第72話 進路指導室で開かれた捜査会議の内容は(4)

「まあ、冷蔵庫の話はまたその内しましょう。で、シナさん続きは?

「はい。大まかな二人の行動はこういう物でした」

 昨夜の二十一時十分頃にフル先から校長へパパ活証拠物件と百万円の【交換】についてのメッセージがあった。そして、フル先は校長に対して二十二時までに学校近くの有料駐車場に車を停めて待機するように指示を出したという。

 お金は街の銀行ATMでおろされており、その後校長は二十二時前に庁舎場へは車を停めたことが確認されているとのことだ。

 でも、駐車場なら学校の駐車場がある。なぜフル先は有料駐車場を使わせたのか。しかも、彼の車は学校の駐車場に残っていた。

 一方フル先はというと二十二時十五分頃にマンションを出たらしい。らしいというのはマンションの監視カメラに彼の後ろ姿が映っていた為だ。

 その後フル先は職員用通用口から校内に入ったと想われる。学校の時間外の出入りはカードキーを使う事になっており、フル先のカードは二十二時三十五分頃に使用されているという事だ。

「降矢先生のだけって事ですか。なら校長先生は中に入れないですよね?」

「いや、降矢氏と連なって入る事は可能でしょう。寧ろ、島谷氏が降矢氏を殺害する目的であれば自分のカードキーを使うのはまずいでしょう」

「そっか。飽くまで降矢先生が学校で首を吊った事に見せかけるならその方がいいかもですね」

「更に二十二時四十五分頃にもう一度降矢氏のカードキーが作動してます」

「つまり一度外に出て再度侵入したってことですか?」

「はい。これも島谷氏が降矢氏のカードを使って入った可能性があります」

 なるほど、睡眠薬を飲ませたのが本当だとしたら、その二度目は校長が出入りした時間で実際のフル先はスヤスヤ眠ってたか、もう首を吊られていたという事か。

 因みに外出に関してはカードキーを使わず中から開けて出られる仕組みの為記録には残らないとの事だ。

「でも、何で校長先生は校内に戻ったんでしょうか」

「それは分かりません。が、犯罪者が不安になって現場に戻るという事はありえます。脅迫の材料である証拠物と降矢氏のカードキー。これなんですが遺体の傍に落ちていました。現場は相当混乱していた模様ですな」

「例え校長先生が降矢先生を殺したんだとしても、その後何が起きたんでしょう」

 そう、そこまでは百歩譲って理解できる。問題はその後だ。何故校長が死んだのか。

「島谷氏の上に降矢氏の死体が落ちて直撃したという事です」

「でもそれって偶然なんですか」

「色々な事が重なったとしか今は言えませんな。犯人の立場としては自分が吊り上げた死体がどのように見えるのか。確認したくなるやもしれません」

 それで真下に立って上を見上げたら、ロープが切れて死体が落ちた?

