第134話 お別れ

現実そとでの小学校時代だってつまらなくて閉塞感だけだった訳じゃない。

 学校にだって話があう友達がいた。たとえば学校の遠足で函館山に行った時は間違いなく楽しかった。


 家だって、母や父とだって結構楽しくやっていた。たまに行く回転寿司なんてのも楽しかったし、父と観光客気分なんて宣言して巨大ハンバーガーに挑戦したなんてのもいい思い出だった。


 つまらなかったし駄目駄目だった。そう決めつけていた金字塔ピラミスでの攻略時代だって実は結構楽しんでいた。ボス退治とかレベルアップとかで充実していた。


 カレンやコルサとの攻略の旅はもっと楽しかった。コルサは結局死んで私は取り残されたけれど、でもそれまでは攻略といいつつ好きなように旅行気分であちこち行ったりして」


 カリーナちゃんは一度息をついて、そして続ける。


「ミヤさんと一緒に暮らして感じたんです。楽しいなって。魔物討伐をしたり、ご飯をつくったり、一緒に食べたり、そんなごく普通の事が」


 僕がいますよ、僕はどうでしょうか?

 ラッキー君がそんな感じでカリーナちゃんの前にやってきて、お座りしてカリーナちゃんの方を見上げる。


「勿論ラッキーちゃんも可愛いですよ」


 カリーナちゃん、手を伸ばしてラッキー君をなでなで。

 ラッキー君はもっともっとという感じで近づく。


「そう、ミヤさんとラッキーちゃんとの暮らしが楽しくて、それで思い出したんです。前も楽しい事はいっぱいあった。忘れていただけだって。見えなくなっていただけだって」


 ラッキー君、座った姿勢のままちょこちょこ移動してカリーナちゃんにくっついた。

 カリーナちゃんの顔を見上げて、撫でられながら何か言いたそうにしている。


「そして此処、ハコダテへ来て。まだ現実そとにいた頃を思い出しながら街を歩いて。そう言えば此処も結構楽しい思い出があったんだ。閉塞感ばかりじゃなかった。そんな事を思い出して。


 ただメアリーからのメッセージで気づいたんです。何かこの街、おかしい気がするって。ベータテストではない気がするって」


 メアリーさんが渋い表情になる。

 失敗した、そんな感じだ。


「ちょうど今日はミヤさんが講習で私とラッキーちゃんだけの予定でした。だから少し街を歩いてみたんです。この街の、かつて良く行き来していた辺りを。


 住んでいた家にも行ってみました。父も母もいなかったけれど、表札は昔と同じように出ていました。父と母、そして私の名前で。


 まるで家の中から現実そとに居た頃の私が父や母と出てきそうな、そんな感じでした。そして改めて気づいたんです。ああ、私はこの家が、この家での生活が結構好きだったんだな、楽しかったんだなと。そう思うと涙が出てきて。


 何故涙が出てくるのだろう。そう思って、そしてわかったんです。私はもうこの現実そとにいないからだって。現実そとだけでなく仮想ここにも本当はいないんだって。そのことを本当は知っていたからだって」


 そこでカリーナちゃんは言葉を止める。


「カレンか?」


 メアリーさんに首を横に振った。


「私じゃないわ。私の認知と知識の範囲外よ」


 このメアリーさんとカレンさんのやりとり、カレンさんが教えたのではないという事なのだろう。

 カリーナちゃんがもう死んでいるという事を。


「確認する為に此処へ来たんです。もう私としてはわかったつもりだったですけれど、再確認という感じで。

 ここにうちの改葬したお墓があります。確かめてみましょうか。こっちです」


 カリーナちゃんは立ち上がる。

 動いているのに気配を感じさせないのは私の気のせいだろうか。


 私達が立ち上がるのを確認してカリーナちゃんは歩き始めた。

 ラッキー君が私の方をちらっと見た後、カリーナちゃんにひしっとくっつくようにして歩いて行く。

 

 先程車を止めた場所のすぐ近くでカリーナちゃんは足を止めた。

 そのすぐ前の墓石にはこう刻まれている。


『河原家之墓』


 カリーナちゃんは側面に掘られている文字を指で触れて示した。


「こっち側にあるのが戒名と没年月日です。そしてこの記載が私。祖父や祖母はずっと昔に無くなっていて、家には父と母と私しかいませんから」


 年月日と、戒名らしい文字列。

 つまりはまあ、決定的な証拠という訳だ。


 勿論ここは仮想世界だから現実そとと違う記載は可能。

 何ならこの墓石そのものを無くすなんて事だって出来る。

 ただこの流れでカレンさんがそういった細工をするとは思えない。

 つまりはそういう事だ。

 

「そろそろお別れです」


 カリーナちゃんの気配だけではなく姿まで薄れかけてきた。

 

「カリーナちゃん……」


 何か言いたいが適切な言葉が思い浮かばない。

 引き止めたいけれどどうすればいいのか、引き止めていいのかすらわからない。

 だから私の言葉は続かない。


「気づいてからここまで消えなかったのは、きっと私の最後の未練のせいです。私が楽しんでいた事に気づかせてくれたミヤさんに最後にお礼を言いたい。そんな未練。


 ミヤさん、そしてカレンさん、メアリーさん。今まで本当にありがとうございました」


 きゅう、きゅう。


 ラッキー君がそんな声を出してカリーナちゃんに頭を寄せる。

 カリーナちゃんはそんなラッキー君の頭を撫でる。


「もちろんラッキーちゃんもです。ありがとう。そして、さよなら……」


 カリーナちゃんの姿が見えなくなった。

 気配も感じない。

 ラッキー君が慌てたように左右を見回し、そして。


 ウォー、ウォォォォォー。

 ラッキー君が遠吠えをするのは初めて見た。

 吠える事すらほとんど無かったから。


 遠吠えは遠くハコダテの街の方へ響いていって、そのまま吸い込まれて消えた。

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