ちびの冒険

しろすけ

第1話 平和な日々

 とある星。そこには、数多のドラゴンが住み着いていた。ドラゴンたちは生態系の頂点に立ち、さまざまな環境に順応した者が、その土地の《マスター》となって取り仕切っていた。


 そして、その星の辺境に、小さな村があった。森の中の開けた場所に、太いつるが何重にも重なって作られた簡易な家がいくつもあり、あたりには草原が広がり、綺麗な湖もあった。花畑が広がり、川がせせらぎ、山々に囲まれて自然が溢れかえるそこは、まさに楽園であった。


 そんな美しい環境に囲まれた土地で、一匹のドラゴンであるちびは育った。

 ちびは身長五十センチほどで、村の中では一番小さく、非力だった。薄いオレンジ色の鱗にすべすべとした腹、そして、手足と尻尾は共に短い二足歩行のドラゴンだ。


 ちびは毎日友達のブロンズと遊び、ハチミツを取ってみたり、猪と戦ってみたり、時には正義感の強いちびが村で起こった喧嘩を止めようとして返り討ちに合う、なんてこともあった。




「無茶しちゃだめだよ、ちび。喧嘩を見つけたらちゃんとみんなを呼ばなきゃ」




 今日も今日とて返り討ちに合い、手当を受けながらブロンズに諭されるちび。ブロンズは傷を回復させる力を持っており、ほとんど毎日怪我をするちびをこうして癒していた。




「喧嘩をしてた奴らが悪いのに、なんでぼくが怒られなきゃいけないのさ」

「怒ってなんかないよ。僕はちびが心配なだけ。いつまでもこんなことしてちゃ、体が持たないよ」




 そんなこと、ちびにも分かっていた。だが、誰かを呼ぶ前に、「早く自分が止めなきゃ」と思ってしまう性分であり、何の考えもなしに突っ込んでいってしまう。




「そのくらい、分かってるさ」




 ムッとして答えるちび。手当が終わり、ブロンズはちびの肩を優しく叩いた。




「ま、そういうところもちびの良いところだからね。僕は嫌いじゃないよ。さっ、夕飯にしよう」




 ブロンズは微笑むと、夕飯の支度をし始めた。ちびも手伝いに行く。


 ブロンズは身長七十センチほどで、この村の中で背は中間くらいのドラゴンだ。

 姿形はカンガルーに似ていると、この土地の《マスター》が言っていた。ちびたち村のドラゴンはこの森から出たことがないため、そのカンガルーという動物にピンとこなかったが。

 

 ブロンズは誰だって認めてあげられる優しい心の持ち主で、そんな人格者のため、この村で彼を嫌っているドラゴンなんて存在しない。


 彼はこの村で一番と言っていいほど頭が良く、面倒見がいい。更に料理だってできる。まさに完璧。将来、彼は《マスター》になるのではないか、と噂されている。いや、きっとそうなるのだろう、とちびは漠然と理解していた。


 村のすぐ近くにまっ平らな巨大な岩があり、その上で火を起こし、2匹で狩った新鮮な猪の肉を焼いて食べる。良い匂いに連れられて、村のドラゴンたちが続々とやってきた。ブロンズは嫌な顔ひとつせずお裾分けを始める。




「ねね、ブロンズ、いつものあれ見せてよ!」




 そう言い出した一匹に釣られ、




「俺も見たい!」

「私も!」




 と、周りが騒ぎ出す。ちびもそれに加わった。




「よーし、任せてくれ」




 ブロンズは「えいっ」と気合を入れると、両手を前へ突き出した。ところどころ、ブロンズの体は銅で出来ており、その銅が鈍く輝き始める。




「そらっ」




 ブロンズの両手から、ごとりと何かが落ちた。それは直径10センチほどの、銅でできた鳥の模型だった。周りから歓声が上がる。




「すごーい! ブロンズ、すごいよ!」

「おい、これは俺のもんだぞ!」

「ちょっと、お前は前貰っただろ!」

「僕なんてひとつも貰ったことないよ!」




 たちまち、模型の取り合いになる。ブロンズは「何個でも作れるから、まあまあ」と皆をなだめていた。巻き込まれないように、ちびは少し離れたところでそれを見ていたが、ふと立ち上がると、その場を立ち去った。


 村から少し離れたところに、小高い丘がある。ちびはそこから、すっかり暗くなった空を見上げ、ごろんと横になった。


 星が瞬く。月がゆっくりと移動する。きらりと輝いた流れ星が、そのままちびの遥か真上を掠めていった。


 雲一つない澄み切った星空。美しい夜空を瞳に収めながらも、それらを眺めるちびの顔はどこか暗く見えた。




「ついに、明日だね」




 声が横からして、ちびは目をそちらに向ける。


 二足歩行のちびやブロンズと違い、四足歩行のドラゴン。緑と白のグラデーションが染め上げる体は月明かりに照らされ、美しく輝いている。




「リーフ」




 彼の名前を呼ぶ。


 リーフはちび、ブロンズとほぼ同じ年齢でありながら、この土地の《マスター》であった。

 カンガルーを教えてくれたのも彼だ。

 森で一匹で生き、戦闘経験もあり、他者を思いやる心を持ち、頭も回る彼はちびよりもずっと立派な面構えをしている。

 リーフは自然を操る力を持っており、その力で地面からツルを生やし、ちびたちの家を作ってくれた。他にも、感謝してもしきれないことは数え切れないほどある。




「や、ちび。元気そうじゃないね」




 表情を見透かされ、ちびは情けない気持ちで笑う。




「まあね……。不安じゃないって言ったら嘘になるよ」

「やっぱ明日のこと?」

「……うん」




 ドラゴンは生まれてから3年経つと、住んでいる場所から旅に出る。それは、世界を回ってさまざまな交流を深めるのも目的であり、生態系の頂点に立つ者として必要不可欠な戦闘経験を積むためでもある。そして、新しく自分に合った住処を見つけて旅は終了する。


