を続けており、貴族という感覚はこの家に住む者にはない。
そんな桐生家のお隣に住んでいるのが、榊家である。榊家は家系図を辿ると、皇族の血筋を引いており、魔力も多い、まさに生粋の貴族だ。皇居から少し離れたまあまあ不便なこの土地になぜ住んでいるのかは謎だけれど、ご縁があってお隣さんである。
そして、たまたま榊家と桐生家に同じ年に子どもが生まれたのだ。
お食い初めも、七五三も毎回二人仲良く並んで写真に写っている。
気づけば親が私たちを婚約させていた。
生まれたときから隣に100人いれば100人が美形だと言う幼馴染みが常にいたおかげで、幼いときから自分の容姿の平凡さを認識し、変な驕りを持たなかったことは救いである。この婚約は彼の意思でどうとでもなるのだ。
だから私は、期待しないように、意識されないように、幼馴染みという枠からはみ出さないように振る舞う。
「何か考え事?」
「ううん、ちょっと昔のこと思い出してただけ」
「そっか。じゃああれは覚えてる?」
彼の問いかけに、あながち間違いではない返答をする。そうすれば、彼は子どもの時の思い出話を引っ張り出してきた。
「覚えてるわ、全部」
「アイラは記憶力がいいよね」
忘れるはずがない。だって、貴方と過ごした時間は何よりも大切なのだから。
彼がいつか、他の女性を運命だと呼んで私と婚約を破棄しようとも、私はちっとも悲しくなんかならないと思う。「ああ、そっか」できっと終わる。
だって今のこの状態が既に異常だというのが分かっているから。
「あ、着いたみたいだ」
私たちが乗った車が止まり、ドアが開けられる。
だから、今日だけは。
私たちは良好な関係の婚約者だと、想い合う婚約者だと、思わせてほしい。
一人になっても寂しくならないように、思い出を一つでも増やしておけば、いつか来る別れに堪えられるだろうから。
「足元気をつけてね」
「ええ」
目が合って、彼が笑う。
それだけで私の胸はいっぱいになる。
彼の人生のほんの少しの時間だけでも、独り占めできるのが、たまらなく嬉しかった。
それから、私たちはデートという名の二人だけで外出をした。時折飛んでくる女子の視線が若干痛かったけれど、当の本人は全く気にならないようで感心してしまった。日常的に受けている視線なのだろう。
お昼を過ぎて、人の出も増えてきた頃、手を繋ぎながら歩いていると、あるお店の前で彼は止まった。
「最後はここ」
「何だか、高そうなお店ね」
「アイラに選んでほしくて、絶対行こうって思ってたんだ。値段なんか気にしないで。今日はアイラの誕生日なんだから」
洋風なデザインの外観は、新しすぎるでもなく、かといって古すぎるわけでもない、柔らかな印象を持たせており、どんな人でも入りやすいように造られていた。
扉を開けて、中に入る。外から見るより店内は明るくて、ラジオがBGMとして流れていた。
「わあ……きれい」
「いらっしゃい。そこは西洋から仕入れた商品が並んでるよ」
「どうりで初めて見るものばかりだ。アイラ、気に入ったのがあったら教えて」
「うん、でも、正直……どれも素敵だわ」
「嬉しいこと言ってくれるね。手にとっても構わないから、いろいろ見るといいよ。私は奥にいるから何かあったら声かけてくれ」
「はい、ありがとうございます」
わずかな時間の会話だったけれど、おおらかな店主らしい店だと思った。
しばらくの間、店内を回りながら様々な装飾品を眺めて回る。ふと、緑色が目に入った。
「スイの色」
そっと手を伸ばして中央に小さな石が嵌め込まれたブローチをじっと見つめる。繊細な金細工と合わさって、高級感を出しているブローチに、心引かれる。
「いいの見つけた?」
「あ、その……。あなたの、色が見えたから」
「僕の?」
「そう。きれいだなって思って」
「本当だ。見つけてくれたんだ」
「た、またま目に入っただけよ」
嬉しそうに笑う彼に、今さらながら気恥ずかしくなって歯切れが悪くなった。私のこの気持ちが漏れてしまうのではないかと変な汗が出る。
「じゃー、これ、買おう」
「えっ、いい、いらない!」
「駄目。プレゼントだからもらって」
ちらりと見えた値札に気づいていないのか、彼はそのブローチを持って店の主人に声をかけた。
「す、スイっ……!」
「んー?」
「買わなくていいよ、だって、もうたくさんもらったっ!これ以上もらっても、わたし、返せないわ」
「アイラ」
「スイ……」
「もう僕はアイラにたくさんもらってるよ。どんな高価なものをあげたって足りないくらいのね。これでも僕、お給金もらってるんだよ。家の金じゃない。僕が、君にあげたいんだ」
私が彼にしてあげたことなんて何一つないというのに、私はもう次の言葉を出せなかった。店主がカウンターにやってきて、彼が支払いを済ませてしまったから。
「アイラ、こっち見て」
買い上げたばかりのブローチが、私の着ているワンピースにつけられた。
「よく似合っているね。まるでお嬢さんを待っていたみたいだ」
「そう思います?ですよね。アイラ、こっち」
「あっ、スイ?」
手を引かれて、店内に置かれた鏡の前へと立たされる。
「見て。僕の色、君にとてもよく似合ってる」
「あ……」
鏡越しに目が合って、声が上擦った。彼の色だと意識してしまえば、心臓が早鐘を打つ。
そっと、彼の掌がブローチに翳された。
「この石が、僕がいないときにもアイラを守ってくれるようにまじないをかけたから、絶対身につけてね」
「……失くしたら困るわ」
「あはは、可愛いこと言うね。大丈夫、アイラは大切に使ってくれるでしょ?」
「それは、そうだけど」
「ん。じゃあ帰ろっか。ありがとうございました」
「はい、またおいで」
「あ、ありがとうございました!」
再び手を引かれて、店を出ると、今朝私たちが乗ってきた車が停まっていた。いつの間に連絡をしたのだろうか。いつも事が滞りなく進むように、完璧に仕事をこなす榊家の使用人たちには毎回驚かされる。
エスコートされて、車に乗り込むと、静かに車は走り出す。人の流れを眺めていると、不意に彼が口を開いた。
「アイラ」
「どうかした?」
「僕はね、今日が一番好きなんだ」
「……そう?」
やや返事に困る言葉を渡されて、当たり障りない返答をしてしまう。けれど、それを気にする素振りもなく、彼は言葉を続けた。
「そう。新年でも、クリスマスでもない。今日が一番好き」
「変わってるわね」
「だから、アイラ、僕は君の隣にいられるように努力したいんだ。約束して。僕から離れていかないって」
真剣な瞳が私を見つめてくる。その瞳が揺れ動いているのが分かる。
約束なんてしなくても、私はあなたから離れていかないのに。むしろ私がお願いしたいくらいだ。そう叫びたかったけれど、できなかった。
「約束するわ」
そう言って、見えない涙を拭うように、彼の顔に触れた。
ほっとしたのか、強張った顔が和らいで、冷えた指が私の手に重なった。お互いの魔力が絡み合って、馴染んでいく。
あなたが必要としなくなるまで、私は側にいる。彼の手が温まるのを感じながら、心の中で、そう呟いた。
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