CH4NGE 7HE W@RLD 2

@M4EVE

Prologue 2022,02,24(Thu)

吉原S●AP  “OVRETURE”




「え? 今日で辞める?」



紫音の言葉に、ベッドで寝そべっていた男が起き上がりキョトンとした顔を見せた。

この男がこんな顔を見せるのも珍しい。



「なんで突然・・・?」


「今決めたから」


「・・・」





察したのだろう、苦い顔をするこの男と初めて会ったのはこの店OVRETURE

もうかれこれ1年半の付き合い。

ずっと風俗S●AP嬢と客の関係だけど。


何の事はない、このS●APに入店したのが1年半前、2020年の8月。

新型コロナが世界中に蔓延し、最初の猖獗を極めた頃。

今となっては科学的根拠すら曖昧だが、飲食店が主なクラスターの発生源と見なされ、時短や自主休業を余儀なくされた時期だ。

ただし、飲食を伴わず多人数とも接しない特殊風俗店だけは、時間制限のみで営業自粛にならなかった。

無論、外出さえ控える風潮に客足は遠のいていて、少なくない同業店は自主休業していたが。

そして、その状況下でも一部殿方の性欲と言うのは抑えられないものらしい。

入った当初HPで未経験嬢と紹介されると、即日SNSのDMだけで予約が埋まる。

嘘か真か、航空業界大不況から解雇されたCAの新規入店が広く拡散された事も一因とか。

実際外資系CAは容赦なく切られていた時期、自分以外に居てもおかしくはなかった。


で、殺到したDMにこれ幸いと何の考慮もなく埋まるだけ枠を埋めたが、それが抑々の間違い。

そう、この業界には初物狙いの客、というのが一定数存在する。

初々しさを期待して、と言えば聞こえはいいが裏を返せば、新人は暗黙のルールが判っていない場合が多く、特に風俗未経験だと多少の無茶や無体が出来る可能性が高い、ということ。

中には初風俗のご祝儀で、という太っ腹もいるらしいが、そういう客はSNSにガッついて来ない。

風俗新人が最初に受ける洗礼と言えば洗礼―――。

当然店側としては折角入店してくれた嬢をみすみす失うことも多いので、電話予約ではあからさまに危険な客を避けるらしいが、SNSダイレクトの姫予約は選別できない。

結果、初日で辞める娘も少なくないとか。

通常体験入店や新人は慣れるまで姫予約を禁止・推奨しない店が多いのだが、当時はコロナ禍、全体の客足が鈍いこともあり、特に注意されなかった。


結果紫音も初めて受けたキッツイ風俗の洗礼に、激しく落ち込み、死ぬほど後悔し、2回目の出勤ではもう無理、と感じていた。

どうにか気を取り直した3回目の出勤、後半3枠を埋めてくれた客が彼だった。


―――以来、一番の馴染み客、上客で極太客だ。



レア出勤とは言え彼是100人近くの男が紫音を通り過ぎる中、指名回数が最も多いのはこの男。

今も出勤日を最初に告げると、枠の半分近くは占めてくれる。

残り空いた分だけ他に振る。

既にこの店、と言うか自分だけで1000万以上使っているのではないかと思うが、それを笠に着てムリを強いることもない。


この仕事を続けられたのも初めて逢った日、彼に救われたからだ。

その日も前枠の客が最低魚雷で、あからさまに新人狙い・あわよくば脅してヒモ狙い。

新人で常識を知らないだろうと、無理NNを強要してくるDQN客。

どうにか躱し切ったが、拒否すれば人格まで否定するような酷い罵倒と、押さえつけられる暴力に、もう身体も精神もへとへと。

後で聞いたが、殴れば警察沙汰、店どころか界隈入店禁止になるため間違っても殴らないが、痕のつかない押さえつけは抱きしめたとの範囲になるらしく、暴力認定が難しいとか。

