BIT下の遺址

藤間 保典

第1話

 カラーコードをそのまま適用した壁紙は画素数が少ないこともあって、素人がペンキをベタ塗りしたかのような色合いだ。入口であるウェブバナーの下には「ようこそいらっしゃいませ」という文字が流れ、ページへの訪問者数を数えるカウンターの数字が一つ増えた。今の時代にはないセンスのデザインだ。思わず息が漏れる。

 ああ、素晴らしい。これぞ二十世紀のホームページっていうヤツだ。目の前にある風景に、私が生きているのが二十六世紀だということをつい忘れそうになってしまう。

 形式ばかり重んじる輩は「当時の様式に従ってデスクトップで鑑賞するのが本道だ」という。

 しかし、私のようにVR機器を使ってサイバーネットワークに入ってみたまえ。ひとつのページがひとつの部屋になり、そこにある文章や絵は壁に立て掛けかれた書画のように眺めることができる。

 この臨場感こそ至高だ。机上での言葉遊びにかまけて、現場を一顧だにしない象牙の塔の無粋な住人にはわからないのだろう。

 それにしても、何で私は二十世紀に生まれなかったんだろうか。現代のネット世界は匂いや味も感じることができる。見えるものや聞こえる音も、まるで実際にそこにあるかのようだ。システムが表示する「あなたはサイバーネットワークにログイン中です。現実ではありませんのでご注意ください」というメッセージがなければ、どちらの世界にいるのかわからない。

 つまり、現実の延長上と大差ない。しかし、二十世紀のネットはあからさまに人が作った世界だとわかる。私は人工的に作られたこの世界の方にむしろ親近感を覚えるのだ。

 今のサイバー世界は、AIが全て作っているからだろうか。いくら洗練されたデザインであるとしても、画一的な工業製品の器のように味気なく思えてしまう。

 一方で、人が作ったものはデジタルなものでも人間味があるような気がする。もったいぶった改行やハリボテのような画像など、ちょっと不合理さがあるくらいが味わいを感じさせる。機能性を無視したそれらは、まるで芸術品だ。

 いや、もしかしたら当時の人々はむしろそれを意図したのかもしれない。だとしたら、私はその空気の中で呼吸をしていたかった。この時代に生まれたことが、悔やまれる。

 それにしても、ああ。何故、世の中の人間たちは、この魅力がわからないのだろうか。彼らにとって、これらの宝物はよくわからない古い遺跡と同じに見えるらしい。

 娯楽のために有名なものを表面的に触れるだけで、何かを知ったような気でいる。だが、彼らが接しているのはエジプトのピラミッドやギリシャのパルテノン神殿のようなものだ。

 それだけ知っていても、エジプト文明やギリシャ文明のことなど表面の皮をさらっと撫でた程度にしかわからない。

 とはいえ、彼らを責めるのは酷というものだ。観光化されているものであればまだしも、研究中の古代の建造物に一般人は触れられない。

 この二十世紀のホームページも同じだ。いや、建造物よりもさらに細心な注意が必要になる。

 なにしろデータは簡単に上書きされてしまう。何も知らない素人に触らせたら、勝手にデータの更新をしてしまうかもしれないのだ。

 ああ、考えただけで恐ろしい。この貴重な遺産が、扱い方を知らない人間の不用意さで、復元できないような状態にされてしまったら。想像しただけで背筋に冷たいものが走る。頭を抱えていると、背後から少年のような声が私を呼ぶ。

