18.落ちるスケブ

 はぁはぁという荒い息遣い。

 これ以上はさすがにダメだと、ルリカはテッペイを押し返した。


「ストップ! もうおしまい!!」

「もういいじゃんかよ!! ヤろうぜ!!」


 矢日子山やびこやまでの一件以来、毎晩このやりとりが続いている。


「何度も言わさないでよ、もう」

「俺のジャックナイフセブンMAXボンバーの威力を知りたくねーってのか!」

「知りたくないわ!!」

「なんでだよーーーー!! 毎晩毎晩、生殺しかよチクショーーーー!!」


 落ち込んでいるテッペイの姿を見慣れてはいるが、やはりいつも胸は痛む。

 キスをさせ、胸を揉ませ、『そこから先はダメ』は可哀想だとは思っている。一応。


「なんでダメなんだよ? ホント、マジで教えてくれ!」

「……だって」

「だって?」


 テッペイはイケメンを顔に寄せてくる。ルリカはその視線から逃げるようにして、顔を逸らせた。


「テッペイは私のこと、好きじゃないじゃん」

「好き好き、好きだからヤらせてくれ!」


 まったく好きという気持ちがこもっていないその発言。イラッとしてしまうのは仕方のないことと言えよう。

 ルリカはテッペイを睨みながら、その軽さを確かめるように問いかけた。


「テッペイは、ミジュちゃんのことも好きでしょ?」

「おー、好き好き!」

「じゃあ結衣ちゃんは?」

「好き好き好き!」

「詩織さん」

「好きに決まってんだろ!」


 聞くんじゃなかったと、ルリカはこっそり息を吐く。

 最後の詩織だけは、テッペイの心がこもっていたような気がして。元彼女だけは軽くなかったことに、ショックを覚える。


「……全員好きなんじゃない」

「しょうがねーだろ、みんな好きなんだからよ。お前だって拓真好きだろ?」

「好きだけど……」

「一ノ瀬」

「好きだよ」

「大和さんとか雄大さん」

「うん、好き」

「ヒロヤに晴臣」

「いい子たちだよねー。好き」

「ほらみろ、俺と一緒じゃん!!」


 そう言われると、確かに全員好きと言ってしまった。もちろん、恋愛感情が伴った『好き』ではないが。

 だからこそ、テッペイのルリカに対する『好き』も、恋愛感情が伴っていないということだ。


「んじゃ、俺のことは?」


 ニヤニヤとしているテッペイ。

 こやつにだけは絶対に好きだとか言いたくない。調子に乗ってエッチしようと言うのは目に見えている。


「テッペイは……ビミョー」

「なんっでだよ?! 好きじゃねーのかよ!!」

「あんたのことを好きになる女の顔を見てみたいわ……」


 自分のことではあるが、詩織の存在も脳をかすめる。

 テッペイは、「俺を好きな女はこの世にゴマンといる」とうそぶいていて、ハイハイと適当に聞き流した。


「とにかく、合意のないエッチをしたりしたら、私はこの家を出ていくから。ルール違反ってことで、漫画の売り上げも二度と渡さないからね!」

「っくそー、足元みやがってー」


 悔しがるテッペイを放って、やれやれとソファから立ち上がった。

 仕事をするために自室に戻り、パチンと電気をつける。するとまたも本棚の前に、スケッチブックが落ちていた。


「なんで……」


 同じく自分の部屋に戻ろうとしていたテッペイが後ろを通り過ぎようとしていて、ルリカは手を取って引き止める。


「なんだよ? ヤる気になったのか?」

「違うの! ちょっと見て」

「ん?」


 テッペイにルリカの部屋を覗いてもらう。ざっと見回したテッペイは、首を捻った。


「どうかしたのか?」

「スケッチブックが、落ちてるの」

「あー、落ちてんな。で?」

「これで、もう七回目なんだよ!!」

「は?」

「テッペイ、私を驚かそうと思って、わざと置いてるんじゃないの?!」

「やってねーよ、そんなこと。裏手、工事してんじゃん。その振動かなんかで落ちてるだけじゃねー?」


 確かに、少し離れた場所で工事はしている。しかし、その振動がこんなところにまでくるだろうか。しかも毎回、スケッチブックだけを落とすなんてこと、可能なのだろうか。


「でもね、誰もいないのに、台所の蛇口がひねられて、水がポチョポチョ落ちてたりするんだよ!」

「きっちり締め忘れてるだけか、元が緩んでるだけだろ。今度直しといてやるって」

「……そう……かな……」


 確かに、そう言われるとルリカの気にし過ぎなのかもしれないと、納得はできる。しかし、なんとなく気持ち悪さが胸のどこかに残った。


「怖いなら、一緒に寝てやるけど? 料金はお前の体だけどな!」

「結構よ、一人で寝られるわ!」

「ちぇー」

「おやすみ、テッペイ」

「おー」


 テッペイはショボンとしながら自室に帰っていく。

 あの男のヤる気を、どこか他のことに使えないものだろうかと思いつつ、ルリカは仕事を始めた。その、数分後。


 う……う……


 いつものくぐもった男の声が聞こえてきた。すっかり慣れたルリカは、『今日もテッペイは元気だな』と思いながら、仕事をするのだった。

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