第4話

 川がオレンジ色を帯びる頃、僕たちは着替えて、来た道を戻った。集合場所まで戻ると詩織たちを乗せてきたワゴン車が停まっているのが見える。彼女たちを迎えに来たのだろう。隣を歩いていた詩織が呟いた。

「今日は楽しかったわ。なんだか子どもの頃に戻ったみたい」

「ああ。川遊びなんて、中学以来か」

「そうね。たまにはこういうのも、いいかもしれない。それに気付けたのは、立花さんがきっかけをくださったおかげね」

 当の立花は仲村さんと話し込んでいる。お互いにスマートフォンを出しているので、連絡先の交換でもしているのだろう。

「じゃあ、女性陣は私が責任を持ってお送りするから」

「そうか。今日はありがとう」

「修一くんの頼みだもの。また何かあったら私のことを頼ってくれたら、嬉しいな」

「ああ。頼りにしてる」

 詩織は僕の言葉に笑顔で答えて、仲村さんと森さんに「送るから」と言って車へ乗るように促した。和樹も、ちゃっかり一緒らしい。四人が乗り込んだら、車はエンジンをかけてゆっくり動き出す。詩織は窓から身体を乗り出して、こちらに手を振ってきた。僕と立花はそれに応える。そのうち、車は見えなくなった。

「じゃあ帰りましょうか」

 僕たちは家へ向かって自転車をこぎ出した。

 家に着いた頃には、すっかり日が暮れてしまった。自転車を片付けていたら、母さんが母屋から出てくる。

「おかえりなさい」

「母さん、ただいま」

 立花も頭を下げた。

「二人とも身体が冷えているでしょ。母屋のお風呂を沸かしておいたから、入っちゃいなさい。その間に晩ごはんの準備をしておくから」

「わかった。父さんは?」

「今日は仕事のお付き合いで遅くなるって言ってたけど。何かあるの?」

「いや」

「じゃあ、タオルを用意させるわね」

 母さんが誰か呼びにいこうとしたら、立花は「あの」と言って呼び止める。

「私はちょっとやらないといけないことがあるので、お風呂は離れの方で頂きます」

「あらそう、わかりました。じゃあ、修一の分だけにしておきますね」

「僕もいいよ」

「何言ってるの。もう沸かしちゃったんだから、もったいないじゃない。あなたは入って。でも、立花さん。ごはんはお呼びしても、よろしいかしら」

「はい。そこまで時間はかからないと思いますので」

「良かった」

 話が終わると、立花は離れの方へ帰っていった。母さんは通りかかったお妙さんにタオルの用意を指示する。僕は仕方なく母屋の風呂へ行った。

 風呂から上がって、茶の間に向かうと立花が待っていた。お妙さんは僕が来たことを確認して、ごはんと汁物を茶碗によそう。準備が整って「いただきます」をしたら、僕たちは箸を取って食事を始めた。

 立花も疲れているのだろう。あまり会話もなく、もくもくと食べている。僕はテーブル越しに彼へ話し掛けた。

「そうだ、立花さん」

「なんだい」

「ちょっと今日の荷物の片付けがあるんで、手伝ってもらっていいですか」

「もちろん」

「じゃあ、食事が終わったら、お願いします」

 僕たちは食事を終えてから、自転車置場においていた荷物を片付けた。荷物の中には僕の部屋へしまうものがあったので、一緒に運んでもらう。僕はお礼とばかりに立花へお茶を差し出す。

「今日はありがとう」立花はそう言いながら茶碗を受け取った。

「いえいえ。何か参考になりましたか」

「やっぱり地元の人の話を聞けたのが、一番良かったよ」

 立花はそう言うが、最初から最後まで仲村さんが付きっきりだった。社交辞令なのだろうか。それとも彼女との話がそれほど有益だったとでも言うのだろうか。

「そうですか。それは良かったです。仲村さんとは、ずいぶん仲良くなったみたいですね」

「ああ。彼女、看護師の勉強で一度美那郷を出ているんだ。外に出たことがある人の目で、ここがどう見えるかっていう話も面白くてね」

 ここは都会の人から見たら、そんなに面白いものなのだろうか。そうとは到底思えない。公共の交通期間は、ほとんど役立たず。商店街の店には時代に取り残されたような商品しか置いてない。病院だって小さな診療所だけだ。住んでいる人間からしたら、都会の方がよっぽど魅力的に見える。

「どうしてそんなに美那郷のことを知りたいんですか」

「んー。短い間だけしかいないけど、ここが気に入ったんだ。それにここには、その土地に根差した魅力がある」

「そんなもの、ありますか?」僕は尋ねる。

「ああ。地元の人がやっているお店がきちんと成り立っているからね。しかも、ユニークだ。見せ方は工夫した方がいいだろうけど。大手のチェーン店とショッピングモールばかりで地元のお店が全滅しているところよりは、希望が持てる」

「僕はショッピングモールがあった方がいいですけどね」

「まあ、そうだよね。ショッピングモールが地域を活性化させることもあるのは事実だ。ただ上手く付き合い方を考えなきゃいけないって思うんだ」

「へぇ。いつもそんなことを考えてるんですか」

「僕は公務員だからね。地域をどう活性化させるかを考えるのは、職業病みたいなもんだよ。そもそも物事の構造を考えるのが好きっていうのもあるけど」

 立花がこんなことを考えていただなんて意外だ。いつもへらへらして、何にも考えてなさそうだと思っていた。都会の人間特有の無自覚な上から目線は感じるが、面白いと思えるところもある。

「僕、そんな風に考えたことがなかったです。けど、面白いですね」

「だろ。まあ、修一くんは頭が良いから、その気になれば僕よりも、もっと面白いことを思い付くんじゃないかな。大学も良いところを狙ってるんだろ」

「そうですね。これまで進路なんて偏差値くらいしか参考にしてなかったですが、何を勉強できるかも大切ですね」

「そうだね」

「ところで、僕。立花さんに聞きたいことがあるんですけど。良いですか」

「いいよ。何だい?」

「ミツアキって誰ですか」

 何かが落ちる音がした。

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