そんな状況での連続勤務。

続いた彼の時、とうとう初見客の手順ルーティンも途中で、泣き出すというプロ失格の大失態をやらかした。


だが彼は、ただ泣くだけの不甲斐ない嬢にチェンジを告げるでもなく、スタッフを呼ぶこともなく。

最初は手だけ繋いで話を聞き、頑張ったねと何度も言って。

引っ張ったり押し付けたりしないよう、壊れ物を扱うが如くそっと腕に包まれ、一瞬固まったが、髪を撫でられるとまた涙が出てきて泣きじゃくった。

―――結局一枠分の時間、彼はずっとそこに居ただけ。

しかも漸く泣き止んだ後は、そのまま食事に連れ出してくれた。

ぽつりぽつりと他愛ない会話しながらごちそうになり、結局その日は本来店で提供するサービス一切なく店に送り返された。


別れ際、漸く人心地ついて恐縮しきりの紫音に、RINEを交し次回の出勤は全枠抑えるから、と笑顔を返される。

そして実際翌月最初の出勤日を伝えると本当に6枠全部埋めてくれた。



そんな男との馴れ初め。


後で聞いた本人の談によると、長身のスタイル重視・美脚好きフェチ、キャラは実際会ってみないとわからないから最初はスタイルの好みだけで選ぶとか。

この店のHPでは基本顔は出さない。

尤も顔が出ていても修正盛り盛りの店もあるから、信用しないらしい。

無論スタイルもアプリで盛れるご時世だが、顔より見分け易いとか。

その後裏返すリピートするか、は好みと本人との相性次第。

つまり容貌と相性も眼鏡に適ったのだろう。

そう、初物狙いとは逆に、折れかけ嬢を狙う輩俺みたいな奴もいると笑って教えてくれた。

相当遊び風俗なれてるチョイ悪オヤジ。

未婚で実子もいないからオヤジじゃないと言う。

他の嬢から聞いた話もしてくれて、厭な客のあしらいなど店の研修ではわからないことも知った。

男にするテクニックも色々教えてくれたし、女に施されるテクニックに関しては―――それはもう、しっかりきっちり身体にられた。

風俗嬢を下に見たり、粗雑に扱ったりすることは決してなく、自然一人の人間として敬う。

前の嬢を褒めることはあっても貶すことはないし、個人を特定できるような情報は出さない。

何時だって穏やかで飄然。

渋めの相貌は黙っていると冷たくも見えるが笑顔は屈託がない。

会話は軽妙で洒脱、謎かけみたいな科白も多いが、確かな知性も覚える。

従業員のいない、個人経営の会社をやっていると聞いた。

名前だけの妖しいヤツねと返したら笑ってたけど。

本気か与太か、今の負債は8000億円とも。

それでいて本指名S●AP遊びはやめない。


正直この店OVRETUREは安くない、と言うか吉原全体でも5指に入る高額超高級店。

本来なら未経験者が所属できる店じゃない。

まあ、176の長身モデル体型、SQの元CAっていう期限の切れた肩書IDカードが店のコンセプトに合ったのだろう、初めて役に立った。





「だって、さっき起こすRaiseって言った」


「―――とは関係ないけど?」


「先月誘ってくれたでしょ? ウチの会社来るかって・・・」


「・・・言ってねぇ。

そろそろコロナが落ち着いてきたから前職戻れば、っただけじゃん。

ウチ来いなんてったら引き抜き行為になるわ」



“晶”はここでの源氏名。

無論彼にだけは本名を告げていて、“外出”ではそっちで呼んでくれる。

でも店の中では、ちゃんと晶と呼ぶことを外さない。

店でも晶で通しているから僅かとはいえ音の漏れる部屋で本名を呼ばれたくないのを知っている。

ここで本名を知っているのは社長位。


猫みたいにその背中にすり寄る。

今42のはず。

マジ厄年だって言うが、厄年は数えだからもう後厄になるはず。

でも脂肪はついてないし、といって細マッチョと言うほどこれ見よがしのバッキバキ筋肉質でもない。

うっすらと腹筋が浮く素肌。

だけど、更に内には芯を感じさせる。



「風俗じゃなければ無問題、辞めて一般職に戻る娘は一定数いる。

私の前職は貴方の秘書、って事で。

そもそも・・・辞めちゃったらフリーだし。

これだけ指名してくれて、馴染んで、完墜ちさせたなのに、辞めちゃったら興味なし?」



思い切りF Cupを押し付けてみた。



「おまッ・・・、―――はぁ」


、遣るんだよね?

前に話してた“”」


「ウェ・・・あの与太話か・・・厨二かよ、そんなんラノベかネット小説の中だけだって」


「じゃあ“俺SUGEEE”の方?

