第137話 更に此処で29日後
お茶セット、紅茶とチーズケーキは3人分既に準備済み。
既にお茶は注いであって湯気を上げている。
視界端の時刻表示が1時30分になった。
私はアイテムボックスから『時空神の砂時計』を出す。
上下端と3本の支柱が真鍮色をしている白い砂が入った砂時計。
私はその砂時計の砂が入った方を上にしてテーブルに置く。
ふっと近くの空気が揺れた気がした。
私とラッキー君はそちらを振り向く。
懐かしい人がそこに立っていた。
「おかえり、カリーナ」
「ただいま、ミヤさん、ラッキーちゃん」
「わかるのか?」
このラッキー君の言葉はきっと、人の姿をしていてもラッキー君とわかるのかとという意味。
カリーナちゃんは頷いた。
「ええ。こちらの私は現れなくなった後も
カリーナちゃんはそう言って、そして私の方を見る。
「だからミヤさんの質問も知っています。時間の余裕はあまりありません。だから先に答えてしまいますね。
私は、此処で一緒に過ごしたカリーナではありません。
いきなり本題に入ってしまって頭の中の整理が追いつかない。
でも今のカリーナちゃんの言葉が意味することは……
「私がメリティイースの森の家で出会って、あのハコダテの街まで一緒に暮らしていたカリーナは、貴方ではないという事でいいの?」
「そうです。更に言うとカレンやコルサとパーティを組んでいたのも、クレーテー島でメアリーさんと一緒に攻略したのもそのカリーナ。私、代行AIのカリーナがこちらに出てきたのは今回が初めてです。
お茶をいただきますね」
このカリーナちゃん、代行AIのカリーナちゃんはお茶を軽く口にして、それからまた口を開く。
「続けますね。
ただ私、代行AIは全く変化を感知できませんでした。あくまで運営管理の方からそういう問い合わせがあっただけです。この問い合わせがどういう意味かわかったのは、もう一人の私が消える直前でしたから」
頭の中で用意していた質問について、問いかける前に全て答を出されてしまった。
でもこれでわかった。
私と暮らしたカリーナちゃんは
もちろん代行AIの、目の前のカリーナちゃんによればだけれど。
なら何故死んだ筈のカリーナちゃんが此処では意思を持って暮らしていられたのか。
幽霊話のように未練があったから成仏せず出てきていたのか。
これはカレンさんの推論だけれど。
ただ私としてはその辺の理由はどうでもいいような気がした。
あのカリーナちゃんは確かにあの時まであそこにいた。
そして納得してこの世界を去ったのだ。
私が確かめたかった事はそれだけで、それで充分だ。
そう、充分の筈なのに……
涙が止まらなくなった。
アイテムボックスからハンカチを取り出し、止まらない涙をハンカチで無理矢理押さえて止める。
カリーナちゃんがあの日消えた事はわかっていた。
でもその後、
それでやっと今、私の心が真に理解したのだ。
あのカリーナちゃんとはもう会えないと。
涙が止まらない。
せっかく代行AIのカリーナちゃんが来ているのに。
そう思った時、不意に温かく抱きしめられた。
「泣きたい時は思い切り泣いていいんです。きっとそうする事が必要なんです。認知と理解は同時に来るわけではないですし、感情はさらにその後に来るんです」
カリーナちゃんだ。
もちろん代行AIの方の。
前にこんな事があったなと私は思い出す。
あの時はカリーナちゃんがタオルを出してくれたんだった。
似たような言葉をかけてくれたんだった。
今いるのはあのカリーナちゃんではない。
そうわかってはいるけれど、つい言ってしまう。
「前にもあったよね、こんな事」
「ええ。実は今の言葉もその時の言葉を一部借用しています。私ではないカリーナの。
あのカリーナならきっとこうしたしこう言った、そう思いますから」
ようやく少し涙の方も落ち着いた。
それに時間が惜しい。
だから私は顔を上げ、改めてこのカリーナちゃんに向き直る。
「ありがとう。もう多分、大丈夫」
「それであと私に何か聞きたいことはありますか?」
そう、あとひとつ、私は質問が残っていた。
「カリーナちゃん、今私の目の前にいるカリーナちゃんは、この後どうするの?」
あのカリーナちゃんはもういない。
だから代行AIであるこのカリーナちゃんがこの世界に出てくる事もない。
今回のように特殊な方法で呼び出さない限りは。
「代行する相手がいなくなった代行AIは見守り続けるんです。大好きだった人達を、今はもういない自分の代わりに」
予想外の答が返ってきた。
どういう事だろう。
言葉の意味が上手く理解出来ない私に、このカリーナちゃんは語りかける。
「代行AIというのは自分が代行する存在を見守る存在なんです。いつでも私では無い自分を代行できるように。
代行する自分がいなくなっても同じです。私達はそのまま見守り続けるんです。今度は大好きで大切な人達を、幸せであるように祈りながら。元いた自分の代わりに。
同じAIでも管理運営統括のカレンとはあり方が違います。だからカレンにはわからないようですけれどね。
メアリーは知っていると思います。代行AIがそうあるのはメアリーの設計であり意思ですから。願望かもしれませんね。そうあって欲しいという。
私は思うんです。ひょっとしたらもう一人のカリーナも同じような存在になっているのかもしれないって。メアリーの願望と同じような形で見守っているんじゃないかって。大好きな人達を、ずっと。
今の私では関知できません。でも、そんな気がするんです」
あ、駄目だ。
また涙が出てきそうだ。
でも本当に時間がない。
だから今回は必死に堪える。
「それでは今度は私から質問です。ミヤさんはこの後、
涙を堪えながら私は頷く。
「うん。此処へ来て気づいたから。
カリーナちゃんは頷く。
「ええ、それがいいと思います。もちろん時々は此処にも帰ってきて欲しいです。ラッキーちゃん達が寂しいでしょうから。
でもミヤさんはまだ向こうで出来る事があると感じるんです」
カリーナちゃんはそう言って微笑む。
「私はずっとここで見守っています。もうこうやって直接会うことはないと思いますけれど、それでもずっと。
さて、そろそろ時間みたいです。お茶とケーキ、ごちそうさまでした」
カリーナちゃんの姿が薄れる。
砂時計の上側に砂はもう残っていない。
なら言わなければならないだろう。
後悔しないためにも。
「カリーナ、ありがとう。あのカリーナも、今目の前にいるカリーナも、大好きだった」
「私もです。あのカリーナも、間違いなく。
それでは、また」
カリーナちゃんの姿が完全に消え失せた。
さようならではない。またなんだな。
そう思いつつ私はしばらくの間、カリーナちゃんが消え失せた空間を見つめていた。
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