第8話『残酷な二択』
長岡とのテニス勝負だが、結論から言うと俺が勝った。
試合が始まる前までは、わざと負けるとか以前に素の実力差で負けるんじゃないか?と心配もしてた。
けど蓋を開けてみれば、何か俺が勝った。
別に漫画みたいな技が行き交う事も無ければ、ドラマチックな張り合いや逆転チャンスみたいな展開も無く。
長岡が打つボールを俺は打ち返せて、俺が打つボールを長岡が返せなかっただけ。
それを繰り返して、俺が勝った。
おいおい、長岡。お前大会優勝経験者だろ?
まさか素の能力差が逆にここまであるとか思わなかったぞ。
これもイチゴに言われて体を鍛えて来たからなのか?
それで大会優勝経験者に勝つとか、どんだけハイスペックなんだよ俺。
「バカな……俺があんな悪役に負けるなんて……」
長岡が地面に手を膝をついて何か言ってる。
「長岡……不様ですね」
そんな長岡に対し、アリアさんが正面に立って見下ろしながら言う。
死体蹴りとかやる事がえぐい。
「くっ……。ごめんアリアさん。せっかくアリアさんが俺に有利なテニス勝負にしてくれたのに勝てなくて。俺なんてアリアさんに励まして貰う資格もない!」
「は?」
おっと?
ここに来てポジティブシンキングか?
いつの間にかアリアさんを名前で呼んでいるし。
確かに、タイマンのスポーツも色々あるのに長岡が得意なテニスになったのは、偶然なのか長岡に肩入れしたのか気になる所だな。
……いや、あえて長岡の得意フィールドで顔を潰して欲しかったのかも知れないが。
でも額面だけ見れば、長岡を応援してたと思われてもおかしくない。
実際、いつの間にか集まってた野次馬たちの間で試合中に長岡がジュニアテニス大会で優勝してた経験者だって情報が広まったようだ。
それで主に男子の野次馬から長岡をお膳立てして貰っても勝てなかった情けない奴、俺は空気読まない悪役みたいにひそひそ言われている。
女子からは熱っぽい視線で見られたが、いやテニス部っぽい男子生徒からも熱心に見られてるな……。
「でも、俺はこれで諦めない!絶対葛葉から救い出して見せるから、待っててくれ!」
長岡が声高に宣言して、そのままテニスコートを去った。
まるで少年漫画によくある一回挫折してから立ち上がる主人公みたいに。
あれが主人公なら、アリアさんがヒロインで俺が悪役ってか?
別にアリアさんを奪って行ってもいいけどよ、俺にはイチゴがいるから。
イチゴにさえちょっかい出さないなら、どうぞご自由にって感じだ。
いやでもアレは中身がちょっと……無いかな。
「……はい。おじい様、一人退学にして欲しい生徒がいるんですが。長岡なんとかという生ゴミが……」
それに長岡よ。少年漫画のラブコメごっこするにはアリアさんの好感度が低過ぎないか?
余談だが、勝負が終わったので俺も着替えて帰ろうとした時、テニス部の部長さんと顧問の先生が来てテニス部に勧誘された。
けど俺は部活するつもりがなかったので断った。
何よりも、イチゴから「部活には入らないで欲しい」とお願いされてたからな。
それならば名前だけでも入れて団体戦の大会で助っ人してくれるだけでいいって頭を下げられて、都合が合えばという条件で仕方なく承諾した。
ああ、ちなみに「中学大会優勝経験者の長岡は誘わないのか?」と聞いたけど、勉強が忙しいからと断られて俺と同じ条件で名前だけ入れてるらしかった。
もしかして助っ人した時に長岡と鉢合わせする事もあるのか?ちょっと嫌になって来たな……
勝負の翌日。
放課後になっていつもの様に三人で生徒会室に向かうと、長岡が生徒会室ドアの前で土下座していた。
アリアさんは露骨に嫌そうな顔をして長岡を無視しようとしたが、長岡が体でドアを塞いでいるので通れなかった。
「……長岡。どいてくれませんか?」
「アリアさんなのか?ごめん、どうしてもアリアさんに謝りたくて」
長岡は土下座のまま答えた。
「謝る、ですか?特待生を辞めず、私に接触して来る。約束を一つも守れないのに?」
「っ………」
アリアさんの言う通り、長岡は未だ特待生だ。