厨二じゃなくて、ならアリでしょ。

話が妙にリアリティ在ったから覚えてるの、とか」


「誰が旨いこと言・・・よく知ってんな、外大出の元CAさんがそんなニッチな理系専門用語」


「一応、SQでCAやって玉の輿とか狙ってたんよ?

1stクラスの客に短い言葉で的確に返すには、いろんな知識が必要なの」


「元SQ?・・・初めて知った」


「初めて言った」


「・・・TOEIC幾つよ」


「最高は980。

コンスタント960―――第2外国語はフランスとドイツ。

あと前職SQだからね、中国北京語とマレー語、ついでに似ているインドネシア語は日常会話程度」


「マルチリンガルかッ!

国際社会最強カード!

この容姿でそれって、姫TUEEE系じゃん・・・。

それこそ就職先なんて山ほどあるやん。

流行りのキャリア系転職サイトに登録するだけであれもこれも来るヤツだろ」


「興味な~い、そこはSUGEEE系って言って!」



けらけら笑って返すと、彼は溜息ついて低い声で言い直す。



「―――紫音シオン、―――解ってんだろ?」


「・・・そうね―――貴方の名前がかなり手の込んだ偽名だって事も、これから結構マジヤバい事しようとしてるってことも・・・。

クレカまで作れちゃう偽名って、相当に際どい案件って事よね」



拗ねたような甘え声を改めて応える。



「あ~が想定以上にデキル女だった・・・。

猫飼うのガチ旨くね?

よく気づいたこと―――だからこそなんで?

本気でシャレにならない。

そこらの893なんかとは次元が違う―――」


「だよねぇ―――なんでしょ、相手は。

さっき老害が、って毒づいてたもんね。

きっかけはの軍事侵攻―――?」


「・・・まあ、そこまで気付いてるなら、な」


「・・・理解してる・・・かな。

恐らくまだ現実は見えてないかもしれないけど・・・覚悟はある」


「・・・」


「前職解雇された時、思ったんだよね。

確実と信じていた明日って、なんて脆いんだろうって。

必死に勉強してやっと入った外大で、もっと頑張って主席取って、憧れと言われるSQのCAになって、研修をTOP評価で抜けて、実績を作り出して、漸くさぁこれからって時に、コロナ禍。

勤続年数と外国籍って言うだけで紙切れ一枚、一方的に解雇。

会社の財務基盤情報なんて何の指標にもならなかった。

外国の企業はその辺シビアよね。

新型コロナっていう状況で個人の人生も将来設計も、簡単に崩れるんだって・・・。

残ったのは結構な額の借金の返済だけ。

全てを失っても学歴を手にするために奨学金を借りて、まだ足りなくて借金つくって、その学歴特技を使ってなるべく有利なところに就職したのに、経営が厳しくなった途端解雇されて・・・。

でも当時はコロナ禍が始まったばかり、全世界の社会そのものが不安定で、再就職もなかなか難しくて・・・飛べないCAは唯のMOBだった。

いっそ飛べないなら堕ちるとこまで堕ちてやれって思ってここOVERTUREに来た」


「加えては、かなりぶっ飛んだ性格でした、・・・元CAだけに」


「ウフフ・・・まあ、続けられたのは貴方のお陰ね。

けど、いやぁ最近は風俗も凄いわ~~正直舐めてた。

反社が裏に居て、負債背負わされて沈められる底なし沼みたいなイメージあったけど全く別物。

吉原超高級店のランカーとか、絶対借金とかじゃ獲れないわ。

客の嗜好に併せる適応力、会話や応答に合わせる知識、DQNを躱すメンタル、同僚のやっかみをあしらう機知、らしささえ感じさせない演技力―――音に聞く昔の銀座の超一流ホステス並だよね、ほんと。