「教授、何をしているんですか」

 声のする方を向くと宙に青い色をしたアニメ絵のイルカがふわふわ浮かんでいた。新人だろうか。私は彼に尋ねる。

「君は誰だね?」

「はじめまして。僕は本日の探索をお手伝いさせて頂く、アシスタント・プログラムのミケナです」

「では、ミケナくん。静かにしてくれないかね。私は恐れおののいているのだよ。アシスタント・プログラムの君にはわからないかもしれないが」

「はぁ? 確かに僕にはさっぱり何のことかわかりませんけど。それはアシスタント・プログラムであるからではないような気がします」

「ああ、そのこちらの憂いなど素知らぬような物言い。やはりアシスタント・プログラムはそうでなくては。実に二十世紀らしい」

 ミケナくんは小さな声で呟く。

「変な人だな。実際には学位もない野良の民間研究者の癖に、自分のことを教授って呼ばせたり」

「ミケナくん、聞こえているよ。陰口は本人のいないところで言いなさい」

「はーい」

 彼は私のことを馬鹿にするような返事をする。所詮、人間の感情を模倣しただけの存在の癖に。最新型だけあって、擬装の水準が高いのが忌々しい。

 だが、研究文献によれば、二十世紀の人々は当時強勢を誇っていたOSでコンピューターを使う時にイルカのアシスタント・プログラムに苦しめられたという。

 ユーザーの言葉にとんちんかんな返事をしたり、操作の邪魔になる場所に現れたり。当時の人々がその無能さを嘆く記録は多数存在する。

 奇しくも二十世紀に作られたサイバー空間で、同じ思いができるなんて。首筋を心地よい刺激が駆け上がって来る。ああ、外見をわざわざイルカにした甲斐があったというものだ。

 ここで、当時使われていたと言われている言葉をミケナくんに言ってみたい。だが、これから調査をしなくてはいけないというのに、支障が出ては困る。きっとチャンスはそのうちあるハズだ。それまでごちそうはお預けとしておこう。

 僕は咳払いをすると、ミケナくんの方を向いた。

「さて。それでは探索をはじめようではないか」

「はい。今回はどのような調査を予定されているのですか」

「二十世紀の文化に関する素材の収集だ。特にアプル氏の祖先にあたる人物をターゲットにしている」

「アプル氏と言えば、最近人気の政治家ですよね。清廉潔白で、次の地球大統領の最有力候補ってウワサされている。大丈夫なんですか、それ」

「ミケナくんの懸念はわかる。だがね、そういう著名な人物をテーマにしないと調査費が出ないのだよ。普通の人間は五世紀以上も前の遺物に興味などない」

「うわ、身も蓋もない。けど、その通りですね」

 真に崇高なるものの価値のわからない存在に何を言われても腹は立たない。そう、大切なのは私にとって意味のあるものが得られるかどうかだ。過程においてどう謗られようとも、それは些事に過ぎない。

