第88話 遭難船の名前⑴
階段を3割程度下りたところだった。
「本館から冒険者が出てきました」
カリーナちゃんの言う通り、旧要塞本館のこちら側の出口から冒険者が出てきたのが見えた。
私達を探している面倒臭い連中じゃないよな。
この前見た掲示板の内容が頭をよぎる。
「どうする?」
「上へ戻ると万が一の更新バグに巻き込まれる可能性があります。下へ進むしかありません」
不安なまま階段を降りる。
後続はいない。
どうやらパーティではなく1人で攻略しているようだ。
ただ従魔が2匹、魔犬っぽいのと鳥っぽいのを連れている。
しかし特徴的なのは従魔ではない。
着用している白い長衣だ。
どう見えても白衣にしか見えないのは気のせいだろうか。
「大丈夫です。あの人なら少し面倒かもしれませんが問題はありません」
カリーナちゃんの言葉で少しだけ安心。
でもそう言うという事は。
「知り合い?」
カリーナちゃんは頷いた。
「最前線で何度か出会った事があります。考察・検証メインで攻略をしているメアリーさんです。色々聞かれるかもしれませんが、悪い人ではないですし話は通じます。ある意味ちょうどいいかもしれません」
何がちょうどいいのだろう。
考察・検証メインというとむしろ不安しかないのだけれど。
あともう一つ気になる事がある。
接近する前に聞いておこう。
「あとあの人が着ているの、白衣?」
「白衣に似せて作った戦闘服です。ああ見えてもプレートアーマー並の防御力があります」
研究員のコスプレという事か。
カリーナちゃんが階段を下りていくので、私も立ち止まらずについていく。
本当に大丈夫だろうか、そう思いながら。
階段を降りたところでちょうど出会う形になった。
「基本的に初めましてでひとりだけお久しぶり。メリティイースの魔女はやめたのかい、カリーナ」
背の高い、保護眼鏡をかけて黒髪を後ろでひっつめた、20代前半くらいに見える女性が声をかけてきた。
言葉からするとカリーナの事をそこそこ知っているようだ。
なおラッキー君はお座りして待機。
向こうのラッキー君より大柄な茶色いわんこも同じようにお座りしていて、カラスに似た鳥は女性が背負ったザックから上に伸びた棒に留まっている状態。
「久しぶりです。薬草卸は休業中にしています。メアリーさんも元気そうで」
「元気かどうかは微妙かな。いつもの事だけれど」
カリーナちゃんがメアリーと呼んだ女性は私の方へと向き直る。
「さて、そちらの方ははじめまして。探検家にして
あとこっちのわんこはサラ、こっちのカラスはソフィア」
「はじめまして。ミヤ・アカワと申します。こちらのわんこはラッキーです」
メアリー・セレストか。
遭難事故を起こしそうな名前だけれどわざとだろうか。
「ところでメアリー、今日は何故旧要塞へ来たんですか?」
「こいつらの散歩と肩慣らし。久々にこっちに来ることが出来たから。午前中は野暮用で遊べなかったし明日から2泊3日でコリション干潟クエストの予定。だから今日は此処で軽く肩慣らしと技練習をしようと思って」
久々にという事は
ただコリション干潟クエストと聞いた私は緊張する。
「上から来たという事は海の塔、攻略済みかい? もしそうなら敵もほとんど出ないだろうから、少し時間をおいてまた来るけれど」
「第一階層の敵の種類が今までと変わっていました。ですから引き返したところです。
今回出くわした敵は出たのはスケルトンナイト、スケルトンカサドール、あとは未確認ですがゲンエイグアナです」
「おっと、それは初耳だ。新要塞だけじゃなくこっちも変わっていた訳か。でも更新されていたからといってカリーナなら力押しで進めるだろ?」
確かにカリーナちゃんなら進めるだろうなと私も思う。
そしてこのメアリーさん、カリーナちゃんの実力を知っているという事が今の言葉でわかる。
「先程旧本館で戦った時は敵は以前と同じでした。ですので現在ちょうど更新中という可能性があります。バグで事故が起こるのが怖いので、更新が安定するまで様子を見ようと思いました」
「なるほど了解だ」
メアリーさんは頷いた。
「SNSで予告があった難易度調整か。新要塞はもう全部変わっているらしいけれど、
ならちょうどいい機会だろう。バグが起きないか、起きて面白い事が起きないか確かめるのに」
えっ!?
「危険だしやめた方がいいと言っておきます」
「まあそうだけれどさ。でも普段と違う事が起きる可能性があるなんて機会、見逃す訳にはいかないだろ。
それに多少難易度が高い敵が出てきてくれた方がいい。これで新たに知った槍技を覚えるには、スケルトンソルジャーでは弱すぎてさ」
メアリーさんはそう言って何かを取り出した。
本だ、それも『槍術奥義皆伝』。
「掲示板で騒がれている本ですね。オブクラリスの短時間討伐に使ったという情報があった」
カリーナちゃん、その情報を書いたのは自分だとは言わない方針のようだ。
メアリーさんは頷く。
「そゆこと。まさか
英語で満点賞を取ったのか。
確かに中学英語はそれほど難しくないけれど、それでも満点を狙うのは難しい気がする。
「つまりはあの掲示板情報の確認中って訳だ。まだ本を手に入れて読むところまでしか試せてないけれどさ。
それでも確かに本に跳上という特殊技が載っていた。だから後は此処の敵相手に練習して技を覚え、そしてコリション干潟クエストを受けるだけだ。
まあ単独討伐では15分切りは多分無理。それでも副賞の主神武器が貰えるか確かめる位は出来るだろ」
「本に跳上が載っていたというのはもう情報として載せているんですか」
カリーナちゃんの言葉にメアリーさんは頷く。
「おうよ。試験を受けて本を手に入れて、中に跳上があるところまではサイトに記載済み。今日跳上を覚えたらそこまでの動画記録を編集してUPしようと思ってる。そうすれば少しはPV稼げるだろ」
※ メアリー・セレスト
乗員消失事件で有名な船。1872年、無人でポルトガル沖を漂流していたところを発見された。
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