加えてここOVRETUREは高級店、一枠120分、最大は6枠。

満枠フルだと12時間連続勤務、最低でも12回戦の体力と、ラス枠まで笑顔を保つ精神力、なにより粘膜の強靭さも必要ね。

そこに6連続マットなんて加わったら地獄よ地獄、後半はゾンビ化しちゃう。

働き方改革って何? それ美味しいの? の世界。

そんな環境下、借金や義務感で嫌々遣ってたらリピート客なんかつかないから稼げない。

トップランカーのお姉様方は、私なんか比べるのも烏滸がましいくらい勤勉でタフで上手。

週5とか絶対無理。

・・・だから中途半端な私が残ることも、間違っても前職CAに戻る事もない」


「・・・月2,3回のレア出勤で、出るときはほぼ常連の姫予約で埋まってる、指名率・キャンセル待ち数、ブッチギリNo1姫が何言ってんだか」


「指名の半分近くは貴方、だけどね」


「俺の指名が無くても直ぐ埋まる。

実際毎月枠の4,5倍はDM断ってんだろ?」


「ご新規さんとかは、ね。

最近はDMで予約聞いてくる文章見てDQN予想が出来るようになったから」


「・・・6chでも有名だぜ。

デビュー以来指名率100%フルコンプ、一つも枠を空けたことのない完全満枠嬢パーフェクター

姫予約しか受けない幻嬢EXランク―――新規はおろか裏返しリピートすら難しい、指名難易度最激高の隠れNo1BOSSだと。

出勤日数、月10日に増やすだけで一発トップさ」


「その分相手にしてないDQNのディスリも凄いけど。

―――そうね、今なら確かにキャリア転職出来るかも。

でも気づいちゃったのよ・・・私は畢竟一匹狼スタンドアロンだって。

組織に入ると全部とは言わないけどかなりの確率で男性から狙われ、女性からは嫉まれる。

この目立つ容姿に懐く子もいるけど、モデルやタレントに全く興味がないと邪魔なだけなのよね。

厭な目に合ったことの方がずっと多いかな。

だから中学以降大学まで、ずっと背を丸めて、簾前髪不細工メイク伊達メガネっていう、それこそラノベのテンプレしてた。

SQのCAになって、初めて伸び伸びと背筋伸ばして髪も切ったけど、今思うとそこでも容姿で足引っ張られたから、あっさり解雇されたんだと思う。

副操縦士コパイは何人か袖にしたし、上司のセクハラ紛いは糾弾したし、で、CAチーフには相当嫌われてたって聞いたから」


「・・・素直に納得できるとこが怖い」


ここOVRETUREでもほぼ孤立だし。

まあ、確かに色々勉強にはなったかな。

けど―――、なにより一番の僥倖は、貴方に逢えたこと。

その一点だけでもここに来た意味があった。

知ってる?

私、貴方じゃなきゃイけないの。

貴方以外は全部演技。

泡姫なんて大抵そんなモノよ、毎回本気でイってたら身体もたないから」


「ぐゥ・・・なんツー殺し文句―――他が身もふたもないけど」


「その貴方が事を、ってことは、もう来ないってことでしょ?」


「・・・」


「SEXは元々嫌いじゃないけど、仕事にするにはマジしんどいわ。

こういったお店に来る男性で、DQNは論外だけど貴方みたいにちゃんと気遣ってくれる人ってやっぱり少数派よね。

一枠だってちゃんと解ってくれてる人も居るけど・・・何時も3枠取ってくれて外出、美味しい食事・足付きなんて、絶対落としに来てるのに一切粉掛けて来ないし。

どれだけお金を払ったって、風俗は一つの売買契約-―――、一時の逢瀬と快楽を楽しむのもので、時間商品が過ぎれば本来何も残らない儚いモノ―――それをちゃんと理解して弁えているから。

一回しただけで錯覚しちゃう自己中が多すぎ。

まあ、次に繋がるから嬢側が煽る部分もあるけど、それだって相手を選ぶ。

私の場合は元々借金を手っ取り早く返済するために始めたから、それが済んだ後は貴方が指名してくれる限り居ようと思ってた。

その貴方が来なくなるならもうここに居ても仕方ないもの。

今月は残り予定入れてないし―――だから今日でお仕舞」


「そんなに簡単に辞められるもん?」


「この業界、突然辞める嬢が何人いると思ってるの?