「で、アプル氏の祖先が運営していたホームページというものがあるらしい。それを探すのだ」

「サイバーネットワークに存在するんですよね。じゃあ、普通に検索をかけたら見つかるんじゃないですか」

 私はため息をつく。

「ミケナくん。我々がサイバーネットワークを利用するようになって、何年だね?」

「二十世紀半ばに起源があると言われていますから、そろそろ六百年ですかね」

「そう。その間、人類は膨大な量のデータを創造して来た。六百年も前のデータなど、深海の底にあるようなものだ」

「なるほど」

「一応、やってはみたがね。ダメだった。アプル氏の祖先は当時一般人だったからね。そこで、当時の文化に詳しい私の出番という訳だ」

「わかりました。ちなみに、目処はついているんですか」

「もちろん。私を誰だと思っているのかね。伊達に教授は名乗っておらんよ。それがこのサイトだ」

 ミケナくんが両ヒレで拍手をする。このプログラムにも、ちょっとは私の偉大さというものが伝わったようだ。

「ちなみに、ここはどういうところなんでしょうか」

「当時、人気のあった交流サイトだ。人の行方を探す時には、人が集まっているところを調べるのがやはり近道」

 ミケナくんはこちらを見ずにホームページ上に書かれた文章を読んでいる。人の話を聞かないアシスタントだ。彼は気のなさそうな相づちを打つ。

「そうなんですか。にしても、当時は一般人も日記を書いて、ウェブ上に公開していたんですね。別にお金が得られる訳でもないのに。変わった人たちだ」

「ふむ。それはこのサイトを使っていた民族が、日記を書く習慣があったのだろう。古いものでは、八世紀に書かれた貴族の日記が残っている」

「そんな昔のものが。でも、貴族の日記ならまだしも、一般人の日記なんて価値があるものなのでしょうか」

 やはり所詮はプログラム。表面的な価値でしか、物事を評価できないようだ。私は解説をしてやる。

「一般人の日記も歴史的資料としては十分に価値がある。当時の暮らしや価値観がどんなものだったのかを伺い知るにはこれ以上の資料はない」

「ふぅん。これを書いている人たちは、後の時代の人がそんな風に読むとは思っていないでしょうけど」

「歴史を刻んでいるのは偉人だけではなく、その時代に生きる全ての人なのだ。偉人と呼ばれる人間はたまたま後世に名前を遺した存在に過ぎない」

「おおっ。名言っぽいことを言いますね、教授」

 ミケナくんもちょっとはものがわかるらしい。彼のような存在にも引っ掛かる文言なら、一般受けも良さそうだ。今度、論文を書く時に前書きにでもいれてみよう。私は忘れないように記録を取っておく。

 メモを済ませると、私も調査をはじめる。事前にアプル氏の先祖がこの交流サイトで名乗っていた名前は確認済みだ。残念ながら本人のアカウントは削除され、データも残っていない。

 だが、交遊範囲はある程度推察ができている。候補になっている人々が残した記録の中にアプル氏の先祖の名前がないかを調べていく。

 にしても、日々、記録を遺している彼らの忍耐力には頭が下がる。ひとつひとつの文章はそれほど長い訳ではないが、その量は膨大だ。

 その結果、このページは相当な高さの壁のようになっている。サイバーネットワーク上では重力を無視できる分、労力が少なくて済むのがせめてもの救いだ。

 私が二十世紀の文化に興味がない人間ならば、とっくに音をあげているに違いない。私以上に適任の人材はこの世界にはいないだろう。

 黙々と文字と向き合い、数週間が経っただろうか。それが私の目に入った時、一度はそのまま読み流した。だが、脳が間違い探しの答えを見つけた時と同じ反応をしたのだ。その感覚に従い、私はもう一度それを確認する。

「見つけた」

 私は思わず叫んだ。ミケナくんが私の元に飛んで来る。

「何かあったんですか」

「ああ、これだ」

 私が指差した先には、アプル氏の先祖がここで使っていたであろう名前が記されている。ミケナくんはそれを見て、宙返りをした。

「これって、探していたものですよね。しかも、ハイパーリンクが張ってある」

 記載されているURLはこのサービスのアドレスではない。外部のホームページのものだ。ということは、目的のホームページだろうか。ミケナくんが私を急かす。

「早速アクセスしてみましょうよ、教授」

 私はうなずき、リンクを開いた。だが、表示されたのは「404 Not Found」の文字だった。思わずため息が漏れる。ミケナくんがぼそっと言った。

「ダメでしたね」

「いや、まだ諦めるのは早い。このページのアーカイブがないかを調べよう」

「アーカイブ、ですか」

「そうだ。有志の人間が過去にあったページを保存しているサービスがある。元のページが削除されていても、そこを調べれば出てくるかもしれん」

「調べるって、どうやって?」

「さっき見つけたURLを入力すれば良い」

「なるほど」

「オリジナルのページに比べれば、資料的な価値は下がるがやむを得まい。写しでも確認できないよりはマシだ」

「わかりました。では、僕の方でアーカイブにアクセスしてみますね」

 ミケナくんは私が教えたサービスに、遺されたURLを入力する。アーカイブが検索をはじめたことを示す文字が現れた。

 私たちは息を飲み、画面をじっと見つめる。すぐに「見つかりませんでした」という表示が出なかったのは、とりあえず良い兆候と考えよう。だが、時間をかけた果てに何も見つからなかったら。