「ふーん。何だか出来すぎているような微妙な状況ね」

 それまで黙って聞いていた滝田さんが鼻を鳴らして言葉を発した。

「そうですな。ただ、今の所分かっている範囲で言えるのはこんな所です」

「東雲さんどうかしら? あなたは何か聞きたいことはある?」

「えっと、いや……。今の所は大丈夫です」

 十分色々情報は貰えた様に思うしこれ以上は求めるべくもないような気がする。

「じゃあ、こちらの本題ね。先週の金曜日の話をしたいんだけど……」

 滝田さんが話を続けようとしたところで、扉が開いた。

「失礼しまっす。デカジョウ殿」

 その独特の喋り方はあの日にも会った滝田さんの部下、有吉刑事だった。

「その呼び方すんなって言ってんでしょ。あによ、有吉じゃない。あんたはアチラとの連絡係でしょ。今日はこちらの方に来なくていいって言わなかったっけ」

「いえ。まさしくその件で来たんす。東雲塔子さん、すんませんっす。ちょっと捜査に協力願いたんすけど」 

 言って有吉刑事は手に持っていたノートパソコンを机に広げて何やら操作し始めた。

「はい? 私ですか? さっき話は聞かれましたけど」

 予想外に名前を言われて私は困惑した。滝田さんも不思議そうな声を上げる。

「何かあったの?」

「はい、すんませんっす。実は新事実がわかりまして。捜査員が降矢氏のマンションの監視カメラの映像を確認したんすけど……」

 有吉刑事に呆れたように滝田さんが言葉を挟む。

「もう聞いたわよ。降矢先生の姿が映っていたんでしょ」

「違うんすよ。それとは別件す。東雲さん、これを見て欲しいんす」

「何でしょう……え?」

 言われて画面を見てみると、パソコンには監視カメラらしい映像が映し出されている。あまり映像は良くなく白黒だったが、映し出された物をみてギョッとしてしまう。

 そこには見慣れた白っぽいブレザーとスカートを着た女性が入り口の中に入って行く所が映し出されていた。ただ、顔は判然としない。

「こ、これって。この学校の制服……よね」

 流石の滝田さんもこれは想像がつかなかったらしく言葉を詰まらせていた。が、私自身にもそう見えた。間違いない。ウチの高校の制服だ。

「そう見えるっすよね。因みに日時は昨日二十一時。その時間にこの学校の制服をきた女性が被害者のマンションに入って行っということっす」

「でも、このマンションの住人て可能性は?」

 滝田さんが当然の質問を投げかけた。しかし、有吉刑事は首を振る。

「管理人に確認したっすが、このマンションに月ヶ瀬高校の生徒はいないとのことっす」

「じゃあ、誰かを訪ねてきた可能性が高いのね。場合によっては降矢先生。彼の元に生徒が訪ねてきたって線もある訳か」

「だから身元を確認したいんすよ」

「ふーん。で、いつまで居たかは分かってるの?」

「それが分からないっす」

「どういう事? カメラに写ってるんでしょ。この恰好なら出てく所も分かるんじゃないの」

「この通り制服を着て入った記録はあるんすが、同じ格好で外に出た女性が今の所見つかってないっす」

「なるほど、事によると制服を脱いで外に出てる可能性もある? いや……まだどっかの部屋にいる可能性もあるのかな」

「それに関しては調べを進めてる所なんすが、とりあえず、この制服の女性に誰か心当たりは無いかって事になったんす。で、教師や学校関係者に確認を取る事になったす。自分の方は校内に残ってる生徒にも見せて回れっていう話なんすよ」

「ああ、それで東雲さんに見て貰いたい訳ね。ごめんなさい、手間とらせて。どうかしら?」

 滝田さんは私の方に顔を向けていつもの笑顔を見せて言った。が、私はそれに上手く言葉を返せずにやっと一言呟くのが精一杯だった。

「エリナ……」

「え? 二見エリナさん? どういうこと?」

 困惑の声を隠せない滝田さんを見て少し私は正気を取り戻す。画像も荒く白黒の制服姿。それがエリナに見えてしまったのだ。でも、そんな筈はないのだ。

「いや……。あ、あの……。この女の子がエリナに見えてしまって。そんな筈ないですよね」

 まさか、彼女の幽霊だとでもいうのだろうか。言って私は先ほど窓の外に上から下落ちる影を思い出して一瞬ぞっとした。

「二見さんに似てるって事?」

「そうですね。雰囲気がそう見えましたけど、でも、違う様な気もします。っていうか違いますよね」

 一時停止されたその状態をみたら、やっぱり別人の様に思えてきた。やはり自分はかなり混乱しているのかなと苦笑する。

「すいません。説明もせずにいきなりみせて混乱させてしまったすかね。その上でえっと、この女性に見覚えはないっすか」

 彼の聞きたいことは分かる。まさか、死んだ二見エリナに似ているなんて答えじゃないのだ。

「いいえ。すいません。これだけじゃわかりません」

「例えば彼の担任を受け持っていた生徒。つまりあなたのクラスメイトの中にはいないっすかね。似たような雰囲気の女性でもいいんすけど」

「いえ。それはいませんね」

 それについては即答できる。こう見えても私は委員長だ。クラスのみんなの特徴くらいは分かっている。少なくとも該当者はいないと断言出来た。

「そっすか。まあ、仕方ないっすね。わかりました。ご協力ありがとうございました。もし思い当たる事があったら警察にご連絡をお願いするっす」

 私は結構申し訳なく答えたつもりだったが彼にしてみたら織り込み済みの様だった。

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