 ずっと明日を楽しみにはしてきたけれども、不安が無いわけではない。この土地にはないような危険なものがいっぱいあると聞いている。旅の途中で命を落とすドラゴンも少なくはない。


 それに……。


 ちびは起き上がり、村を見下ろした。暗闇に浮かぶ蛍のように、村のあちこちに点々と明かりが灯っている。その中でも一際大きい明かりのもとで騒ぐドラゴンたちが、豆粒みたいな大きさで見えた。




「ここを離れるのも、辛いだろうね……」

「うん……。ぼくが3年間暮らしてきた村なんだ。もうみんなに会えないってなると……正直、辛くて仕方がないよ」




 再び、流れ星が夜を裂く。




「あーあ。ぼくが飛べれば気軽に戻ってこれるのになあ」

「ん? 飛べないのかい?」




 リーフは僕の背中を見る。確かに、ちびは翼を持っていた。しかし、翼が小さすぎて完全な置き物と化していた。




「ブロンズによると退化? してるらしいんだ。成長しても翼は大きくならないんだって」

「へえ~。でも、小さくてもやっぱり翼があるとカッコいいね。羨ましいよ」

「そ、そう?」




 ちびはリーフに向き直り、照れながら翼をぱたぱたと動かした。もちろん、風など起きないが、リーフは「うわ~っ」と吹っ飛ぶフリをしてみせた。草まみれになったリーフを見て、ちびが笑い転げる。リーフも笑っていた。




「僕ね、好きな子がいるんだ」

「ええっ!?」




 リーフのまさかの告白にちびは目を丸くした。




「この村の子?」

「......ううん、ここの外」




 リーフは遠い目をしていた。リーフの好きな子についてもっと問い詰めたいちびだったが、冷たい風がそれを邪魔する。




「へ……へっくしゅんっ!」




 突然くしゃみをしたちびに驚き、吹き出すリーフ。




「もう、ちびったら。ま、冷えてきたし、みんなも心配する頃だね。それに、最後の日はみんなと過ごしなよ」

「う、うん……」

「明日、ちびを送りに行くときにまた会うんだから、そんな悲しそうな顔しない。ちびは笑ってる方が似合うよ」




 込み上げてくる感情を抑え、ちびはにっこりと笑った。




「じゃあ、また明日ね!」

「うん。おやすみ、ちび」




 リーフと別れを告げた後、村に戻る途中でブロンズとばったり出くわした。聞けば、ちびを追いかけてきたらしい。どうして場所が分かったか問うと、




「ちびは何かあったらいつもあの丘に行くから」




 と困ったような笑みを浮かべ、彼は答えた。




「ごめん。心配かけた?」

「まあ、いないと思った時は不思議に思ったけど、ちびのことは大体分かるから、そこまでじゃないかな」

「もう。そこはちゃんと心配してよ」




 互いを小突き、笑い合いながら村に帰る。


 

 その後、残りの肉を食べていると、二匹のドラゴンがちびの元へとやってきた。昼間喧嘩をして、止めようとしたちびを返り討ちにしたドラゴンたちだ。




「あの……」




 二匹はもじもじして、お互いに相手が口を開く瞬間を待っているようだった。

 意を決したのか、二匹は目を合わせて頷き、ちびへと向き直り、同時に頭を下げた。




「「ごめんなさい!!」」




 昼間、ちびに怪我をさせてしまったことを悔いているのだろう。二匹はほぼ毎日のように喧嘩をする常習犯だが、決して悪い子ではないことをちびが一番理解していた。




 ちびは微笑み、「大丈夫、気にしてないよ」と声をかける。安堵した表情で二匹は顔を上げ、続いてその一方がちびの頭に何かを乗せた。




「お花のかんむり! 二匹と、村のみんなで作ったんだ!」

「どの花を使うかで喧嘩しちゃった。ちびと過ごすのはあと少しだから、いいものを作りたかったんだ! 許して!」




 気がつくと、周りのドラゴンは温かい目でこちらを見ていた。自分の中で押し留めていた何かが決壊していく様を、ちびは鮮明に感じ取った。




「ありがとう……みんな! ぼく、今、すっごく幸せ!」

「あ! ちび泣いてる!」

「な、泣いてないよ!」




 そして、村のドラゴンたちといっぱい話し、いっぱい遊び、いっぱい食べーーいつも通りの日常が、あっという間に過ぎ去った。


 そして、疲れ切って寝床に入ったその夜、ちびは懐かしい夢を見た。

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