第4話 茜色に染まる校舎に舞い落ちたのは(4)
「でもさ。家族ぐるみの付き合いで近所にも住んでいたんでしょ」
近所に住んでいて家族ぐるみの付き合いもある。となると彼との関係はそう容易く切ることも難しいのではないか。
「まあ、ね。でも家族同士いる時はお互い普通に接する様にしていたよ。別に仲が悪くなったわけじゃないからさ」
「でも、エリナはそれで良かったの? まだその時小学生でしょ。私なら割り切れない感じがするけどな」
「ん~。そういう訳でもなかったんだよね。優斗と距離が空いた分、しおちゃんと良くお喋りしたりするようになったのが大きいの」
「しおちゃんって……」
突然出てきた名前に私は戸惑いを覚えてしまう。それに対してエリナは慌てたように付け加えた。
「あ、ああ。ごめん、しおちゃんって熊谷しおり先生の事だよ」
「あ、そうか。熊谷先生って熊谷優斗君のお姉さんだったんだよね」
熊谷しおり先生はこの学校の養護教諭だ。苗字が同じことからも分かる通り、熊谷優斗君の実の姉に当たる。
「うん。しおり先生は私が小学三年生の時、高校一年だったの。受験が終わって余裕が出来たのもあったのかもしれないね、しおり先生には良く構って貰って貰う様になったのよ」
「そっか、小学三年生からしたら高校生のお姉さんってすっごい大人に感じるもんね」
「うん。相当私に合わせてくれてたと思う。それが嬉しかったな。私は一人っ子だからお姉ちゃんができたように思えたしね。それに、しおり先生も昔はスポーツ少女でね。中学二年生までは陸上部で活躍していたみたいなのね」
「へえ。確かに先生ってシュッとしたイメージはあるよね」
言われて熊谷先生の姿を思い浮かべてみるとそれは納得できた。一見するとスマートで涼し気な美人だが、近づいて接してみると寧ろ精悍といっても良い佇まいを感じる。
「うん、ただその頃に足を怪我しちゃったみたいでさ、受験もあったからそのまま引退したんだって。その後受験が終わって怪我が落ち着いても完全復帰はしなかったみたい」
でも、お互いに身体を動かすことは好きなので二人は近所の公園でランニングしたりしていたらしい。
「へえ。それは何だかほほ笑ましい光景だね」
「まあ、だからさ。男の子みたいに飛び回ってた私と自分が重なりあった部分もあるって想ってくれたのかな、良くしてくれたんだよ」
そういう彼女の表情には懐かしさが浮かんでいた。彼女が年相応の恰好や振る舞い等に気を配る事になったのも先生の影響が大きいらしい。
「へえ。じゃあ、今のエリナが有るのは熊谷先生のお蔭って訳か」
それで得心がいった。彼女が語る子供の頃の姿と今のギャップ。それを導いてくれたのが熊谷先生だった訳だ。
「うん。それは間違いないよ。で、そのきっかけを作ってくれたのは良くも悪くも優斗なんだよね。だから、邪険にしたことも今じゃ恨んではいないんだよね。感謝してるくらい」
しおり先生のとりなしもあったのだろうか、中学生くらいから優斗君とエリナの二人はわだかまりが溶けたように普通に話ができるようになっていったとのことだ。
「そっかー。あ、じゃあさ。しおり先生達の結婚式とか参加したりするの?」
「……ん、どうだろう。まだいつだか決まってないみたいだしね」
「そっか。でも、びっくりだよね。あのフル先としおり先生が婚約だなんてさ」
フル先というのは私達のクラス担任のあだ名だ。本名を降矢浩二という理科教師だ。歳は確か35歳だったと想う。身体はがっちりとして薄ら無精ひげを生やした、まあ普通のオジサン教師って感じの人。
その降矢先生としおり先生が婚約したと聞かされたのは先月のことだったか。学校中が寝耳に水で驚いた。しおり先生は凛とした感じのスマートな美人で、言っちゃ悪いけど降矢先生とは釣り合わない様に思えたからだ。
「そうだね。私も全然知らなかったからびっくりしちゃったよ」
私の問いに対していつしかエリナの口調が固くなっているように感じた。
「……寂しい?」
「え?」
「しおり先生の事、お姉ちゃんみたいに感じていたんでしょ。だから寂しく感じたりしてないのかなって」
「ん~、そうだね。寂しくないと言えば嘘になるけどさ。幸せになって欲しいって思う。だから、彼女が決めたことなら喜んであげなきゃ」と言った後、「しおちゃんが決めた事なら……ね」と呟くように言った。
その後突然口調を変えて私に向かって言った。
「ま、まあ。いいじゃん、それは兎も角。優斗はどうしたの? 学級委員の仕事なら二人でやるべきじゃない?」
何となく取り繕うような空気も感じたがこれ以上突っ込んでも仕方なさそうなので、話題にのることにする。
「ああ、彼なら文化祭実行委員の方へ行ってるよ」
来月に控えた文化祭に向けてクラスでも出店や出し物をすることになっている。
そして、私は学級委員長で彼は副委員長だ。会議も本来は私が参加しなければならないのだろうが今日はクラス雑務を仰せつかったので、彼だけで行ってもらったのだ。
「ああ、文化祭ねー。全くせっかくの機会をこうやって棒に振って運のない奴」
彼女は頷きながらそんな思わせぶりな言葉を発してきた。が、
「え? な、何が?」
内容が今の今まで喋っていた物と繋がらず私は戸惑って聞き返してしまう。
「べっつに~。えっとやるのクレープ屋だっけ? 楽しみだね」
私達のクラスはクレープ屋をやる事になっていた。実際にやれば楽しいのだろうが、私の立場はその前の事前準備やら確認やら、役割分担やら諸々を取り決めてみんなに了承してもらわなきゃならない。正直頭が痛く憂鬱になった。
「まあ、ね。みんなに楽しんでもらえれば、あたしゃ本望だよ」
軽く委員長を引き受けたことを後悔しかけたが、それを吹き飛ばすようにわざとふざけてそんな言葉を吐いてみる。すると、
「にゃははははは。そんな言葉使いしているとすぐにお婆ちゃんになっちゃうぞ」などと私のおふざけに付き合ってそんな言葉を投げかけてきた。更に私は、
「もう、ワシも若くないわい。エリナさん、昼飯はまだかの」等と言い返してみる。
「にゃははははは。お婆ちゃん、もう食べたでしょ……」
そんな他愛ないやり取りをした事で少し気が晴れた。
「お婆ちゃん、お肩を揉みましょうね」
エリナは更にふざけたような口調でありながら私の肩グッグッと指圧した。意外に程よい力加減で気持ち良かった。
「ありがとうや。エリナさん」
未だふざけてそれに答えた私。しかし、それに対してエリナは突然後ろからがばっと私の両肩を抱く。そして、
「うん。お互いに頑張ろうね」
といった。
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