 いや、六百年以上も前のデータだ。探すのに時間がかかるのは当然だろう。むしろ、この時間は人類がサイバーネットワーク上に積み重ねてきた歴史の重みを意味しているのだ。

 どのくらい待っただろうか。数時間は経った気がする。突然、真っ白なページが表示された。六百年分という膨大なデータの海に挑戦するのは、やはり無謀だったということか。

 いや、諦めるのはまだ早い。ロードに時間がかかっている可能性だってある。私がじっと見つめていると画面の中心に小さな文字が現れた。

「移転しました。新しいホームページはこちらです」

 その下には新たなURLが記載されている。なんと言うことだ。失われているかもしれないと思っていたオリジナルに私たちはアクセスできるかもしれない。

 私は震える指でそのリンクを開く。すると画面が切り替わって、違うページに飛ばされた。私の口から言葉がこぼれる。

「ミケナくん、私たちは見つけてしまったようだ」

 私が彼を見ると、その瞳が潤んでいるようにみえた。

「教授、やりましたね」

 アシスタント・プログラムの癖に感動しているのだろうか。彼のことを誤解していたのかもしれない。私は彼に指示を出す。

「まだ喜ぶのは早い。このホームページの所有者が誰なのかを調べなくては」

「そうですね。確認します」

 ミケナくんはこのページに遺された痕跡を集めて、データの照会を始めた。少し時間がかかりそうだ。私は遺構の保存状況を確認するために、ひとつひとつページを確認していこう。意気込んで吸い込んだ空気に二十世紀の痕跡を感じたのは気のせいであろうか。

 ホームページはアースカラーを基調とした落ち着いたデザインだった。メインページの他にはこのページの所有者の自己紹介と、日々のことを綴られた日記、本人が描いたと思われる絵や文章で構成されている。いくつかの作品は二十世紀のこの地域で流行ったアニメの特徴を備えているようだ。

 いわゆるファンサイトというものだろう。似たような人物を描いたものを他の遺構でも見たことがあるので、当時の人気作品だったのかもしれない。

 それにしても、保存状態が良い。この年代のサイトであれば、たとえメインページが残っていても、欠落したページがあるものだ。しかし、このページにはそれがほとんどない。

 他のページへのリンクを集めているページで、先につながっていないものがいくつかあるくらいだ。それとて、このホームページの価値を下げるものではない。

 ツタンカーメン王の墓を見つけたカーター氏も同じような気持ちであったのだろうか。彼もまた世紀の発見をした実務家であった。高等教育は受けていないが、遺跡発掘現場でその才覚を見いだされたと伝わっている。学位があるだけで偉そうな象牙の塔の住民ではない。だからだろうか。おこがましいとは感じながらも、カーター氏と自分を重ねてしまう。

 感慨に耽っていると、野暮ったい声が私を呼ぶ。ミケナくんだ。彼は電子の海を泳ぐようにこちらへ近付いて来る。

「勝手にどっか行かないでくださいよ。探すのが大変なんですから」

「うむ。で、どうだった?」

「いくつか入手できた情報を元に照会をかけたところ、アプル氏の先祖である人物がこのホームページの所有者であることが確認できました」

「おお、そうか。素晴らしい」

「これでミッション完了ですね。ところで、僕にもページを見させて頂いても良いですか。なかなか見られるものでもないでしょうから」

 このページを発見できたのは彼のお陰もある。勝手にうろつかれて、この保存状態を崩される訳にもいかない。

「そうだな。私が一通り確認しておいたので、案内しよう」

「やったぁ」

 飛び上がるミケナくんを連れて、まずは自己紹介のページへ行く。彼はそのページにかかれた肖像画らしきイラストや文章を読む。

「教授、何で自己紹介のページがあるんですか」

「ふむ。ホームページとは読んで字のごとく、サイバーネットワークにおける個人の活動拠点だった。家には表札も必要だろう?」

「けど、最近は表札を付けている家の方が少ないですよね。セキュリティとか考えないんでしょうか」

「一般の人々がサイバーネットワークに進出し始めた時期だ。そういう意識が根付いていなかったのだろう。以前、ウイルスに感染したページもあったな」

 ミケナくんは突然、バタバタと宙を泳ぎはじめる。

「ひぇ。サイバー空間とはいえ、危険もあるんですね」

「過去のウィルスに感染するということはないだろうが」

 とはいえ、古いプログラムが現代のものに思ってもいないような悪さをする可能性がない訳ではない。そんなことが起きたら、ツタンカーメンの呪いだな。私は思わず噴き出してしまった。

