第5話『またお前か』
リナが連れて来た友達、島川トモリさんはハーフアップにしたロングヘアに丸みが残った可愛らしい顔の小柄な子だった。
意識して思い返せば、確かに入学式の日に俺の顔が載った雑誌にサインした覚えがある。
それだけじゃなくて、雑誌の撮影の時にスタジオでサインした事もあったかも知れない。
自己紹介して話し合ったら、去年のクリスマスに島川さんも
……アイドルと言われたら、あの花村リンゴの事が頭にちらつくが、まあどっちも俺とは関係ないか。
「きょーさ……葛葉先輩!今日も来ちゃいました!」
「ああ、いらっしゃい」
リナがその島川さんを紹介してから、週に三回くらいの頻度でリナと島川さんが昼休みに遊びに来るようになった。
「葛葉先輩!私たちもリナちゃんの友達です!」
「あと葛葉先輩のファンです!サインして貰っていいですか!?」
さらに、他にも俺に興味のある下級生の女子たちをリナと島川さんに紹介された。
「いいよ、サインくらい。これからもリナをよろしくな」
正直未だに女の子たちからチヤホヤされるのは慣れないが、冷たくあしらったらリナが嫌われるかも知れないから、出来るだけ優しく相手した。
その所為か次々と新しい下級生が教室に来る事になったが。
さらには今年別のクラスになった去年のクラスメイトとかも来たりして、教室がしょっちゅうすし詰め状態になった。
「おい、葛葉!いい加減にしろよ!お前らだけで使う教室じゃねえんだぞ!しかもこのクラスの生徒じゃない奴も多いし!」
当然と言えば当然の流れで、クラスメイトの男子にキレられてしまった。
それで女子たちの方もカッとなって言い返そうとしたが、俺が抑えた。
「ああ、悪い。流石に騒ぎ過ぎたな。場所移そう」
俺は女子たちを連れて手近な空き教室に移動し、今後その空き教室が溜まり場と化した。
この事に対してイチゴたち恋人組はどうしたのかと言うと、三人共しれっとついて来た。
ユカは元から俺の友達グループに入ってたからいいとして。
アリアさんは「男性ばかり残った教室は不安」と言って来た。
イチゴも周りに似たような理由を言ったらしく、空き教室に来た後は空気と化している。
クラスの男女の溝は深まるばかりだった……。
それだけでなく、放課後グループで遊びに行く際にも他のクラスの女子や下級生も参加する事になり、全額奢る俺の出費がバカにならない金額になった。
本気でイチゴにプロデュースして貰って配信の仕事とかをした方がいいかも知れない……。
「あのぉ、兄さん。次の週末、トモリちゃんが三人で遊びたいって言ってるんですけど……」
夕方、シェアハウスの居間でくつろいでいたら、リナがスマホを片手に持って声を掛けて来た。
「三人?リナと島川さんと、あと誰?」
「兄さんです」
「……そうか」
ワンチャン三人目は違う人で、リナは保護者みたいな俺に許可を伺っただけかもと思ったが、やはり俺が三人目だったか。
予想通りと言えば予想通りだが、やはりリナを踏み台にして俺に接近して来る子が多いな。
「悪いな。俺と仲良くするための踏み台みたいになってしまって」
「いえ、覚悟してましたから。それで、どうですか?」
「うーん、週末か……」
俺は悩んだ。
リナの友達とはあまり仲良くなるつもりは無いが、リナが俺と仲良くなる踏み台にならないと知ったら、友達に手の平返されて孤立してしまう恐れがあるからな……。
ただ、週末にはアリアさんやユカとのデートしそうだから迂闊に予定を入れられない。
「恭一さん。リナさんの為ですから行ってもいいのでは?」
悩んでたら、行けない主な理由だったアリアさんがそんな事を言って来た。
公用空間の居間で話してたから、俺たちの話を聞いてたのは別に何も思わないが。
「いいのか?ユカも」
ついでに、居間にいるユカにも聞いてみた。
「……いいんじゃない?先輩後輩の付き合いくらいなら」
ユカは渋い顔をしたが、反対はしなかった。
イチゴは……まあ、聞かなくても答えは決まっているか。
「リナ、島川さんに行けると伝えてくれ」
「はい、ありがとうございます」
リナはぺこりと頭を下げて、早速島川さんに返事するのかスマホに文字を打ち込んだ。
