第44話 現実よりもありがたい点

 しぇるぱ?

 状況的に山で荷物を運ぶ人の事ではないだろう。


 声はすぐ近くで聞こえた。

 私かカリーナちゃんに対して投げたとしか思えない距離で。


 私は振り返る。

 何と言うか、典型的な冒険者という感じの男2人組だった。

 この場合の冒険者とは、現実だったらそうだろうなというムキムキなむさいおっさんではない。

 ゲーム的な冒険者だ。


 金髪と茶髪の、いかにも架空ですという感じの細マッチョ美青年。

 正直人間的な深みは無さそうな感じがする。

 エルフのデフォルトを使っている私が言えた義理はないけれど。


「なんだ、そっちは元金字塔ピラミスのカリーナじゃん。お前、消えたんじゃなかったかよ」


 カリーナちゃんの知り合いだろうか。

 カリーナちゃんの表情を確認したいけれどフードに隠れて見えない。

 あまりお友達になりたくないタイプに見えるけれど。


「知り合い?」


「人違いです」


 小さい声だけれどはっきり聞こえた。

 ならはっきり言っておこう。


「人違いです。こちらは静かに商品を見たいので失礼します」


 うなり声こそ出さないが敵対姿勢で構えているラッキーちゃんを手で制しつつ、きっぱりと意思伝達。


「おうおう、つれないジャンかよカリーナ。俺だよ、カリュプソーのリギアだよ。番号でわかるだろ。

 それにそっちのお前も殻人シェルパだろ? 反応タイムでわかるぞ。知らない番号だけれど」


 番号というのはプレイヤーIDの事だろう。

 なりすましを防ぐ為、分身アバターが変わろうとも同じプレイヤーなら同じIDを表示するようになっている。

 設定すれば分身アバター表示に重なるようにID表示が見えるように出来るのだ。

 私はそうしていないけれど。

 

 しかし殻人シェルパという言葉が何を意味しているのかはわからない。

 ただ知らないという事をわざわざ教える必要はないだろう。

 何なら後で検索するかカリーナちゃんに聞くかすればいいだけ。


 カリーナちゃんが嫌そうな感じだし、こういったタイプは個人的に嫌いだ。

 だから馬鹿でもわかるように、はっきりこう告げる。


「こちらは貴方方に興味も用件もありません。ですから近づかないでください」


「何だよ、同じ殻人シェルパじゃんかよ。石碑モニュメントに名を残すためにも助け合うのが当然だろ常考」


「それともお遊びでこの世界ゲームを出歩いている健常者様かよ。だったら現実おそとがあるんだからこの世界ゲームではこっちに譲るのが福祉ってやつだろ」


 2人とも日本語は通じるが言葉が通じない輩のようだ。

 勿論彼らにも同情すべき点はきっとあるのだろう。

 だからと言ってこの状況をそのままにしたくはない。

 だからここは現実より便利なこの世界ゲームならではの方法を使わせて貰おう。


「近づかないでください。これで2回通告しました。それでもつきまとい声をかける場合、32条違反として運営報告して措置します」


 ここはゲームの中。

 運営が絶対的な警察権を持っている。

 この場合の絶対的とは呼べばすぐに対処してくれるという意味も含まれているのだ。


 私は現実で酷い目にあっている。

 だからこの世界ゲームでもこういった事案が起こった際にどうすべきか下調べ済み。


 ついでに言うとなあなあで終わらせると後で甘くみられる事も現実で学習済みだ。

 だから容赦も遠慮もする気はない。


「何だよ。どうせ俺達ゃ此処でしか生きられねえし、ここなら何をやっても問題ねえだろ。ちょい付き合えよ……」


 駄目だな、これは。

 やはり言葉が通じなかったようだ。

 仕方ない。


「32条違反、通報します」


 はっきりそう宣言する。

 視界にすっと光が走った。


 次の瞬間、私達と男らの間に白い人影が出現。

 全身甲冑姿で、背中に白い羽根をはやしている。

 武装天使だな、これは。


「通報を受理しました。記録ログ確認の結果、規則32条で禁止されたつきまといと認めます。現状からの隔離措置を実施します」


 現実と違って事実関係の確認も判断も非常に早い。


「おい、何だよいきなり……」


 男2人の姿がすっと消えた。

 何処かへ転送されたようだ。

 全身白甲冑の武装天使はこちらに向き直り、頭部の甲冑を外さないまま敬礼する。


「ご迷惑をおかけしました。先程の2名については32条違反と認め、説諭室へ隔離しました。

 彼らはこの後2時間の説諭及び罰金支払措置となります。またムーサ暦で60日間監視措置とし、貴方方へ5m以内の接近及び声かけを禁止します。

 以上で宜しいでしょうか」


 何と言うか流石非現実バーチャル世界だ。

 現実もこれくらい対処が早くて確実なら、私もこうなっていなかったのに。

 そう思いつつ私は返答する。


「ありがとう。助かりました」


「いえ、それでは私はこれで失礼します」


 武装天使はすっと姿を消した。

 残ったのは先程と変わらない店内。


 いや、変わらないというのとは少し違うようだ。

 棚2ブロック分離れ遠巻きに見ていたっぽい人が3人程いる。

 それなりに店内の注目を集めてしまった模様だ。


「とりあえず移動しようか、次の場所に」


 店員さんや客の半数以上はNPCらしく何事もなかったかのような態度。

 でも微妙に居心地が悪く感じる。

 私の自意識過剰かもしれないけれど、きっとカリーナちゃんもそうだろう。


「そうですね。特に今すぐ必要なものはありませんから」


「それじゃ行こう」


 店を出て、市場の方へ。

 少し歩いたところで、カリーナちゃんがふうっと息をついた。


「助かりました。ありがとうございます」


「ううん、運営に連絡しただけだし。それよりどうする? 今日はこのまま家に帰る?」


 今ので精神的に疲れていたら休んだ方がいいだろう。

 でもカリーナちゃんは首を横に振る。


「いいえ、大丈夫です」


「無理はしないでね。一応ある程度のものは買い置きがあると思うし」

 

 そう言って、そして気付く。


「その辺は私よりカリーナの方がわかってるよね、よく考えたら。食材を管理して御飯を作ってくれているのはカリーナだし」

 

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