【完結】八神くんと七瀬さん

月那

第一章 無自覚と自覚

第1話 まだ何も始まらない


「八神くんは彼女…欲しくないの?」

「え…それは…」


 これは今からおよそ一年後の、高校二年の文化祭を夏休み明けに控えたある日、とある女の子にそう言われた時の俺、なんだけど…


 これがどういうシチュエーションなのか…






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「遥斗は彼女、欲しくないの?」

「欲しいに決まってる」

「じゃあ、作る気はあるんだ」

「まあ、あるのはあるけど、俺みたいなやつと付き合ってくれるような子、なかなか見つからないよ」

「そうかなあ。いくらでもいると思うよ?」

「奏汰…」




俺は八神遥斗やがみはると

どこにでもいる、その他大勢の中の一人。

髪切ったら実はイケメンでした、なんてことはあるはずもない。だって、俺、普通に顔見えてるし



 そして放課後、文化祭も終わり廊下で俺に話しかけてきたこいつは柊奏汰ひいらぎかなた

 俺の幼馴染で、幼稚園に行く前の、保育園の頃からの付き合い。そして、


「じゃあ今度女の子、紹介しようか?」


 そう


 この男こそ正真正銘のイケメンで、小学五年生の時にはすでに彼女がいた。中学に入ってからはファンクラブが出来る勢いで、高校生になった現在でも、その人気はとどまるところを知らない


「いいよな、女子に人気で」

「そうでもないよ」

「…どの口が言うかね……」

「遥斗だって、人気あると思うよ?」


 …うん…悪気がないのは知ってるし、こういう奴なのも分かってる

 分かってはいるけど、けど…!


「ほら、七瀬さんとかは?」

「え?七瀬さん?」

「うん?」

「意味分かんないんだけど」

「え?遥斗の好みじゃないのか。意外」

「いやいや、もちろん好みだけど、そうじゃなくて、七瀬さんは無理でしょ」

「なんで?」

「え?七瀬さんって、あの七瀬さんだよね?他にも七瀬さんっていたっけ?」

七瀬彩香ななせあやかさんだよ。知らないの?」

「知ってるってば!」


 奏汰の言う七瀬さんとは、この高校では誰もが知る美少女で、俺にとっては高嶺の花子さんだった


 運動面は分からないけど、成績は優秀。艶のある黒髪のロングヘアはいかにも清楚可憐な美少女で、切れ長で一見鋭そうに見えるその目も、逆に他を寄せつけない凛とした雰囲気で、それでいて眼差しは優しく、笑顔を引き立てる。また、控えめながらも存在感のあるその胸に、スカートからスラッと伸びるその白い脚…


 あ、俺、危ないな…

 これは、一歩間違えたらストーカー認定されそうだと感じ、自分で自分が怖くなる


「この前ね、七瀬さんの友達と仲良くなって、それで聞いたんだけど、七瀬さん、お前に興味あるみたいだよ?」


 俺の思考を無視して話を進める奏汰だったけど、ないない、そんなわけない。

 むしろ俺の事なんて知ってるはずがない


「俺の事なんて誰も知らないだろ」

「そうかなあ。そんなことないと思うよ」

「だからもういいって…」

「だって、よく聞かれるよ?「あのいつも一緒にいる男子、なんなの?」って」


 それ…あれだよ…うん、あれ…

 要は、目障りなんだよね?

 地味に凹むな…


「なあ…学校で俺と話すの、やめないか?」

「なんで?やだよ」

「だってさ…」

「俺、遥斗とは死ぬまで仲良くするって決めてるんだから」


 くっ…!


 こういうことサラッと普通に言うから、俺も奏汰の事は好きなんだよな


「あ!ほら!噂をすればだよ」


 あ…七瀬さん…


 回りの友達と話す表情は優しく、清楚でありながら、それでいて凛とした佇まい。

 綺麗だな…優しそうだな…いいな……


 そんな事を思ってると、「おーい!」と奏汰は彼女たちの元へ


 え?どうしたらいい?隠れる?



 俺は流れで階段の影に隠れる


 半分だけ顔を出して様子を伺うと、奏汰は彼女たちと仲良さそうに話している。

 そして、七瀬さんの奏汰を見る目…


 よく見みれば少しだけ頬を染め、周りの女子達に気を使いながらも、控えめなそのはにかんだ笑顔は、破壊力が半端ない…


 これ…誰が見てもお前のこと好きだろ…

 ていうか、俺、観察し過ぎだろ…


 くそっ!やっぱりだ!


 何が「お前に興味あるみたいだよ?」だ!

 ちょっとでも期待した自分が腹立たしい!


 はぁ…全く……

 奏汰には彼女がいるのにな…。でも他校だし、みんな知らないんだろうな



 色々とダメージを受けた俺は、奏汰を置いて一人で先に部活に行こうとしたんだけど、


「あ!!どこ行くんだよ、遥斗!」


 呼ばないで…今は一人にさせて…


「え?はると…?」

「柊くんの友達?」

「え!じゃあ、もしかしてお友達もカッコいいんじゃ…」


 無駄にハードル上げないで下さい…



 俺は文字通り、逃げるように部室にダッシュした




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「酷いよ、遥斗」

「…ああ、悪いな」

「え…ちょ…どうしたの…?」

「どうもしない」

「嘘だね。だって、目が死んでるよ」

「死んでない」

「いや、その目は死んでるね」

「死んでない」

「絶対死んでるね」


「お前ら!死んでるとか死んでないとか、ごちゃごちゃとうるせーよ!」

「「すみません…」」


 部室で着替えながら不毛な争いをしていると、案の定キャプテンに怒られた


 くそぅ…なんてついてない日なんだ…


「でもさ、やっぱり七瀬さん、お前のこと知ってたよ」


 今日はやけにしつこいな


 彼女のあんな顔見て、そんな話、信じるわけないだろ


「…なあ、もういいってば」

「今日、部活見に来るって言ってたよ」

「お前を見に来るんだろ?」

「どうした?機嫌悪い?」

「悪くない」

「悪いよね?」

「悪くない」

「またまた~」

「悪くない」


「…おい、お前ら…」

「「すみません…」」


 キャプテン…超怖ぇ…




 着替え終わり体育館に向かう途中、奏汰は俺に言った


「七瀬さんね、お姉さんからお前の話聞いたって言ってたよ」



 …え?




 七瀬さんにお姉さんがいるなんて、俺はそんな事は勿論知らなかった。

 でも、後にそれがきっかけとなり、予想外なことになるんだけど、この時はまだ何も始まる事もなく、当分の間は、いつもの日常が続いていくだけだった





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