ああ、貴方が相手するランカーは早々辞めないから知らないか・・・。

一切の連絡なしにいなくなるって隠語があるくらいだからね。

身バレとか親バレとかの事故もあるし、所詮個人事業者なの、風俗嬢は。

身元確認も国籍と年齢確認されただけだし、店には本名の登録すらされてない。

従業員じゃないからマイナンバーカードの提示もないしね。

予約も全部消化して当日出てきて挨拶して辞める娘の方が少数。

突然連絡取れなくなる嬢もいるし、理由もなくずっと長期で出勤しない娘もいる。

酷いDQNに当たって折れちゃうとかね。

逆に店の掛け持ちや、DHデリと掛け持ちもあるかな。

結局自力でリピートの取れない嬢は、スタッフが回してくれないと稼げないから。

少しでも贔屓してくれる店を探すみたい。

別の店に移籍する場合は次の店にも来てほしいからこっそり常連さんには告げるらしいけど、私は引退だからそれもない。

今日を限りに“晶”はの、CAには戻らないけど。

SNSのアカウントもきれいさっぱり消す」


「・・・マジ次の仕事決めてないわけ?」


「唐突だしね、辞めるの。

貴方が拾ってくれないなら、探す。

まあ多少の蓄えは出来たし、暫くは困らないかな」


「―――命の危険だけじゃない。

出来る娘だとは思っていたし、それ以上っぽいから手伝って貰えるのは嬉しいけど、それこそ疎んでた容姿含めて確実に世界中に知れ渡る。

平穏に幸せになってくれればそれでよかったんだけど・・・。

俺は一切表に出ないよう立ち回るつもりだから、矢面に立つ事になる。

表に出れば今のネット民が経歴から全部曝してくる・・・平穏とは程遠いぜ?」


覚悟の上バッチコイね。

命のBETも、自分らしく生きられない鬱屈や、何事にも真剣になれない退屈よりはいいかな。

この仕事がバレたって今は後悔も恥じる気もない―――此処にいなければ貴方に逢えなかったんだから。

それに、迷惑を掛けそうな親類は、両親の遺産や保険金を騙し取った奴らしか居ないから寧ろざまぁって感じ」


「・・・判ってるんだ・・・」


「まあね。

世界を変えるんでしょ?

軋轢や反動は、そりゃ凄いことに成るでしょうね。

知ってる?

世界を変えちゃう案件はG13が来るんだよ。

でももう、そうと知らされずにいつの間にか搾取される側に置かれるのは厭。

元々玉の輿足がかりに起業して資本側に回るのが野望。

―――って言うか、貴方のってそれすら超越しそうだけど?」


「G13・・・ってその年でよくそんなん知ってるな。

けど・・・困った。

本当は余りに勘のいい女性は苦手なんだ―――」


「浮気がバレると困るからよねぇ~?」


「・・・それ以上に、気風がよくて頭の回転が速い子が、大好物だから、さ」



搦め捕るように、腕が回される。

それだけで体の芯がゾクンとした。

ニヤリと刻んだ笑みは獰猛―――。  

これは―――、ヤバい!?

煽りすぎた!?










今日の予約も3枠、6時間。

必ず最終枠を含めるから外出してもそのままアフター、帰店する必要もない。

まあ、そこはちょっと社長に我儘言ったけど。

レア出勤とは言え新型コロナの影響で客足が低留まりの今、出れば必ず満枠にする嬢ならそれなりに優遇される。

その分他の子からは超嫌われる。

満枠ってことは控室も使わないし、当日は部屋固定で移動もなく、顔合わせる暇もないから気にしないだけ。

外出してしまえば大抵予約の取ってある食事、その後送ってくれたけど、今日からはずっと一緒。

辞める旨を伝えると割と強めに引き留められたけど、意志が固いことを言えばそれ以上は無かった。

今日は3枠でまだ彼の買い取り時間内。

3枠から外出を認めていて、既に入浴料を受け取っている以上、店からのキャンセルは無い。

一昔前の反社が裏に居た頃は、ここで薬でも使われて縛られるみたいな話も都市伝説として聞いた。

とりあえず、今はない・・・よね?


