第126話 気の迷い?
温泉はとにかく最高だった。
この宿には大浴場もあるようだ。
しかしこの部屋のだけで私はもう充分に満足。
お湯自体は透明で匂いも無い。
しかし普通のお湯よりしっとりしている気がする。
それに露天風呂でまったりしているというだけでも充分に良い。
のんびり浸かりながらメアリーさんのページにUPされた動画を確認する。
うん、これは……
「いつ見ても思うんだけれどメアリーさんの動画、ちょっと違うよね。わかりやすいしうるさくないし」
メアリーさんと出会ってから、ゲーム関係の動画があるWebページを時々見たりするようになった。
だが継続して視聴しているサイトはほとんど無い。
煩いBGMとかわざとらしく大げさな喋りとか目がつかれるような画面加工とか。
そういった派手さで中身の無さを誤魔化しているものが多いから。
もちろんそういった派手さ、お祭り騒ぎみたいなのを好む人もいるのだろう。
ただ私にとっては疲れるだけだ。
しかしメアリーさんの動画は趣が異なる。
静かだけれど見ていてわかるし面白いと感じるのだ。
今回の私の動画だって解説は最小限だし、BGMも静かな曲が小音量で入っているだけ。
それでも私が何をして、敵がどう動いているのかわかるし、なおかつ面白い。
「メアリーはきっととんでもなく頭がいいんだと思います。参考になるだけではなくちゃんと面白い動画になっているんです。
他の配信者のファンにはパイアキアン教育テレビなんて言っている人もいます。けれど動画の出来や質は図抜けていますし、視聴者数もダントツで多いです。ただだからこそ、微妙に他と違う感がするなんて事もあります」
なるほど。
確かに他の動画配信者とかなり違う気がする。
そういえばカリーナちゃんに聞こうと思って忘れていた事があった。
ちょうどいいので聞いておこう。
「そういえばメアリーさんとはいつ頃知り合ったの?」
「此処の時間で30年以上昔です。
なるほど、かなり古い知り合いという事か。
そして本来はカレンさん絡みと。
そんな雑談をしたり、そういえばと思い出して運営の資料を読んだり。
長湯し過ぎたらお湯から出て横になって休憩とかもする。
なにせ自分の部屋だからやりたい放題だ。
そんな感じでだらだら過ごすこと4時間ちょい。
コーン、コーン
まもなく夕食時間ということを知らせる鐘が鳴った。
風呂から出て浴衣を着用し、ついでに部屋も少々整理する。
ラッキーくんがいるので夕食は食堂ではなく部屋食を選択。
だから持ってきてくれるまでには服を着て、部屋も入れる状態にしておかないと。
着替えて5分程度で部屋の扉がノックされた。
「失礼します。夕食をお持ちしましたが、開けて宜しいでしょうか」
「お願いします」
仲居さんが2名でやってきて、テーブルをふいてマットを敷き、上に夕食の皿を並べ始める。
あっという間にテーブル上が皿だらけになった。
「以上になります。汁やご飯は足りなければそちらの
お食べになった後は
なかなか便利でいい。
仲居さん達が出ていったところで、夕食開始だ。
「お刺身は出てくると思ったけれど、他にも随分おかずがあるんだね」
焼き物、フライ、更にはステーキなんてものまである。
更にお吸い物はお代わりの鍋付き、ご飯もお代わりのお櫃付きだ。
「私もここまで種類が多いとは思いませんでした」
皿だけで20以上ある。
刺身盛り合わせの大皿やジュージューいっているステーキ皿を含めてだ。
ラッキーくんが早く食べよう、そして僕にくださいと目で訴えている。
「それじゃいただこうか」
「そうですね、いただきます」
「いただきます」
そんな感じで夕食開始。
まずは出てくると想定していたお刺身から。
もちろん味はとっても美味しい。
イカの刺身は噛み噛みしていると甘みを感じるし、ホッケの刺身なんて初めてだけれどタイより美味しいんじゃないだろうか。
最近はこの辺でも多く上がるようになったというブリはもちろん期待通りの美味しさ。
もちろんマグロなんてのがおいしくない訳はなく……
少し意外だったのは火を通した系。
ぶっといカニの足が生、しゃぶしゃぶ、焼きとあったが焼きが一番美味しい気がする。
ホタテも刺身は勿論美味しいが陶板の上でバター焼きにするとこれまた美味しい。
飲み会の定番ホッケもここで焼いたのを食べると別物だ。
邪道と言われるかもしれないが皮が美味しい。
あとホッケはフライも美味しい。