テニス部に設備を借りたりはしたが勝負そのものは学校に公認無しで行われたので、長岡には自分から特待生を辞めて貰う手筈だった。
しかし長岡は手のひらを返して特待生を辞めなかったのだ。
多分、最初から負けるつもりが無かったのか、負けてから特待生を辞めるのはまずいと頭が冷えたのだろう。
で、こうして意味のない謝罪をしに来て、接触しないという約束まで破ったという訳だ。
まさかアリアさんに謝れば許して貰えて、そうすれば堂々と特待生を辞めなくても大丈夫だろうとかそんな虫の良い事思って……そうだな。
「受けるつもりもない謝罪は要りません。それと……何度も言おうと思ってた事ですが、私を名前で呼ぶのを許した覚えはありませんよ?」
「いや、でも……!」
「ふん」
アリアさんは横から長岡を蹴りつけて強引に退かした。
「くはっ」
そして蹴られた痛みに苦しむ長岡を放置したまま生徒会室に入って行く。
俺はどうしたものかと一度考えて、ドアの横で伸びてる長岡に構う理由も無かったのでスルーして、イチゴと一緒に生徒会室に入る事にした。
「ちょっと修二、大丈夫!?」
ボチボチ仕事を始めようとしてたら、ドアの外がうるさくなった。
そして勢いよくドアが開く。
「あんたたち!修二に何したの!」
生徒会室に入ってきた斎藤さんの声が室内に響き渡る。
「……何を、と言われましても。通行の邪魔をしたのでどかしただけですが?」
アリアさんが手元のノートPCから目も離さないまま答えた。
「どかしたって……まさか殴ったの!?」
「だったら何です?」
平然と答えるアリアに、斎藤さんは(信じられない)と言いたげな顔をする。
「怪我でもしたらどうするのよ!」
「その時は治療費と慰謝料を支払いますのでご心配なく」
「何よそれ。お金で黙らせるつもり?」
そして斎藤さんは一つため息をついて。
「もういいわ。私、生徒会辞めるから。あんたとは一緒にやっていけない」
「よろしいのですか?」
「何よ。引き留めるつもり?」
斎藤さんは自分が主導権を握ったと思ったみたいに笑う。
が、アリアさんは涼しげに言葉を継ぐ。
「いいえ。辞めて貰っても構いませんが、そうしたらあなた、特待生じゃなくなりますよ?」
斎藤さんも特待生だったのか。幼馴染の長岡と揃って良く受かるものだ。
あれって確か入試の時では成績上位十人までが申請対象だったはず。
まあ辞退する人が出たらその分申請のチャンスが下に繰り下がるし、イチゴもアリアさんも各自の都合で辞退したから、今年は上位十二位までだっただろうけど。
ついでに俺は特待生なのかと言われれば、普通に成績が足りないので特待生じゃない。
イチゴに勉強を教えて貰ってたのに恥ずかしい限りだ。
「はあ?私は修二の勝負とは関係ないでしょ!」
「そうですね、これは別の話です。斎藤さん、あなたは入試の時と比べて一学期の成績が大きく落ちてますね」
「ぐっ……」
斎藤さんが言葉に詰まる。
「それで学校はあなたを特待生のままにするか議論してましたが、一度特待生にした生徒を簡単に振り落とすのも憚れると思って対案が出ました。それがあなたの生徒会入りです」
そこまで言われて斎藤さんも理解したみたいだ。
自分が生徒会に居続ける事が、特待生でいる生命線だと。
「ちゃんと警告しましたからね。選ぶのは斎藤さんです。生徒会を辞めるのでしたらそのまま出て行ってください。残るのでしたら仕事を始めてください。……ああ、外にいる人を保健室まで介護する、なんて言い訳は通用しませんよ?」
それってつまり、生徒会に残るなら長岡の事を見捨てろってのか?
えぐい二択を突きつけるな……
「……ごめん、修二」
斎藤さんは悩んだ末にドアの外に向けて一言謝り、自分の席について仕事を始めた。
長岡の事はともかく、アリアさんに追い詰められて幼馴染を見捨てる事になってしまった斎藤さんを、同じく幼馴染を持つ身として同情した。
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