十九 魔法

 うがちゃんが、町中一の視線と言葉に反応するようにビクビクと体を震わせながら、妖精女王の背中にしがみ付いている手に力を込める。




「ちょっと。いい加減にやめてあげて。この子が怯えてる」




 妖精女王が、うがちゃんを、町中一の視線や言葉から守るように、抱き締めると、町中一を睨むように見た。




「変態〜変態〜」


 


 チーちゃんが嬉しそうに言う。




「う、う、うがが。うがうがうが」




 うがちゃんが、何かを必死に訴えるように、町中一の方を見て言った。




「なんて言っているんだ?」




「詳しくは、分からないんだけど、たぶん、怯えてないとかって言ってるんだと思う。この子は、そういう子だから」




 妖精女王が優しい目をうがちゃんに向けた。うがちゃんがその視線を受けて、怯えていながらも、それを隠すように、笑みを顔に浮かべる。




「詳しくは分からないって、この子が何を言っているのかは分からないって事か?」




「うん。この女王も、この森にも、この子が何を言ってるのかを、ちゃんと理解できる者は一人もいない。まあ、それなりに付き合いも長いから、なんとなくは分かるんだけど」




「チーちゃん達にも分からない~」




「そうか」




 町中一は、うがちゃんの顔を見つめて、言葉を返してから、そうだ。魔法。魔法で、この子を喋るようにできるんじゃないか? と思う。




「なあ、俺は、女神様に魔法を使えるようにしてもらったんだ。それでなんとかならないかな?」




「どういう事?」




「この子が話をできるように、できないかなって事だ」




「魔法で?」




「うん。女神様の言っていた感じと、実際に使ってみた感じだと、なんでもできそうな気がするんだよな」




 町中一の方を向いていた妖精女王が、うがちゃんの方に顔の向きを戻す。




「君は、皆と話ができたら嬉しい? 言葉を話せるようになりたい?」




「うがうがうがうがががが。うがうがうがうがうが」




 うがちゃんが必死な様子で、何度も何度も何度も頷きながら言った。




「おいおい。まだできるかは、分かんないんだぞ。あんまり、期待はするなよ」




 町中一の言葉を聞いたうがちゃんが、うがうがうがうがうが。と言って勢い良く何度も頷く。




「ねえ、そんな事言ってないで、早くやってみてよ。この子も良いって言ってるし、やってみて駄目だったら駄目でしょうがないんだから」




「やれーやれー」




「そうだな。取り敢えず、やってみよう」




 町中一は、小声で、女神様。大大大大大好きです! うがちゃん。言葉を話せるようになれ。と言おうとしたが、ふいんっと、不意に、ななさんが目の前に飛んで来たので、言葉を飲み込んでしまった。




「どうした?」




「あんたん達。待ってぇん。本当にそれで良いのぉん。自分で努力して言葉を話せるようになるかも知れないじゃないぃん。それを魔法なんかでやっちゃって良いのぉん」




「あのなあ。本人も良いって言っているんだぞ。しかも、あんなに必死そうだ。きっと、今まで苦労して来たんだろう。それで充分じゃないか?」




「でも、それなら猶更じゃないぃん。あんたん。本当に良いの?」




 ななさんが、うがちゃんの傍に行く。




「うがうがうがうがうがうがうがうがうがうが」




 うがちゃんが、ななさんをじっと見つめてから、ななさんをのグリップ部分を両手で握って言い、何度も何度も頷く。




「あらぁん。こんなに、なってぇん。余計なお世話だったかしらねぇん。ごめんなさいねぇん」




「って、ななさん、折れるの早っ。でも、まあ、それならば良しだな。ななさんも納得したみたいだし。じゃあ、気を取り直して」




 町中一は、顔を俯けると、誰にも聞こえないようにと、小声で、魔法の言葉を唱えた。




「どうしたの? 魔法は? もう良いの?」




 魔法の言葉を唱え終えて、顔を上げた町中一を見た妖精女王が、勢いで込んで聞いて来た。




「ああ。もう魔法は使った。うがちゃん。どうだ?」




「えっと、えっと、何を言えば良いうが?」




「おお。すげえ。魔法、すげえ」




「やったじゃない」




「成功したわねぇん」




「凄いね〜凄いね〜」




 町中一と妖精女王とななさんとチーちゃんの言葉を聞いた、うがちゃんが、不思議そうな顔をする。




「どうしたうが?」




「言葉。ちゃんと話せているぞ。うがちゃんの言葉、皆分かっている。伝わっている」




「本当うが?」




「ああ。語尾にうがって付いているけど、まあ、そんなのは大した問題じゃないだろう。むしろ、かわいいって事で」




 うがちゃんの顔が、みるみるうちに、笑顔になって行く。




「言葉、話せてるうが? うがの言って事、皆分かるうが?」




「うがちゃん。良かったね」




 妖精女王が、目をウルウルとさせながら、うがちゃんをぎゅっと抱き締める。




「うん。良かったうが。嬉しいうが」




 うがちゃんが、言い終えてから、町中一の方を見た。




「ありがとううが。ありがとううが。ありがとううが」




「感謝し過ぎだ。大した事はしてない」




 町中一は、うがちゃんの表情を見て、言葉を聞いて、自分のやった事に、と言っても、実際は何もやってはいないのだが、それでも、その事に関して、とても嬉しく、誇らしく思った。




「そうだったうが。君の事、殺しちゃってた事、まだ謝ってなかったうが。ごめんなさいうが。殺しちゃって、ごめんなさいうが」




 うがちゃんが、急に、しょんぼりとした顔になったと思うと、暗い声でそう言ってから、深く頭を下げる。




「何言ってんだ。俺は今こうして生きている。気にしなくって良い」




 町中一は、こんなにも感謝されて、こんなにも謝られて。なんだか、こんな事思うなんて変だけど、生きているって感じがするな。などと思った。




「殺しちゃったのに、話せるようにしてもらってうが。うがは、何か、返したいと思ってるうが。なんでも良いから、何かさせて欲しいと思ってるうが。うがが。でも、その前に一つやりたい事があったうが。一度家に帰りたいうが。話せるようになったって、家族の皆に報告したいうが」




「おいおい。お返しなんていらないって。そんな事は良いから、早く帰ると良い」




 町中一は、とても優しい気持ちになって、この子は、良い子なんだな。妖精女王の言っていた通りの性格の子なんだ。と思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る