身が厚くてふわふわで脂ものっているアジフライ上位互換という表現出通じるだろうか……
更に牛ステーキっぽいのがついて、サラダの生野菜がどれも美味しくて、ついでに言うと茹でた白アスパラガスは普通のアスパラガスと別物で……
「何というか、味の暴力だよね。これも実際の函館を元にしているのかな」
「わからないです。住んでいるとこういうものは食べないですから。温泉もスーパー銭湯みたいな所へ何度か行った事があるだけです。
ただホッケはフライや焼き魚で結構食べた気がします」
それはわかる気がする。
「地元の名物や名所なんて往々にしてそんなものだよね。私も地元に何があるかわからないし、日常なら美味しくても高いものを毎日買うなんて事もしないし」
「全国の中核市の中で魅力度は1位、でも幸福度では最下位。人口減少率が高く老人と子供と外国人観光客しかいない。
小学校でも同級生は地元志向が強いマイルドヤンキー予備軍か、都会志向でも芸能や動画配信者キラキラ系しか見えてないただのヤンキー予備軍という感じでしたし。
どうせ高校を卒業したら出て行くからそれまでの我慢。そんな風に思っていたんです」
「魅力度1位で幸福度最下位って?」
そんな指標があって、そしてそんな極端な順位なのか。
「少し昔、平成の頃の何処かのランキングでそうなったらしいです。ネットで検索すると出てくると思います。
そういう意味では私、
何か言おうとして、そして思い直す。
私にここで何か言える資格があるのだろうかと。
でも、それでも何かいいたい気がする。
思考を言葉にして整理して、そして口に出す。
「離れてから見えるものってあるんだよね、きっと。私も今頃になって気づくから。追い詰められていると回りが見えなくて、悪いことしか見えなくて。
楽しい事も面白い事も、良かったと思える事も、親切だった人も好きだったと思える人もきっといたんだと思う。
ただここへ逃げる前の私にはそれが見えなくなっていた。見ようとしなかった。
私はカリーナと違って自分から積極的に逃げることを選んだ。だから何も言える資格はないかもしれない。それでも今頃になって思うんだ。もっとやりようがあったのかなって」
そこまで言って、そして更に気づいてしまう。
何故こんな美味しい料理を前にして、こんな暗い雰囲気になっているんだろうと。
原因もわかるし経過もわかる。
でも今はきっと、そういう状況ではない。
「というのはここまでにして、とりあえず今は料理を楽しもうよ。折角こんなに美味しいんだから」
「でも……そうですね」
カリーナちゃんが何かいいかけた気がする。
でもそれが何なのか、聞いていいのかわからない。
だからそのままにして、ホッケのフライを口へ運ぶ。
うん、やっぱり美味しい。
こっちが美味しい物を食べている事に気づいているのだろう。
先程からラッキー君の圧が凄い。
ペットのわんこの場合、テーブルの上の物をやるのは厳禁だ、本当は。
結果として『テーブルの上のものだって貰える事がある』と学習してしまうから。
それに人間には美味しい食べ物でもわんこには毒なんてものも多い。
ブドウとかチョコレートとか、エビ、イカ、カニとか。
しかしラッキー君は魔犬で、人間が食べられるものは何でもOK。
それにこのフライ、わんこだってきっと美味しいと思うだろう。
それをわかちあいたい気だってする。
ラッキー君、私の気の迷いに気づいたのだろう。
更に強く圧をかけてくる。
いつもは私には見向きもせずカリーナちゃんに圧をかけているのに。
◇◇◇
結局ステーキの一部とホッケフライの半分程はラッキー君の犠牲となった。
なおラッキー君はその後カリーナちゃんにもちょうだい攻撃を実施。
やはりステーキと、あとは刺身を数枚せしめた。
ただラッキー君にそうやっておかずの一部を奪われても、充分以上の量と質の料理が出ている。
この充分以上の量と質というのが曲者なのだ。
量が多くても美味しいから、つい食べてしまうと言う意味で。
結果満腹中枢が壊れたままで詰め込み、胃袋の物理的限界も超越寸前までしっかり食べてしまった。
そうなるともう動けないし眠くなる。
そうでなくとも朝からあちこち歩いたからそれなりに疲れている。
最後の気力で空になった食器等を岡持みたいな箱へと片付け、廊下においた後。
私もカリーナちゃんもふかふかのベッドでそのまま爆睡してしまった。
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