第6話
再びお互いの身体を引き寄せ抱き合う二人。
刈谷さんは未だに肩を小さく震わす新實さんを気遣う様に彼女の髪を丁寧に手櫛で梳いていた。
ここにこのまま居るのは野暮だろう。
視線をそっと彼女達から外し窓へと向けると視界には赤い夕焼け空が広がっていた。
俺は二人に気付かれないようゆったりとした動作でソファに預けていた身体を少し起こす。そしてテーブルの下へと置いた鞄を屈んで手探る。
ーーーーーー無い。
探る範囲を広げテーブルの脚から脚へ手を大きく左右に動かすが空を切るだけで何も無い。何故だ。確かにそこに置いたはずなのだが無くなっている。
だが今は退席が最優先の為鞄は一旦諦め思考を切り替える。
窓から反対側へと顔の向きを変え、彼女達の妨げにならない最短ルートを模索し視線はドアを捉えた。だがそこで違和感を持つ。
あれ、、、?ーーー何かがおかしい。
一度視線を剥がし目頭を指で揉み込んでから再度見る。
ドアには入室時には存在したはずのノブが跡形も無く消えていた。
ーいやいやいやいや。へッ??あったよねノブ?!
刈谷さんがノブの中央の鍵抜いたの見たもん。ちゃんとあったもん。
でも無い、マジで無い!!
目を白黒させつい二度見三度見してしまう。
するとうっ、うっ、うっ、と鼻を抜ける息遣いが耳に届く。
失礼が無い程度にそちらへ視線を送ると先程より強く肩を震わせ刈谷さんの胸で声を押し殺している新實さんをとらえる。
彼女はもはや限界だったのだろう。
顔を上げ目に溜めた涙を一気に溢しーーー
「くくっ、ふふふ、あっはははははーー!!!!!!!」
大声を出し笑い出したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふふっ、笑ってしまってごめんなさいね。
でも、ムリ、あれはムリよ!
貴方、面白すぎよ!!んふっ、くっ、あっはははっ!」
目尻に溜まった涙を指の背で拭いながら新實さんは尚も笑い続けている。
その隣では刈谷さんが見覚えのある通学鞄を抱え
ソファの肘掛けに頬杖をつきだらしなく脚を組んで窓の方に身体を向ける。
つい頬がぷくっと膨れてしまうのは仕方が無い事だ。態度が悪いのも多めに見て欲しい。
生徒会室は先程までのしっとりとした空気感を180度変え、今は笑い声が響く晴々しい空間となっていた。
ーーーただ1人を除いては。
「本当にごめんってば。お願いだから拗ねないでよ。もう笑わないから。ねっ?」
新實さんは白魚のような美しい両の手を顔の前で合わせ上目遣いで小首を傾げる。
明らかにあざとい仕草だが普段から凛とした姿の彼女がやると破壊力が半端なく誰もが願いを聞いてしまうだろう。
だが俺は騙されない。
新實さんの隣から抑揚の無い声で短い言葉が囁かれる。
「横揺れカマキリ。」
「ぷっ!!!、くくくっ、ちょ、やめて早苗、ふふふっ、んんっ」
「二度見、チベットスナギツネ」
「ブハッ!ハハハハハハハハッ!!!ヒーッ、ヒーッ!!!お腹いたーい!!!」
「いい人材みつけた。ふふふふふふっ。」
両頬は更に膨らみ眉間にも皺がよる。
俺には怒る権利があるはずだ。
なんせ俺をネタに笑っているからな、この二人っ!
まず結論だけを言うと鞄の件もノブの件も全ては刈谷さんの仕業だったのだ。
刈谷さんは新實さんの泣きスイッチが入った事で俺が気を遣って出ていく事を予見し、こっそり鞄を傍へと隠したそうだ。
『まだ話をしたかったから』と言われてしまえば怒るに怒れない。
で肝心のドアノブの話だが
「ふふっ、ふーー。えーと、そうそう。生徒会室も他の教室と同じ引き戸なのよね。と言うかそもそも貴方自身引き戸を開けて入ってきたじゃない。覚えてない?
ではなぜ開戸だと思ったのか。それは早苗がドアノブの鍵を大きな音を立てて施錠したからよね。だからそれが強く印象に残り、このドアは開戸だと認識してしまったの。」
刈谷さんの手元を見る。確かにドアノブだがやけに軽そうに投げているので精巧なオモチャなのだろう。
施錠音を鳴らして認識させた後俺が視線を外した時にそのまま隠したと言う訳か。
しかし何故そんな事をしたのだろうかと新實さんを見ると罰が悪そうな顔をしている。
「貴方だからやったとかでは無くて、誰彼構わずイタズラしてしまうのよ。早苗って結構イタズラ好きで仕掛けた人物の反応を見るのが好きみたいで。ネタバラシもしないでそのままにするから、本当困ったものよ。」
「遥希の反応極上だった。」
「こらっ、早苗!」
「もう。。」と掌を頬に当て深い溜息を吐き呆れ顔をして刈谷さんを見ているが『まったく仕様が無い子ね。』と暖かい愛情の籠った目をしている事から今後もイタズラを止める気は無いのが伺える。
つまり新實さんも刈谷さんを許容している時点で共犯だ!!
と、まぁこれが真相な訳だが、それで何故爆笑が生まれたかと言うと先程の『横揺れカマキリ』『二度見、チベットスナギツネ』などのネタとなる行動を俺がしていた事に起因する。
知らん顔しながら鞄を手探る様やノブがない事に焦りながらも冷静を装おうとする様を二人は盗み見ていたそうでそれを刈谷さんが耳元で簡潔に且つ的確な表現で実況したことで新實さんが耐えられなくなった。
肩の震えは途中から笑いを我慢する震えへと変化していたということだ。
「ふふふっ」
「くくっ。」
またその時の事を思い出したのか隣り合わせに互いを見つめながら笑いが漏れる。
解せない、本当に解せないが彼女達を笑顔にさせる事が出来たなら恥辱も我慢出来そうな気がする。
俺も彼女達を見て自然と頬の空気が抜け口端が上がる。
「大丈夫、これからは遥希だけにイタズラする。」
「やっぱ許せねーーー!!!!」
生徒会室に俺の叫びがこだました。
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