第71話 進路指導室で開かれた捜査会議の内容は(3)
「カフェインレスのコーヒー?」
滝田さんが怪訝な声を上げる。
「ええ。しかも中身は空っぽだった様です」
「でも、それは校長先生が飲んだだけなんじゃないの?」
流石の彼女もそれだけでは情報が繋がらないらしい。でも流石に私はついさっき聞いた話なのでそれに思い当たった。
「あの……。ひょっとしてそれって降矢先生が飲んだ物じゃないんですか」
「降矢先生が飲んだってどういう事?」
滝田さんはまだ私が言いたいことが判らないようでキョトンとした顔をする。それを受けて品川刑事が答えた。
「降矢氏はカフェイン中毒という話はデカジョウもご存知でしょう」
「ああ、そんな話もあったわね。じゃあ彼はそれが原因でカフェインレスの飲料を飲んでいた訳ね」
それに対してすぐに言いたいことを察したらしく滝田さんは得心の言った顔で言った。
「でも、それをどうして校長先生が持っていたんでしょう」
頷いている滝田さんを後目に私は当然の疑問を口にした。
「まだ、確定した訳ではありませんが、どうもそのコーヒーの中に薬物が混入していた疑いが高いということなんです。それも恐らく睡眠薬ではないかと」
「降矢先生の飲んだ飲み物の中に睡眠薬が入っていて、それを校長先生が持っていたと」
品川刑事の言葉に滝田さんが目をランランと輝かせながら言った。何だかとんでもない話になって来たと想いながら私も言葉を続ける。
「つまり、校長先生が降矢先生に睡眠薬を飲ませたってことですか」
「その可能性もあるかもしれません」
それに答える品川刑事の言葉は飽くまで慎重だ。
「アチラさんはどう見てるのかしら。流れからすると校長先生が降矢先生を眠らせてその後首を吊らせて殺したって所?」
アチラさんというのは、恐らく、山本警部率いるこの事件の捜査本部の事を言っているのだろう。
「その線もあると見てるようですね」
「ふーん……」
考え込むように答える滝田さん。
「あの……。でも、そうだとしたらおかしくないですか。だって、睡眠薬を飲んで寝てしまった後に首を吊る事なんて出来ないですよね」
私としては当然の疑問のつもりだった。寝ている人間が首吊り自殺する筈がないのだ。
「そうとは限らないわ。睡眠薬っていってもすぐに利くわけじゃないの。だから、薬を飲んで恐怖心を減らした後自死に至るっていうケースがあるのよ。特に飛び降り等かでは聞く話ね」
「へえ。そうなんですか」
私は思わず感心した声をあげてしまう。つまり薬を飲む事で恐怖心を麻痺させて飛び降りたり首を吊ったりするという事か。
「その上で鑑みるに降矢氏の死については事故の線はまずないでしょう。自分でやったか、誰かに吊られたか。どちらかという事になるでしょうな」
「そのカフェインレスコーヒーというのは普通に手に入る物なのかしら」
「少なくともこの近辺の自動販売機やコンビニエンスストアなどでは販売していません。市内のスーパーやドラッグストアなら置いてある場所もあるようです」
「ああ。ならそれ、降矢先生が通販で取り寄せた物かもしれないですね」
私はそれを聞いて思い当たる事を口にする。それに対して滝田さんが短く言葉を発した。
「通販?」
「はい、熊谷先生に聞いたんです。降矢先生はカフェインレスの飲み物を自分で買って用意していたって」
「なるほどね。まとめ買いして持ってた訳か。っていう事は、その飲料は降矢先生が持っていた物で間違いないのかしら」
「それは何とも言えませんね。ひょっとしたら、島谷氏がどこからか同じものを手に入れたという可能性もあるかもしれません」
「だとしたら校長先生がその飲み物の事を事前に知っていたことになるけど、有り得るのかしら」
滝田さんの疑問に対して、私は言葉を挟む。
「ああ、それなら知っていた可能性はあると想います。降矢先生は職員室の冷蔵庫を使っていてそこに自分の飲み物を冷やしていたことがあるみたいなんです」
「共有の冷蔵庫を使っていた訳ね。なら、教職員の中でしっている人がいてもおかしくないか」
「そう思います。降矢先生、職員室の冷蔵庫が使えない時に保健室の冷蔵庫を使わせて欲しいって頼んでたりもしてたらしいんです。多分、毎日の様に使ってたんじゃないでしょうか」
「え? 降矢先生は保健室の冷蔵庫を使ってたの?」
滝田さんは私の言葉を聞くとそこで何故か意外そうに声を上げた。
「はい。そう聞きました。それがどうかしたんですか」
「うーん。シナさんは今の話知ってたの? 保健室に彼の飲み物が保管された可能性があるっていう話」
滝田さんは私の質問には答えず品川刑事に顔をやる。
「冷蔵庫の件ですか? いえ、初耳ですな」
品川刑事は言いながら何かを手帳にメモっている様だった。
「そう……。いえ、それは興味深い情報よ。東雲さん教えてくれてありがとう」
「あ、はい」
滝田さんはニンマリ笑うと私に対してお礼を言ってくる。でも私は何がそんなに大切なのか、何故そんな事がお礼に値するのかよくわからなかった。
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