しかし……
「アリアさんがデートを被せて来ると思ったけど、送り出されるとは思わなかったな」
「……私も、いつまでも嫉妬して意地悪するばかりじゃないのです」
アリアさんは余裕そうに言っているが、その口角がひくついていた。
あ、これは何か企んでいるな。
イチゴの様子を伺って見たが、イチゴはテーブルに寄りかかってぼーっとノートPCを操作するだけ。
「レロレロレロ」
それに、最近のマイブームなのか飴玉を舌の上で転がしていて、何を考えているのか分からなかった。
何か企んでいそうとか、俺の杞憂で済めばいいんだがな……。
そして週末。
身支度でタンスやクローゼットを開けた時、その中を占めていた服がイチゴの金で買わせて貰った物よりもアリアさんに買って貰った服の割合が多くなった事に少し危機感を覚えた。
せめて身に着ける服が全部アリアさんに買って貰った物にならないように気をつけよう。
身支度を終えた後、同じく余所行きの服を着たリナと一緒に待ち合わせ場所に向かった。
実は直前になって島川さんから知り合いを一人連れて来てもいいか聞かれたが、今更断る理由もなかったので了承した。
で、先に待ち合わせ場所の駅前に着いて待っていたら。
「葛葉先輩!リナちゃん!お待たせしました!」
ほんの数分後に島川さんも到着した。
いつものハーフアップの髪にフリルの付いたワンピースを着ていて、わざとらしいくらい可愛い。
「あたしたちもさっき来たばかりだからいいよ。所で、もう一人は?」
「えっと、ちょっと待っててね」
リナが問うと、島川さんは手持ちのバッグからスマホを取り出して何やら操作した。
……何かあのスマホ、前に見たのと違うんだが、俺の気の所為か、それとも最近変えたのか?
待っていると、スマホの操作を終えた島川さんが渋い表情をした。
「すみません、あい……あの人、寝坊したみたいで、一時間程遅れるそうです。私たちだけで先に行きましょうか」
初回で遅刻とか、島川さんの知り合いって大分太い肝してるな。
「まあ、知らない相手を待っていてもしょうがないから、先に行こうか」
そのまま俺たちは三人で先に遊ぶ事にした。
俺たちが入ったのは繫華街のゲームセンター。
俺がリナと島川さんにそれぞれ一千円渡して遊んでから、程よく時間が経ったので島川さんの連れと合流するため街道に出た。
「所で島川さんはアイドルなんだろ?普通に歩き回ってていいのか?」
移動中、島川さんが帽子や眼鏡といった簡単な変装もしてなかったのが気になって聞いてみた。
「大丈夫ですよ。まだデビューして間もないからあまり顔も知られていませんし、それに……」
言いかけて、島川さんが突然俺の腕に抱き付いた。
「きょー様なら、一緒にいる所を見られても恥ずかしくないですからね♪」
島川さん、やはり俺目当てだったか……。
「えー、トモリちゃん、やっぱり?」
リナも同じ気持ちだったのか、少し呆れ気味だ。
「島川さん、きょー様って呼び方は何?」
「あっ、すみません」
俺が指摘すると、島川さんはハッとして頭を下げた。
「私、モデルとしての葛葉先輩のファンですので、一人でいる時の呼び方をつい……」
なるほど、島川さんは陰で俺をきょー様と呼んでるのか……。
マジで恥ずかしい。
「あの……、もし良かったら、これからきょー様と呼んでもいいですか?」
「うん、ダメ」
島川さんが上目遣いでお願いして来たけど、即座に断った。
「えっ、ダメなんですか?」
島川さんは意外そうに驚いた。
何故意外だと思うのか、逆にこっちが意外だ。
「恥ずかしいからな。その呼び方は勘弁してくれ」
「残念ですけど、先輩がそう言うなら……。あっ、私の事はトモリと呼んでくれてもいいですよ?」
島川さんが名前呼びを許したその時。
「アカリちゃん!」
聞き覚えのある声が島川さんの芸名を叫んだので、声の方を向いたら長岡修二が立っていた。
長岡は親の仇でも見るような目で俺を睨んで叫ぶ。
「葛葉!今すぐアカリちゃんから離れろ!」
はあ。またお前か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます