30.相談したい

 出てきたはいいが、どこに行こうかなぁとルリカは途方にくれた。

 ファミレスで夕食を取りながら、テッペイはなにをしているだろうかと考える。

 詩織といい感じになっているのか、それともバレーの練習日だから体育館に行ったのか。

 しばらくそんなことを考えながら、ファミレスで時間を潰していたが、さすがに粘るのが申し訳なくなって外へと出た。

 帰省した時の荷物を家に置いておくべきだったと思いながら、大きめのバッグを抱えて移動する。

 ブラブラと当てもなく歩いていると、ふと噴水が目に入って、ルリカはその縁に腰を下ろした。

 疲れたなぁとボーッと周りを眺める。すると近くにいた女の子が、男に声を掛けられているではないか。どうやら、ナンパをされているらしい。

 ふと後ろを見ると、また別の人がナンパをされているようだった。もしかしたらここは、有名なナンパスポットなのかもしれない。

 気合の入った女の子たちが次々にやってきては、そのたびに誰かに連れ去られていく。

 けれどもルリカはその間、誰にも声を掛けられることはなかった。

 綺麗な女子から売れていくのは、当然だろう。きっと詩織なら、一番に声を掛けられるに違いない。

 声を掛けられたら掛けられたで困るのだが、誰にも相手にされないというのも悲しいものだ。

 逆に考えると、テッペイはよくこんなルリカを相手にしてくれているものである。


「あいつは……女なら、誰でもいいんだもんね……」


 声に出すと、グスッと泣けてきた。

 ルリカはテッペイの大事な金づるだ。だから嫌でも相手をしてくれているだけ。別にテッペイは、ルリカでなくてもいいのだ。ヤらせてくれて、お金をくれる女なら、誰でも。

 思えばルリカは、テッペイに好きと言われたことがない。

 いや、正確にはある。何度も好きと言われている。けれども、それは本当の気持ちがこもった好きではなく、どの女の子にも当てはまる言葉なのだ。


 虚しさを抱えたまま、そこでしばらく座っていると、女の子の姿がルリカ以外いなくなっていた。

 少し遠くでルリカを眺めている男たちが、「お前がいけ」「いや、お前が」と押し付け合っているのが見えて、ルリカは立ち上がる。売れ残り女に声を掛けるのは、嫌なものだろう。

 どこかのホテルに泊まろうかとも思ったが、誰でもいいから今の自分の胸の内を聞いてほしい気持ちの方がまさった。

 どうしようかと考えたあげく、体育館から十分ほど離れたコンビニに入って、ひたすら時間を潰す。

 三十分ほどそこで粘ると、ある二人の姿が目に入ってきた。

 仲睦まじく歩く、ミジュと拓真。

 どうしようか、声を掛けるのは悪いだろうか。

 そう思っていると、二人はコンビニに入ってきて、ルリカはわわっと思わず身を隠した。


「ミジュ、明日はなに食いたい?」

「拓真くん特製の、タコ飯!」

「おー、わかった。明日は俺が買い物して帰るよ」

「うん、ありがとう拓真くん!」


 なんだかラブラブな会話をしながら、飲み物を選んでいるようだ。ミジュはビールを選んでいて、拓真に「飲み過ぎんなよー」と言われている。

 牛乳が並んでいるところにへばりついていると、二人が後ろを通り過ぎた。


「あー、そろそろ婚姻届取りにいかねーとなー」

「じゃあ私が……」

「婚姻届?!」


 思わず後ろを振り返って叫ぶと、バッチリ拓真達と目が合ってしまった。


「ルリカさん?!」

「いえ、私はしがない森の狩人です」

「なに言ってんだ?」


 テッペイと一緒にやっていたゲームのNPCの口真似をする。テッペイにはウケるところだが、拓真には通じなくて少し恥ずかしい。


「実家に行ってたんですよね? 帰ってきてたんですか?」

「うん、今日の夕方くらいに……」

「夕方? バレーに来られる時間だったってのに、こんなとこでなにしてんだ? 鉄平さんの家って逆方向だよな?」


 真理をついた問いに、ルリカはどう切り出そうかと口を噤んでしまう。

 するとミジュが拓真を制し。


「とにかく、うちに上がってください。ついそこなんです」


 優しい声で誘ってくれた。


 ミジュと拓真は隣同士だそうで、アパートの二階に上がると一番奥の部屋へと通される。その手前の部屋が拓真の家だそうだ。汗をかいたからシャワーを浴びてからそっちに行くと言って、彼は自分の家へと入っていった。

 ルリカはミジュの方の家に通され、小さなテーブルの前に座らせてもらう。


「ビール飲みます?」

「あ、いや、お茶で……ミジュちゃんは飲んでも大丈夫だよ」

「じゃ、遠慮なく」


 ミジュはルリカにお茶を渡し、自分はビールを開けてごくごくと飲んでいる。


「拓真くんは待たなくていいの?」

「拓真くんはビール飲まないんですよー。だから大丈夫です」

「そうなんだ……って、さっき結婚届がどうこうって話してたけど?」


 ルリカが問うと、ミジュは嬉しそうにニへへと笑った。


「そうなんですよ、先日プロポーズされちゃって」

「えええ?! それでもう結婚?! 式は?! っていうか、拓真くんは自分のお店を持ちたいから、それまで結婚はしないとか言ってなかった?!」

「そうだったんですけど、気持ちが変わったみたいです。早く一緒に住みたいって」

「え、お隣だよね?」

「お隣ですけど」


 なんだかすごく当てられてしまった気がする。ラブラブなのだろうなと思うと、たまらなく羨ましさが込み上げてきた。


「式は、お金を貯めてからしたいって、拓真くんが。私のお金でしていいよって言ったんですけど、それはちょっと嫌だったみたいで。自分で稼いだらちゃんとするから、先に籍だけ入れておこうって言われたんですよ」


 ミジュはビールをゴキュゴキュ飲みながら、饒舌に話した。

 拓真はこの四月から働き始めたばかりで、まだ貯金などないだろう。

 けどちゃんと将来を見据えて、自分で貯めたお金で結婚式を挙げたいと考えている。テッペイなど、人のお金があれば、自分は一銭も出さないに違いない。


「拓真くん、すごくしっかりしてるね……うらやましい」

「あはは、緑川さんはしっかりしてな……ごほごほ、すごく自由人ですもんね!」


 ミジュが、ルリカに気を遣うように慌てて言い直した。

 テッペイは、本当に自由の度が過ぎていると、ルリカも思う。

 けれど、それがテッペイらしさなのだ。自由人じゃなくなったら、テッペイじゃない気さえする。


「で、ルリカさん、なにかあったん──」

「ミジュ、入るぞ」


 ミジュが言いかけると、シャワーを浴びたらしい拓真が、トレーにケーキをのせて入ってきた。

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