第34話 その夜(彩香side)


 家に帰り玄関の扉を開けると、お姉ちゃんが待ち構えていた


「彩香。どうだった?」

「え…あ、うん…」

「ちゃんと八神くんに渡せた?」

「え!?八神くんに渡すとか言ってなかったよね!?」


 そう。私はクラスの女子に友チョコを渡すんだと言って、一緒に作ってもらったはず


「でも、その慌て方からしてそうでしょ?」

「うぅ…」

「で?どうだったの?」


 目をキラキラとさせ、楽しそうに聞いてくる姉が、今は少しめんどくさい…

 だって…だって!


「あら、駄目だったの?」


 お姉ちゃん…言い方には気をつけようね…


「ダ、ダメじゃないし!」

「そうなの?でも、その割には落ち込んでるふうだったから」

「ちゃんと渡したもん…」

「彩香…おいで?」

「え…」


 お姉ちゃんは私をそっと、優しく抱き締めてくれた。途端に、私は緊張の糸が切れたように、頬に涙が流れているのを感じる


「彩香は昔から家の外では頑張って、いい子にしてたもんね。でも、疲れない?」

「うん…」

「素でいいんじゃないの?こんなに可愛らしいのに、勿体ないよ」

「お姉ちゃん…」

「八神くんは、八神くんなら大丈夫よ」

「え…どうして?」

「だって優しい人だもの」


 うん。それはもう十分に知ってる。

 でも、やっぱり…少し怖い。

 恋愛はもちろんそうだけど、私は「みんなが望む七瀬さん」でいないといけない、って思っちゃってる


「それにね」

「うん…」

「お姉ちゃんは、いい子にしてる彩香より、いつもの彩香の方が好きよ?」

「お姉ちゃん…」

「せめて、八神くんの前でくらい、普段の彩香でいたら?」

「…うん。頑張ってみる…」

「ふふ。ほら、やっぱり八神くんが好きなんじゃないの」

「ちょ、ちょっと、ずるくない!?」



 お姉ちゃんは「ははは♪」って笑いながら走って行っちゃったけど、私の一番味方でいてくれる、一番身近な人だ


(次こそは……!)


 次のチャンスがいつ巡ってくるのかは分からないけど、とにかく、私はそう決意した





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 家族で夕飯をいただき、お風呂も済ませた私は、自分の部屋に戻っていた。

 時計の針はそろそろ夜の九時を指す辺り


 その時、ちょうどスマホのLineの通知音が部屋に静かに響く。

 ふと見てみると、や、や、八神くん……

 私は今日のこともあるし、少しおどおどしながら開いてみる


『今日、チョコくれてありがとう。ちょうどいい甘さで、口の中ですぐなくなって、お店のやつくらい美味しかったよ。七瀬さんは料理も上手なんだね。俺なんかにわざわざごめんね。大事に食べるようにするよ。今度ホワイトデーで何かお返しするから、楽しみにしてて。あと、久しぶりに話せて楽しかったよ。それじゃあ』


 ……ナニコレ…


 …え!?何これ!

 ちょ、ちょっと!無理だって、こんなの!


 ヤバい…嬉しすぎる……

 ちょっと泣いちゃいそう…


 私は顔が熱くなってるのを自覚しながら、しばらくの間、彼からのメッセージを何度も何度も読み返していた。

 そして、読む度に顔がにやけてるのが分かる


 だって仕方ないよ?

 褒めてくれただけじゃなくて、お返し楽しみにしてて、とか言われたら、なんか色々と想像してこうなっちゃうでしょう。

 しかも最後に「久しぶりに話せて楽しかったよ」って!




 …ずるい。なんかずるい。

 私だけこんなに舞い上がっちゃって、悔しい


 でも…でも、嬉しい…


 スマホを胸に抱き、彼のことを想う。

 八神くんにも、私と同じくらい、私のことを好きになってもらいたい…




(あ!早く返信しなきゃ)


 そうは思っても、今の私にはいい感じの言葉が全く出てこなくて、悩みに悩んだ末…


『生チョコなので早めに食べてください』


(あ…送っちゃった…)




 なんて素っ気ない…

 なんなのよ、もう!!



 私は自分の意気地の無さに呆れつつ、ベッドに滑り込む。

 でもさっきの彼からのメッセージに目を通すと、またすぐ嬉しくなって、唇の辺りがニヨニヨしてるのが分かる




 その夜、私はそんなことをずっと繰り返してなかなか寝付けず、でも、とても幸せな気持ちで一杯だった






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