第129話 車中にて

「カリーナちゃんの居場所はわかっているわ。乗って頂戴」


 どうしようか、乗っていいものか迷う。

 カレンさんがここで出てくるという事は、彼女が今の事態を引き起こした側にいるという事だろうから。


 ただそれでもカレンさんは信じていい気がする。

 否、信じたい。


 ついでに言うと目の前にいるこのカレンさんは多分本物だ。

 代行AIではなく、勿論他の人や他のAIが演じている訳でもなく。

 他の人や他のAIではない事はIDを見ればわかる。

 代行AIではないと判断したのは私の勘というか感覚だけれど。


 ただカリーナちゃんが今何処にいるか、私はわからない。

 キキョウ町付近というのは朝カリーナちゃんから聞いた予定で、実際にいるかどうかはまた別。

 更にキキョウ町自体も結構広い。

 なら……


「お願いします」


「ありがとう、信じてくれて」


 カレンさんはT型フォードに似たデザインのクラシックカーの助手席側の扉を開け、カレンさん自身は車道側に回って運転席に乗り込む。

 右ハンドルなんだなとこの場にはあまり関係が無いことを思いつつ助手席へ。

 シートベルトはついていない。

 きっとそういう物がない時代の車なのだろう。


「場所は何処ですか?」


 走り始めた車の中で私は尋ねる。


「カリーナちゃんがいるのは函館市陣川町よ。現実そとの住所で言うなら、だけどね。湯の川温泉から見れば北に6キロ、此処からみれば北東に9キロってところね」


 別Windowを開いて函館市の地図を呼び出し場所を確認。

 探そうとしていた桔梗町からは3キロちょい東だ。

 私一人ではカリーナちゃん達を探すことは出来なかっただろう。

 カレンさんの車に乗ったのは正解だ。


 ただそれでもわからない事が多すぎる。

 何がどうなってどういう状況なのか、全くわかっていない。


 今こそ聞いておくべき機会なのだろう。

 だから私はカレンさんに尋ねる。


「此処はベータテストではなく、私やカリーナちゃん用に作った世界なんですか?」


「そうよ。あちこちの資料や公開情報を使用すればこの程度はそう難しくないわ。空いている領域さえ確保出来れば簡単よ」


 あっさり認めた、もっと手間取るかと思ったのに。

 なら次の質問だ。


「何の為にそうしたのか、聞いてもいいですか?」


「小道具よ。カリーナちゃんに納得して貰う為の」


 言葉の意味はわかる。

 しかし何の為に納得して貰うのかがわからない。


「カリーナちゃんに納得して貰うとどうなるんですか?」


「その説明は実際に見て貰ってからの方がいいわ」


 この質問は蹴られてしまった。

 ただ今の返答で、これから起きる事そのものは隠さないつもりだろうとなんとなくわかる。


「カレンさんは運営側という立場だと思っていいですか?」


「あっているわ。ついでに白状するとこの件を計画したのも実行したのも私よ。私の独断専行で他の人やAIは関与していない。そこは逃げるつもりはないわ」


 言葉と口調に矜持と、あと何か感情の揺れみたいなものがある。

 あくまで私がそう感じたというだけだけれども。


 ただ今の言葉を裏読みするとカレンさん、それだけのことを独断で出来る立場にいるということになる。

 カレンさん、何者なんだろう。


 車窓は街中から住宅地へ、そして緑が多い地域になってきた。


「この調子だと現地到着は私達よりメアリーちゃんの方が早いかしら」


「メアリーさんも向かっているんですか?」


 そうだろうとは思っていたが一応聞いておく。


「ええ。メアリーちゃんはメアリーちゃんなりの思いがあると思うから。それにこの件、メアリーちゃんにトラウマを思い起こさせる可能性が高いしね」


「メアリーさんのトラウマですか」


 勿論私はそれが何かはわからない。

 知っているのはかつてカリーナちゃんに聞いた内容くらいだ。


「メアリーさんはどういう立場なんですか?」


「今のメアリーちゃんはあくまでユーザーよ。プレイヤーキャラクターを操る『パイアキアン・オンライン』の初期からのユーザー。ついでに言うと私の古い古い友人で、カリーナちゃんの友人」


 そこで一息ついて、そしてカレンさんはまた話を再開する。

 

「メアリーちゃん現実そとでは大学時代から情報科学の天才扱いされていてね。実際現実そとのそれなりの世界ではそこそこに有名人だったのよ。


 例えばパイアキアン・オンラインこのせかいをはじめとする現在多くのVRMMOで使われているOWという基幹システムやOZというAIシステム。これはメアリーちゃんが学生時代に構築した理論と基礎システムがベースよ。

 だから本気のメアリーちゃんならパイアキアン・オンラインこのせかいのどんな情報だって拾う事が出来ると思うわ。運営の想定以上のことだってね」


 となるとメアリーさん、何歳なんだろう。

 仮想世界ここでの見かけは20代前半~半ばくらい。

 しかし学生時代に仮想世界ここの基幹システムを開発したとなると、あと10歳位は上のような気が……


 カレンさんの話は続いている。


「でも仮想世界ここのメアリー・セレストちゃんがその人だと知っている人はほとんどいないわ。


 そして本人も現実そとに戻る気は無いみたいだしね。

『現実でも仮想でも可能なアプローチは全て試した。だからもう現実そとにいる必要はない』。そう言っていたから」


 何となくこの辺は想像がついていた。

 しかし少しだけ確認。


「カリーナちゃんからは『現実から消え去りたいという名前』だと聞いた気がします」


「実際の台詞はこうよ。

現実そとにも仮想ここにも未練がない。だから別世界があるなら行ってしまいたい。消失事件の乗組員のように』

 話した時に私もその場にいたから。まだカリーナやコルサとパーティを組んでいた頃の話だけれどね」


 そこで一息ついた後、カレンさんは続ける。


「メアリーちゃんにはそれ以前に聞いた事があるの。あの子がAIや仮想世界の研究をはじめたきっかけを。もう二度と会えない人に再会する為だって。


 もちろん実際に再会する事は出来ない。でもどうしてもその人に返事を聞きたい質問がある。その答を知る為に人を外部情報から完全トレース可能なAIとそれに必要な環境理論を構築したって。


 ただ実際に世界とその人を再構築しようとしても満足する出来にはならなかった。その人からと思える答を聞くことは出来なかった。

 だからもう現実そとにも仮想ここにも未練は無い。少しでも可能性がある世界があるならそこへ行ってしまいたいって」

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