第46話 事実の宣告

 そうか、私は気付いた。

 今のカリーナちゃんの言葉は先程の2人の説明なのだと。


 そして思う。

 市場に行く途中にカリーナちゃんが口にした何も聞かないんですねという言葉。

 今の説明はきっとそこから続いていたのだろうと。


 話の内容が危険な方向へ向かっているような気がする。

 少しでも受け答えを間違ったらカリーナちゃんを傷つけてしまいそう。

 それが怖くて下手な事を言えない。


 だから私はカリーナちゃんの言葉に返答出来ない。

 二十歩ほど無言の間が続く。

 と、不意にカリーナちゃんが微笑んだ。


「やっぱりミヤさんって優しい人なんだなと思います。私を傷つけないように凄く慎重に言葉を選んでくれていますし。

 でも心配しなくて大丈夫です。私にとってはこれが日常で当たり前なんですから」


 いや、カリーナちゃんは好意的にとってくれているけれど多分違う。

 

「私は優しいんじゃなくて逃げているだけだよ。臆病で打たれ弱いから」


 そう、逃げているだけだ。

 此処の世界ゲームは現実にいられなくなった私の逃げ場。

 今だって本当はカリーナちゃんが傷つく事が怖いんじゃない。

 カリーナちゃんが傷つく事によって自分が傷つく事から逃げているのだ、きっと。


「いえ、それがミヤさんの優しさなんです。何も言わない、聞かないまま受け入れてくれている事が。

 だからミヤさんには説明しておきたいんです。さっきの2人が言っていたのがどういう事なのか、私の立ち位置はどんな感じなのか」


 そうなのだろうか。

 私自身はそうは思えないけれど。

 ただカリーナちゃんが伝えたい事があるというのなら、きっと聞くのが正解なのだろう。

 だから私はこう返答する。

  

「わかった。ただ言いたくない事は言わなくていいから。あと内容的に歩きながら話して大丈夫?」


 カリーナちゃん、8歩程考えた後、言葉を返してくる。


「確かにお家で落ち着いて話した方がいいですね。作り置きで簡単に夕食を食べながらにしましょう。アイテムボックス内に入れておく分には食材は傷みませんから」


 ラッキー君が反応した。

 きっと『食べる』という言葉を都合がいい意味として聞いたのだろう。


 おやつを食べるんですか? くれるんですか?

 そう期待の目でラッキー君がカリーナちゃんの方を見る。

 なんだかなと思うけれど、それはそれでラッキー君らしい。


「わかった。あとラッキー、食意地はりすぎ」


「ラッキーちゃんは私達が夕食を食べ終わってからですね。すぐ食べてしまいますから」


 今の言葉はわからない、聞こえないという感じでラッキー君はカリーナちゃんにすり寄る。

 私よりカリーナちゃんの方がラッキー君に甘い。

 だからこういった時にすり寄るのは必ずカリーナちゃんの方。


「今は街中だから駄目ですよ。帰ってからです」


 なら帰ってからならくれるの?

 ラッキー君、そんな感じで尻尾をふりふりしてカリーナちゃんの顔を見上げる。


 まったくあざとい奴だ。

 でもまあ、ラッキーがいるから空気が重くならずに済む。

 そういう意味では癒やし的存在なのかもしれない。

 実態は癒やしというよりイヤシいという感じだけれども。


 ◇◇◇


 家に帰って、ラッキー君に水とおやつをやって。


「夕食、ギリシャ風シチューがメインでいいですか?」


「ありがとう。御願い」


 そんなやりとりの後、赤いビーフシチュー、白いチーズの塊がのったサラダ、黄色いもっちりしたパンというメニューがテーブルに並ぶ。


「カリーナの作る料理って毎回美味しいよね。こういうのってどうやって覚えるの?」


「私の場合は本やネットです。

 食堂や出来合い料理デリの料理で美味しいと思ったものの名前を覚えておいて、本やネット検索で調べています。


 そういった場所で出る料理はギリシャ料理が多いですし、此処で入手しやすい食材もギリシャに寄せています。だからどうしてもギリシャ風の料理が中心になります」


 なるほど、それで異国風な料理がメインになる訳か。


「それじゃいただきます」


「いただきます」


 まずはメインのシチューから。

 このシチューの特徴はとにかくタマネギが大量に入っている事だ。

 これが甘くとろとろで大変に美味しい。


「それじゃさっきの話の続きです。ミヤさんはJAMODSジャモッズという病気をご存じですか」


 知っている。

 あまり一般的ではないけれど以前たまたまネットで読んで知った。

 そしてその単語が出た事で今のカリーナちゃんがどんな状態かわかってしまう。


「若年性アレルギー型多臓器障害症候群の事だよね。比較的新しい病気らしいけれど増えているってニュースで読んだ気がする」


 私は最小限の返答しか出来ない。

 示す意味が絶望的すぎるから。

 カリーナちゃんは頷く。


「ええ、その通りです。私はJAMODSジャモッズの患者です。

 最近増えているとは言えまだ国内の患者が300人程度と一般的ではない病気です。けれどミヤさんはどんな病気かご存じだったようですね」


 私は言葉ではなく、頷く動作で肯定する。

 言葉に出すと余分な事を言ってしまいそうだから。


 JAMODSジャモッズは外的環境に対して過剰な炎症反応が発生する事によって、全身に機能障害を引き起こす病気だ。

 発症は概ね10歳前後。

 4~5年前くらいに病名が出来た新しい病気で、原因は今のところ解明されていない。

 


 現在のところ治療方法はひとつだけ。

 外気から完全に隔離された没入槽型治療装置に患者を入れ、マイクロマシンで損傷した部位を修復する。

 

 障害が残らなかった場合には病状は安定する。

 ただしそれは治療装置の中に入って外的環境から遮断している事が条件だ。

 外気に触れるとほとんどの場合急速に再発する。


 故に発症した場合、一生を没入槽型治療装置の内部で過ごすしかない。

 更に言うと治療が完全に間に合わず、障害が残る場合が多い。

 なので治療後余命は数日~50年以上と幅が大きい。


 つまりカリーナちゃんは一生、装置の外に出ることは出来ない訳だ。

 たとえ障害が残っていないとしても。

 そして実際には障害が残らないほど搬送が速やかに出来た例はあまり多くない。


「あまり重く考えないで下さい。装置に入っている限りは状態は比較的安定していますし、今は接続して仮想現実バーチャル世界やネットを検索したりなんて事も出来ますから」


 確かにそうだ。それでも……


※ これは架空の病気です。もっともらしく書いてありますが、現代の地球には存在しません。

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