第26話 風の箱庭

 ロックホーンは坂を駆けてきた勢いを利用して体当たりをしていた。

 防いでも躱しても、過ぎ去った後はUターンをして再度攻撃を繰り返しているため、ウィル様達は体制を立て直しきれていない。


 前衛はが必死にそれを防ぎ、後衛をうまく守っているけど、ルーリー様達後衛がそれに対応しきれていない。

 位置取りを変える必要があったり、狙いを上手く定められなかったりで上手く攻撃できていないのだ。


 ロックホーンは三体いる数の利を活かし、山の上から下からと時間差で突進を仕掛けてきているのも嫌らしい。


 流れを変えるには……。


「わたくしがロックホーンの突進を一体ずつ止めます! その隙に前衛の方が張り付いて動きを止めて下さいっ! クレアはお二人を光の盾でサポートっ! その後は頼みますよ、ルーリー様っ」


 私はUターンを繰り返していたロックホーンの内、上り坂を走ってきている一体に向かってクイーンの時と同じ威力で風魔を放つ。

 上り坂と強風の威力によってロックホーンの突進を完全に止めることに成功する。


 そこに前衛の一人が駆けつけて、走り出せないように目の前に張り付いて足止めをする。。

 それを見たルーリー様はすぐさま詠唱を開始する。

 その後ろにはルーリー様を守るかのようにもう一人の前衛が駆けつける。


 その詠唱はウィンドカッターなどの下位の魔法に比べて長く、ゆっくりとした詠唱だ。

 下位の魔法では一撃でロックホーンを倒せないと判断して、恐らく中位の魔法を使うのだろう。

 魔力の消費量が下位の魔法とは何倍も違うけど、確実に数を減らす判断なんだろう。


 威力が高くなる魔法程リズムが難しく、詠唱自体にも魔力を乗せなくてはいけない。

 コツはゆっくりと詠唱をすることだ。

 もしかしたら精霊も準備が必要なのかもしれないね。


「前衛の方、離れて下さい!」


 ルーリー様の詠唱が完了する直前で私は叫んだ。

 中位の魔法は強力なため、巻き込まれないように。


「アクアストリーム!!」


 ルーリー様が魔法を発動させると、ロックホーンの足元から大量の水が発生し、竜巻のような形となって水が打ちあがる。

 その大きさは直径が二メートル、高さが四メートルくらいになるんだろうか。


 ロックホーンは水の流れに逆らえず、打ちあがってその体をバキバキに砕かれていた。

 えぐい。


 ようやく一体のロックホーンを倒すことに成功した。

 数が減れば戦況はよくなるだろうと少し安心した瞬間、ロックホーンが一体クレアの方に向かっているのが目に入ったっ!

 クレアの傍には今は誰もいないっ!


「クレアーッ!!」


 私は急いで風魔を放つ!

 今度は下り坂であるため、完全に勢いを殺すことはできず、私は思わず目を瞑ってしまって……。


 ガンと鈍い音が響いた後、ロックホーンの走り去る音がカカラッカカラッと響く。

 恐る恐る目を開けると、直径が六、七十センチの丸い盾であるラウンドシールドをしっかりと構え、無事に立っているクレアが目に飛び込んできた。


 よかった……。


「お姉様、ありがとうございますっ! でも次、来ます!」


「よくもクレアをやってくれたわねっ! 絶対に許さないんだからぁ!!」


「私、死んでませんっ!」


 すかさずUターンして上ってきたロックホーンに対して、さっきまでと同様に風魔で勢いを殺す。

 そして、私は後衛にも関わらずロックホーンに接近してその頭目掛けてダガーを振るう。


 私の攻撃なんていとも簡単に防がれてしまうけど、ロックホーンの動きは完全に止めたっ!

 それを確認した私はどこでもウィンドカッターを至近距離で首目掛けて発動する。

 魔力の消費は大きいけど、通常よりも切断力を高めた魔法はロックホーンの首をやすやすと断ち切った。


 うわっ、ちょっとエグい。

 解体の時みたいに覚悟を決めてなかったので、精神的にダメ―ジを受けた。

 やるな、ロックホーンめっ!


