第37話 話が通るんだけど?


 三月に入り、来週からは学年末のテストが始まる。

 前に約束していたように、俺は七瀬さんと一緒に勉強することになった。


 俺は最初、てっきり学校の図書館でやるものと思ってたんだけど、彼女の提案で、街の図書館の学習スペースでやることに。

「なんでだろう」って思ったけど、七瀬さんは学校だと何かと注目される存在だし、もし万が一にも周りに誤解されても困るだろうし、納得と言えば納得。


 勉強を見てくれるのは有難いし嬉しかった。

 でも、初めは向かい側に座っていた七瀬さんなんだけど、「説明しにくい」と言って隣の椅子に座ると、図書館だから声のトーンを抑えて、俺の耳元で囁くように、そして、肩や腕に彼女の腕や、その…柔らかいものが当たる感触があって…

 チラッと様子を伺うと、綺麗な黒髪を耳にかける彼女の仕草にドキドキして、正直、勉強の内容があまり頭に入って来なかった…


 せっかく七瀬さんは真剣に教えてくれてるのに、俺がそんなふうになってたら申し訳ないと思い、そこからは邪念を振り切り勉強に集中して、なんとかテストも乗り切れた


 でも、ここ最近は学校でも話す機会も増えたと思うけど、高嶺の花の七瀬さんとモブの俺が話していても、俺達のことを何か勘繰るようなことはなさそうだった



 ただ、この男だけは違った。

 昼休み、いつものように過ごしていると、唐突に話を切り出してきた


「ところで遥斗。いつから七瀬さんと付き合うようになったの?バレンタインから?」

「な!?つ、つ、つ、付き合ってなんか…」

「え?付き合ってないの?嘘でしょ?」

「いや、奏汰…嘘じゃないよ」

「だってよく二人で話してるよね。しかも、俺の誘いを断って、七瀬さんと二人で、二人で、二人きりで勉強してたんだよね?」


 そこまで「二人」を強調しなくていいから…


「うん…そうなんだけどさ…」

「遥斗はさ、七瀬さんのこと、やっぱり好きなんでしょ?」

「…っ!……まあ、うん…でも…」

「ん?でも?」


 そう。七瀬さんは、七瀬さんには…


「七瀬さん…他に好きな人がいるんだ…」

「え!?それこそ嘘でしょ!」

「な、なんでだよ」

「だって考えてもみなよ。もし本当にそうなら、好きな男子に、他の男と仲良くしてるとこなんか見られたくないだろうし、ましてや二人きりで勉強教えてあげるなんて、そんなの考えられないって」

「でも、見たんだよ…」


 俺はあの時、七瀬さんが宮沢と話してた時のことを、ざっくり奏汰に話した


「宮沢…キモイな…」

「だろ?いや、それはいいとして、七瀬さんには好きな男子がいるんだよ」

「…それで?それが遥斗じゃないって言い切れるの?」

「へ?」

「その好きな人っていうのが遥斗のことなら、全部話が通るんだけど?」


 …え……え?


「いや、ないって!」

「なんでさ」

「考えてもみろって。なんでよりにもよって、目立たないモブの俺なんだよ。他にいくらでも、イケメンでいい奴なんているだろ」

「遥斗。前にも言ったけど、少しくらいは自分に自信持ちなよ」

「だってさ…」

「昔から、子供の頃から俺と一緒にいて、遥斗がそういうふうになっちゃったのは、俺のせいかもしれない」

「いや、そういう話じゃ…」

「ごめんね」

「奏汰…」

「でもね、遥斗はずっと俺の一番の友達で、これからもそれは変わらない。俺は遥斗のこと大好きだよ」


 真面目にそう言う奏汰は、いつになく真剣な表情で、俺は何も言えなくなってしまう


「だから、自信持って。ね?」

「…ああ…分かってるよ…」

「それに来年からは、もう文系理系で分かれちゃうしね」


 そう。二年生から奏汰は理系、俺は文系へ進むことになる 。

 今年はたまたま同じクラスになれて、子供の時からずっと、いつも隣にいた親友と、来年からは離れることになる


「そうだったな」

「でも、学校も部活も同じなんだから、いつでも会えるけどね」


 そう言って笑う奏汰に、俺も連られて笑顔になってしまう


「あ、そうそう、言うの忘れてた」

「なにを?」

「ホワイトデー、ちゃんとお返ししなよ?」

「そ、それは、分かってるって…」

「ふ~ん。本当に~?」

「ほ、本当だってば…」

「まさか、その辺で適当なお菓子買ったりはしないよね?」

「え!?」


 実は、それと同じことを咲希にも言われた…


「そっか、咲希ちゃんも心配してくれてるだね。いい妹やってるんだ」

「しかも、「お兄ちゃんには任せられない」とか言って、今度の土曜に一緒に出かけることになったんだよ」

「え?なんで?」

「なんかよく分かんないけど、妙に張り切ってたし、まあ別にいいかな、って思って」

「そうなんだ。まあ、たまには兄妹で楽しんで来たらいいよ」

「それに、咲希の合格祝いもしてやりたいしね。ちょうどいいよ」

「そうだったね。来年からは後輩になるんだもんね」


 咲希が中学に入ってからは、殆どまともに会話らしい会話も出来なかったけど、今では昔のように俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれるようになった。

 そしてうちの高校に合格した咲希は、来年からはまた同じ学校に通うことになる



 この時の俺は、ただ週末の久しぶりの妹とのお出かけを、純粋に楽しみに思っているだけだった





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