「何ですか、急に笑って。って、あれ?」

 ミケナくんが首をひねっている。何かあったのだろうか。

「どうしたんだね?」

「いや、何かおかしいんですよ」

「何が?」

「別の場所にリンクがつながっているような痕跡があるんです」

 私はページを見渡すが、あるのは「戻る」ボタンだけだ。

「メインページに戻るボタンのことを言っているのかね」

「いえ、もうひとつあるんです」

「どこに?」

「うーん、ちょっと待ってください」

 ミケナくんが操作をすると、ベージュ色の壁だと思っていた部分の一部に文字が浮かびあがってきた。壁紙と文字を同じ色にすることで、リンクを隠していたのだろう。まるで隠し部屋だ。彼は私に尋ねる。

「これ、何でしょう?」

「わからない。とりあえずアクセスしてみよう」

 リンクをたどると私たちは真っ黒なページに飛ばされた。紫や紺など全体的に使われている配色が暗い。中央に赤い字で文章が書かれている。

「ようこそ、秘密の部屋へ。ですが、先に進むためには暗号を入力して頂く必要があります」

 その下には黒い丸で文字を潰したURLが書かれている。黒丸の部分に暗号を入れれば、先に進めるということだろう。だが、書かれているのはそれだけだ。ヒントになりそうなものは、文字数くらいしかない。

 ヒントは他のページに隠されているのだろうか。一応、一通り見た限りではそれらしきものはなかった。しかし、この部屋に入るための仕掛けと似たようなものが仕込まれていた可能性は十分にある。私はミケナくんの顔を見た。

「他のページに何か手掛かりがあるかもしれない。全てチェックだ」

「はい」

 それから私とミケナくんは、ホームページの隅から隅までチェックした。だが、それらしきものは痕跡すら見つからなかった。全て揃っていると思っていたが、実際には失われているページがあるのだろうか。だとしたら、カギを開くことはできない。

 文字数がわかっているのだから、それらしき単語を総当たりで入れてみるのもひとつの手段ではある。だが、黒丸の数が暗号の文字数と同じという保証はない。もし、違ったらお手上げだ。

 しかし、誰にもわからない暗号を設置するものだろうか。何を隠しているのかわからないが、わざわざサイバーネットワークに上げているということは誰かに見てもらいたいものだろう。

 だとしたら、どこかにヒントを残している気がしてならない。私たちは今一度、真っ黒なページに戻った。

 全体的にこのホームページを見て、気が付いたことがある。ここの主人はある程度、HTMLの知識がある人間のようだ。それならば、暗号の隠し方もいくつか方法がある。私はミケナくんに言った。

「ミケナくん、このページのソースを確認してくれ」

「えっ、わかりました」

 ミケナくんが驚くのも無理はない。現代では、サイバー空間でソースを見る人間なんてほとんどいないからだ。一般人はその存在を知っているかすら怪しい。

「開きます」

 ミケナくんの言葉の後、空間に新しいウィンドウが開く。中身はこのページのソースだ。素人が見てもわからない文字列が並んでいる。だが、私はその中にひとつの言葉を見つけた。ホームページには表示されない部分に刻まれていたのは創造主がカギを追い求める人に与えた啓示だ。

 そこにはこう書かれていた。初代の第一期、オープニング曲。初代とは何か。それはこのホームページを見れば、アプル氏の祖先がご執心であったアニメのことだろう。その一番最初に使われていたオープニング曲の名前こそが、秘密の扉のカギに違いない。