「ルーリー様っ!もう一体は、三人でお願いしますっ! ハナビス様は!?」


 ハナビス様を探す。

 ハナビス様はちょうどロックホーンと接触していて、一体を一人で倒してしまう所だった。

 もう一体のロックホーンから後衛から守りながらも。


 強い。

 以前から強いと思っていたけど、咄嗟の状況判断が必要な実践でもこれほどなんて。

 もしかしたらゲームでプレイヤーキャラ最強だったジョルジオ様と同じくらい強いんじゃないだろうか。


 ウィル様の部隊がようやく別の一体を倒す。

 このまま行けばハナビス様一人でも残りの一体は倒せそうだけど、迅速にウィル様の部隊がカバーに入った。

 これでこっちは片が付きそうだと考えていると、叫び声が上がる。


「きゃぁああー!」


 どこから叫び声が上がった!? ルーリー様は無事、もう一人の方も無事。

 それじゃあ?


 アニー様!?


 クイーンへ視線を向けると、角でバックラーごと吹き飛ばされているアニー様が目に入った。

 即座にスイフト様がカバーに入るも、アニー様より実力が劣るスイフト様では二合、角と打ち合わせるのが限界だった。


 スイフト様の剣はクイーンの角で弾き飛ばされる。

 そこにすかさず態勢を立て直したアニー様がスイフト様の前へ出てカバーする。


 私はその光景を見ながらも二人の元へ走り出していた。

 この距離だと中位の詠唱魔法では間に合わないし、狙いが逸れちゃうかもしれない。

 無詠唱魔法じゃこの距離で使うと威力が弱くなってしまってクイーンを傷つける所か気を引くこともできない。


「スイフト! あなたは一度下がってっ!」


 あぁ、やめてよ。


「ダメだっ! アニー一人を危険な目に合わせたりしないっ!」


 聞きたくないよ。


「あなたは私が守るって、言ったでしょう!!」


 知りたくないよ。


「バディは二人で一人だっ! どちらかが守られる立場なんかじゃないっ!!」


 走っている足に力が入らなくて、転びそうになる。


 急に息が苦しくなる。


 それでも、目の前の光景は無常にも流れていく。


「わからずやっ!」


 そう叫んでアニー様がクイーンの角を剣で弾き、体当たりをバックラーでいなそうとするけど、アニー様はまた体制を崩されてしまう。


 報われないなら、結果がわかりきっているなら、私は止まってもいいんじゃない?


「わからずやはどっちだっ! 僕達はバディなんだっ!」


 アニー様を体当たりで体制を崩すと、クイーンは突進するために坂を駆け上がり、反転して突進を開始する。


 わかんない……。

 わかんないよ……。

 私、どうしたら……。


 今度はスイフト様がカバーに入り、クイーンの攻撃を受ける。

 角の一撃はなんとか回避したものの、スイフト様はクイーンの体当たりを食らってしまう。

 クレアのホーリーシールドの効果か、痛みはあっても動けない程のダメージは受けていない。


「あなたは、部隊のリーダーなのよっ!」


 今度はアニー様がUターンしてきたクイーンの突進を食らってしまう。


 さらに、クイーンが何度目かわからない突進を開始する。

 二人のホーリーシールドの効果は切れているはず。

 二人はまだ態勢を立て直しきれていない。


「させませんっ! お姉様っ!」


 クレアが間一髪、光の盾を多重に展開してクイーンの進路を強引に変えさせる。

 その程度でクイーンが諦めることもなく、またUターンをして二人に襲い掛かろうとしていた。


 クイーンは先程のように光の盾では防がれないよう、地面を引っかくように蹴り付け、下り坂を渾身の力を込めて駆け出す。




 嫌だ、嫌だなぁ……。




 何が?




 また失恋するのが?




 誰かに必要とされなくなるのが?




 ……。




 違う、違うよ!




 二人が傷つくのがっ!




 二人を失ってしまうのがっ!




 怖いんだっ! 嫌なんだっ!




 辛いよ、心が痛いよっ!




 それでも。




 それでも!




 それでも!!



 二人は私の大事な友達なんだっ!!




 力が抜けそうになる足に気合いを入れて、私は思いっきり走る。


 全力で走りながら詠唱魔法は使えないし、ウィンドカッターくらいじゃクイーンは止まらない。


 中位の魔法が必要だ。だけど、走りながらじゃうまく詠唱ができない。


 無詠唱魔法を使うしかないけど、威力のある魔法は射程がそれほど長くない。


 距離が遠ければ遠いほど、発動距離に魔力を使ってしまって、威力が下がってしまう。


 だから。




 間に合え! 間に合え!



「あぁぁああああああああああ!!!」



 届け! 届け!



「行っけぇぇええええええ!!」



 クイーンの角が二人を襲う直前に、私は全力で無詠唱魔法を解き放つ。




エアァァーズ ガーデン風の箱庭!!」

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