第48話 世界の広さ

「そして現実そとに出られない私達も、仮想世界の中に限れば普通の人より有利な面があるんです。

 もうミヤさんはわかりますよね。仮想世界ここにいられる時間の長さと、使用している筐体の性能です」


 私は頷く。

 そこまでは理解出来ていると思うから。

 しかしこの話はどういう所に着地するのだろう。

 まだ見えないままだ。


「ただの仮想世界ここではなくVRMMOゲームなら、この2つの長所はより大きく働きます。ここパイアキアン・オンラインの中ではプレイ時間とそれによるレベル上昇、そして初期能力決定時の有利さによる圧倒的な肉体能力獲得という形で」


 それはわかる。

 だから私は頷く。


「そして私達にはとって死は普通の人より近い存在です。現実そとに出られないまま何も残す事が無いまま死ぬ。それに対する恐怖感は常に心の何処かにあります。


 でも何かを残すなんて事はそう簡単には出来ません。

 もちろん仮想この世界での時間を勉強だの研究だのに費やせばそれなりの業績を残せる人も中にはいるでしょう。でも大部分はつまらないから、どうせ死ぬからという理由で仮想小学校すらサボっている人が多いのが現実です。


 ただそんな駄目な私達でも名前を残せて、なおかつある程度の達成感をおぼえることが可能な場所があります。

 ゲーム中での攻略業績です。パイアキアンオンラインの場合は中ボス以上の敵を倒した石碑モニュメントに名前が残ります」


 そう言えばと私は思い出す。

 旧要塞でそんな事を聞いたなと。


『中ボス以上は倒した際、名前が残るんです。

『ムーサー暦何年何月何日、○○パーティの剣士誰それと魔導士誰それ、治療術士誰それによって○時間○分の戦闘の末に倒された』

 そんな感じで石碑モニュメントに刻まれて、その気になればゲーム内の別の場所からも記録として見る事が出来る。


 それが重要だ、そういう人もいるんです。私も一時はそう思っていました』


 あれはそういう意味だった訳なのか。

 今頃になってやっと理解した。


「そうやって他に何もせず、ただゲームの攻略に勤しむ。レベルが高くなるとレベルが低いプレイヤーを見下すようになる。レベルの高さと攻略実績だけが価値だというような感覚になる。


 更には自分達は現実そとに出られないのだから、その分仮想こちらで何をしていいと思ってしまう。福祉だの何だの理屈をつけて。


 それがさっきの2人であり、かつての私です」


 なるほど、そう話が繋がる訳か。

 概ね状況はわかったし、私としては充分話を聞いたと思っている。

 でもこのまま終わらせたらカリーナちゃんが不十分だと感じるかもしれない。

 だからあえて質問をしてみる。


「さっきの2人は攻略時代の知り合い?」


「ええ。

 パーティは違います。しかし最先端の攻略場所は大体決まっています。だから攻略専門パーティなら大体行く場所は同じです。結果、よく顔をあわせる訳です」


 ふと2人の言動を思い出す。


「はぐれ殻人シェルパ』ってどういう意味?」


「現在の攻略最前線はクレーテー島の古代遺跡あたりなんです。攻略に当たるべき殻人シェルパはそこにいるのが普通。そう考えているあの人達にとってそれ以外の場所にいる殻人シェルパははぐれなんです」


 でもそれは少しおかしい気がする。


「ならなんであの2人は攻略最前線ではなく此処にいたの?」


「無茶な攻略をやって死んだんだと思います。このゲームに生き返りはありません。ですからまた新たな分身アバターを作って入ってきたんでしょう」


 なるほど。

 これでひととおり話は繋がった。


 ただ気になる事は残っている。

 何故カリーナちゃんが私にこの話をしたのかだ。

 そこがまだ語られていない。


「私もかつて似たような考えでした。私の場合は此処で一応大学4年まで終わらせています。それでも年齢的に就職は無理ですし、かといって続けたい研究なんてのもない。


 だから結局此処でイベント最前線の攻略なんて事をしていたんです。金字塔ピラミスというのはその頃所属していたパーティの名前で、メンバー6人全員が殻人シェルパでした」


 ここでカリーナちゃん自身の話になるようだ。

 となると次に繋げるにはこういう質問になるのだろうか。


「そのパーティをやめたのは何で?」


「パーティのリーダーを自認していた人に問題があって。もうついていけないと感じたからです。

 パーティを抜けた時は大分揉めました。その時のリーダーの言い分が何と言うか論理が無茶苦茶で、ああこんな馬鹿と同類だったんだと思うと一気に熱が冷めましたね。


 それでしばらくは攻略をやめてふらふらしていたんです。それでも此処で攻略以外していなかったので何をすればいいかわからない。


 だから結局もう一度攻略でもしよう。そう思って冒険者ギルドの掲示板に貼ってあるパーティメンバー募集を見に行ったんです。

 その中で一番金字塔ピラミスと遠い感じのパーティ、それがカレンとコルサのパーティでした」


 カリーナちゃんはそこで一呼吸おいて、そして続ける。


「私と一緒にいるとああいうのと絡まれる事が多くなるかもしれないです。殻人シェルパで同世代はそれほど人数が多くない。特に一度攻略をしていたりすればIDはばれていますから。


 それがいやでせめて顔が隠れるフードをかぶっているんです。ただそれでも動きのクロックで没入型筐体を使っている事は気付かれる。そうしたらIDを確認して私だとわかってしまう。


 ひょっとしたらこれからもこういう事があるかもしれません。ミヤさんにご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ないです」


 その『申しわけない』が此処までの理由だったのだろうか。

 なら私が言うべき事は簡単だ。

 

「あの2人の件は気にしなくていいよ。最悪何かあったとしても今日と同じように運営を呼べばそれまでだから。

 此処は現実そとと違って運営がすぐ処理してくれるし。だから問題無い」


現実そとと違って、ですか?」


 カリーナちゃん、その辺ぴんとこなかったようだ。

 なら解説しておこう。


現実そとだとそこまで早く警察が来てくれるなんて事は無いからね。警察が110番通報から実施に現場に到着するまで、全国平均で8分強か9分弱だったと思うし。


 それに来ても此処みたいにすぱっと解決なんて事は望めない。此処みたいに言動が全て記録に残っていて証拠になるなんて事はないから。

 それに本当に頭のおかしい人の場合、人権だの何だのでうやむやになる事が多いし」


仮想こっちの世界の方がいい事もあるんですね」


 カリーナちゃん、少し予想外の反応だ。

 私は『あの2人の事なんて大した事はない』つもりで言った台詞だった。

 でもカリーナちゃんには『現実そとより仮想こっちの方がいい事もある』という方が印象的だったようだ。

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