いつも外出の際、一緒に駐車場迄歩くのだが、今日は退店申告と私物整理で若干の時間、なので車を回してくれるという。

私物と言っても衣装以外は置きっぱなしの貰い物ばかり。

消えモノはいつも通りスタッフにお裾分け済み。

残っていたのはブランド品が殆ど。

何度も使わないから貰えないと言い続けているが、それでも持ってくる人はいる。

全部、皆にあげちゃう。

お金で囲われてるって言う娘もいたけど、こんな時は寄ってくる。

頑張ってそういう客を捕まえればいい。

幸いにも需要過剰と供給寡占の関係で、選べる立場に立つことが許された。

最初に優しくされて懐いたのは確かだけど、傷ついた嬢を堕とす事が目的で、徐々に寄生されたら拒絶した。

ここまで続いたのは偏に最初と変わらない絶妙な距離感を保ち続ける、彼との時間が愛おしかったからだ。

実際DMではサービス料に追加して結構な額のお金払うから優先で入れてくれって言ってくる人もいるけど受けてない。

選ぶ基準は風俗を弁えていそうか否か、の一点。

ご新規さんでも、そう感じる文章の人だけを入れてきた。

何せ枠は少ない。

彼を除く月の空き枠は10前後、彼以外で埋めるうち今は6,7人がリピートしてくれる判ってる常連さん。

来てくれたからには手を抜いたことは一度もない。

自分で出来得る最高のサービスを時間いっぱい。

なので、決められた時間で余計にお金を貰っても、それ以上の事は返せないから。

傲慢とディスられてもプライベート時間まで切り売りしてお金が欲しいとも思わないし、それを狙っての増額って分かるから。

理解できない誰かにネットでどれだけ貶められようと、どうでもよかった。





店先で待つこと暫し。

・・・まだ腰奥が甘く疼いている。

いつ以来だろう、久々に容赦なく抱き潰された。

それを心身ともに喜んでいるのは確かだが、膝が笑っていて長くは歩けない。

車を回してくれるのはマジ助かった。


と、低いモーター音を僅かに地に流し、車高の低い銀色の車が滑り込んでくる。

エンブレムマークは無く、代わりにMgLarenの文字。

跳ね上がる両側のドア。

大きなリアのカウルも静かに開く。



「・・・マグラーレン?」



見送りに出ていた店長がつぶやく。

いつも駐車場に置いていた大衆車とは、違う。

使う金額と妙にちぐはぐな先代モデルで、ボーイ達にも影で馬鹿にされているのを聞いたことがある。

風俗女に溺れる独身中年男の典型じゃね? と。

私自身は気にしないからスルーしてたけど。

以前その場に居たボーイもいて、顔を青くしていた。


何事もないように降りてきた彼は、両手の荷物を後部ラゲッジに入れてくれる。

相変わらず外ではコロナ禍仕様のCAP、大きめのマスクとヴィンテージっぽい黄色いサングラスRay-Van



「これ、なんて車?」


「マグラーレンGTN。

フルカスタムでNは・・・ヌークリア―――、かな」



―――凄い。

なんかボディの質感が全然違う。

馬や牛のエンブレムも見たことあるけど、方向性が異なる。

全然尖がってない。

発散されるような絢爛な煌めきは無く、寧ろ渋く抑制が効いていて、それがエレガント。

車なんか安全運転さえしてくれればいいと思っていた。

でもやっぱりセレブ感のあるこういう車に乗るって気分が高揚あがる。

退店は唐突だったのにこんな車で送られると、見染められて身請けされるような気になる。

私って実は結構チョロかったんだと納得しつつ、彼のサポートで助手席に滑り込む。

支えてもらって言われるままの場所に腰を落とし、膝を揃えて足を入れた。

ウン、綺麗。

成程、こうやって乗ればカッコいいのか。

視点はかなり低いけど、姿勢は案外普通。

ドアが静かに閉まる。

ドアサイドが広くて開放感がありつつ、包まれるような乗り心地は、好きかも。


そういえば以前別のお客が乗せてくれた牛のエンブレムは、これ見よがしのエンジン音が耳に触って、気分は全然上がらなかったっけ。

恰好はいいけど車高もシートももっと低くて乗りにくいし、サポートも助言もないから乗降もスマートにできず。

座ってからも寝そべりすぎる姿勢で乗り心地が悪かった。

都内でそんなに飛ばすわけじゃないのにレース仕様に近いとか・・・雰囲気組か。

正直あそこまで行くとスパルタン過ぎて女の子乗せる車じゃない。

車が速いことはわかったけど、最悪なのは運転が乱暴で、車自慢も辟易した。

以降そのお客の予約は入れてない。

結論、車じゃなくて人、なのよ。



彼が隣に滑り込んでくる。



「いい?」


「ん―――」



それはきっと、これまでの日常との決別を確認する問い。

外のスタッフに軽く会釈すると、静かに車が出た。

スゥっと発進直後気が付かない程穏やかに。

彼の運転はホント安心できる。

そのまま滑るように角を曲がった。



「・・・本名、教えてくれるの?」


「―――彼方・・・御子神彼方―――」



彼は何時もと変わらず、軽く答えてくれた。







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