いつか戸惑うその時に

そうざ

Before You Get Confused Someday

「赤ちゃんはどうやって生まれるの?」

 遂に来たか――父は戸惑いながらも平静を装った。小学校に上がったばかりだというのに、もうそんな疑問を持つのか。最近の子は末恐ろしい。

「どうしてそんな事を訊くんだい?」

「友達が噂してたから」

「どんな噂?」

「赤ちゃんは闇の組織が人間工場で大量生産してるんだって」

 陰謀論という奴か――昨今は玉石混交の情報が氾濫しているから、大人の責任で正しい知識を与えなければならない。昔のように、自然に判る日が来るなどと悠長な事は言って居られない。

 それにしても、自分の幼少期を思い返せば、結婚したら自然に出来るとか、キスをしたら出来るとか、周りの子が思っている事を案外、素直に信じていたものだ。

「闇の組織なんて存在しないよ。人間工場もない。赤ちゃんはね、こうのとりさんが運んで――」

「お父さん、それは偽物フェイク情報だよ」

 そりゃそうか――今時、こんな誤魔化しが通用する筈もない。

「じゃあ、本当の事を教えよう」

「教えてっ」

「受精卵が子宮内膜の表面に着床した後、胎盤を通じて母体から栄養や酸素の供給を受け――」

「ストップ」

 息子が冷めた声を上げた。

 父は完全に停止した。

 一般家庭のリビングをイメージした空間も忽ち消え失せ、研究者達が蒼褪めた顔での所に駆け付けた。

「機転が利かないにも程がある。根本からやり直せ」

 一斉に恐れ入る研究者達を残し、息子役はラボを後にした。

 抜き打ち検分をした途端、この有様だ。完全なる国民統制への道は険しいと言わざるを得ない。

「斬新且つユーモアに富み、でありながら高度な信憑性を有した印象操作とは……」

 自問自答しながら歩く長い廊下の窓から、優生保育事業団の団旗と帝国の国旗とが並んで翻っているのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか戸惑うその時に そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説