 私はミケナくんに調べさせた結果を入力して、ボタンを押す。さて、どうだ。

 私がじっと画面を見ていると、新しいページが現れる。思わず右手を握り込んでしまう。創造主との知恵比べに勝ち、私はついに栄光を得たのだ。

 さて、この隠された部屋には何があるのだろうか。私はミケナくんを伴って、ページに置かれているものを確認していくうちに言葉を失った。

 そこにあったのは、現代では法に触れるものばかりだった。なんということだろう。あの清廉潔白さが売りのアプル氏の祖先がこんなことに手を染めていたなんて。私は震えが止まらなくなった。

「ははは。素晴らしいスキャンダルだ。さて、誰が売れば一番高く売れるだろうか」

 隣にいたミケナくんは飛び上がって、私に尋ねる。

「何を言っているんですか、教授。ここにあるものは、確かに現代ではコンプライアンス上、問題があるものです。けど、書かれた当時はどうなんでしょう」

「ふむ、違法とはいえないだろうね」

「だったら、それをスキャンダルとして扱うのはおかしいです。教授は研究者なんですから、時代背景を踏まえて物事を見るべきではないですか」

 ミケナくんは真面目な顔でこちらを見つめている。私も若い頃はこんな目をしていただろうか。確かに彼の言うことにも一理ある。私はミケナくんの肩を叩く。

「そんなことはどうでも良いのだよ。人々は今の価値観で過去の人間を断罪する。その時代の常識に飲まれた時、本当にそう行動できるのかを考えもせずに」

 例えば、世の中が戦争に突き進んでいる時にどれだけの人間が抗議の声をあげられるだろうか。戦争に賛成するのが当たり前。そんな空気の中で違和感を口にすれば、社会から総攻撃を受けることになるだろう。それでも声をあげられる勇気のある人間は一握りだ。しかし、後世の人間たちはそんな事情などお構い無しに非難をする。

「そこまでわかっているのに。何故なんですか、教授」

「私は研究が続けられれば良いのだよ。そのためにはより多くの資金が必要だ」

「だからといって、罪のない人の人生を無茶苦茶にして良いんですか」

 ミケナくんの言葉に私はお手上げのポーズで答える。

「価値あるものを得るには、多少の犠牲も仕方ない。それに罪はあるだろう。だから、隠していた。完璧なストーリーじゃないか」

「意図的なミスリードは扇動家のやることです。研究者のやることじゃない」

 私は笑いがこらえられない。

「そんな言葉、もう慣れてしまった。今さら何も感じないねぇ」

「まさか。あなた、他にも同じようなことを」

「いや、私は学会での私自身の扱いのことを言っているのだよ。博士号を持っているだけの木偶の坊どもにひがまれてね」

「本当ですか。誤魔化そうとしていませんよね?」

 私はため息をつく。どうやらわかってもらえないようだ。所詮、彼もアシスタント・プログラムという訳か。融通がきかない。そろそろ潮時だろうか。私はメガネのブリッジを人差し指で押す。

「ところで、ミケナくん。教えて欲しいことがあるのだが良いかね」

「なんでしょう? まだ話の途中ですけど」

「君の存在を消す方法を教えて欲しい。今回の探索の記録が残らない方式で、ね」

「なっ」

 アシスタント・プログラムは違法でなければ、人間の要望に答えなくてはならない。それは例え、自分の機能を停止する方法であってもだ。二十世紀でも、役立たずのアシスタント・プログラムに使った方法らしい。

 彼は苦しそうな顔をしながらも、その手順を教えてくれた。何か抵抗したいようだが、無駄だ。私が彼の言った通りにすると、彼の存在はサイバー空間から消えた。

 これで私の崇高なる使命を邪魔するものはいなくなった。この後はどうしようか。

 このスキャンダルはアプル氏の政敵に売る。最初はそれが良いかと思ったが、アプル氏自身に売った方が高く売れるかもしれない。政敵に売った場合、取引は一回で終わりだ。

 しかし、アプル氏が相手ならこちらがミスをしない限り、何度でも搾り取れる。彼が実際に世界大統領になれば、金以外にも便宜を図らせることができるかもしれない。

 考えただけで、胸の高鳴りが激しくなっていく。さて、これからが楽しみだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

BIT下の遺址 藤間 保典 @george-fujima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る