赫き剣閃

yui-yui

序章

 トゥール大陸 六王国歴 二五八年


 緑豊かな大地を有するマーカス王国。

 トゥール大陸北部の大半を占める大国である。

 トゥール大陸には六つの王国が存在し、残る五つの王国はそれぞれをナイトクォリー王国、フィデス王国、アレイジア王国、リシャス王国、セルディシア王国といった。


 つい数ヶ月前、セルディシア王国が突如として他五王国に向けて宣戦布告した。

 東端に位置するセルディシア王国とその西部に隣接するナイトクォリー王国が早くもぶつかり合っている。それもそのはずで、セルディシア王国軍がトゥール大陸を制圧するための陸路は、ナイトクォリー王国の谷の砂丘のみ。セルディシア王国軍が他五王国に攻め入るには谷の砂丘を抜け、ナイトクォリー王国に勝利するしかない。それ故、陸続きではあるにしても、セルディシア王国は島国であり、島国であるがゆえに、防御も固かった。

 セルディシア王国はその唯一の陸路である谷の砂丘からナイトクォリー王国に攻め入ったが、どうやら初戦は痛み分けだったようだ。

 セルディシア王国の切り札であった灰世紀の遺物、鍵師けんしも思わぬ邪魔が入りその力の全てを発揮できなかったという。


 当のマーカス王国はナイトクォリー王国が南東に隣接する位置にあったにもかかわらず、谷の砂漠第一次会戦には沈黙を保っていた。

 マーカス王国は現在王族の中で騒動が起こっていて、戦争どころではなかった。実質、今回の戦争はセルディシア王国とナイトクォリー王国との戦争であったため、ナイトクォリー王国からの協力要請がなかったのもまた事実であり、マーカス王国が協力を申し出なかったことに対し、ナイトクォリー王国も何も行動は起こしては来なかった。

 いかにセルディシア王国が他五王国に宣戦布告を行ったと言っても、谷の砂漠第一次会戦にマーカス王国が加わる義務はなかった。

 

 病に臥せったマーカス王国国王は、マーカス王国騎士団最強と言われる六人の騎士、六鉾ろくぼう騎士団にナイトクォリー王国とフィデス王国の力になるよう命を下した。

 現在、国王の嫡男が存在しないマーカス王国において次期国王を決めるため、水面下での覇権争いが続いてしまっている。

 それというのも、第一有力候補であった国王の弟の嫡男、クレン王子が行方不明になってしまったのが最も大きな原因だった。

 内紛は武力を行使した血で血を洗うような凄惨な戦いがある訳ではなく、王位継承権の優位性や、能力の有無、将来性などが複雑に絡み合い、王位継承権を持つ貴族たちの睨み合いが続いている状態だ。

 戦争に対し、沈黙しなければならないのはその国内の内紛が続いているからなのだが、その実情を他国は知らなかった。そして国内の争いが武力では決しないと判っているからこそ、国内最強の騎士団にこのような命が下ったのだった。


 刻にトゥール大陸暦二五八年のことである。


 マーカス六鉾騎士団――

 マーカス王国騎士団の中でも選りすぐりの六人を集めた精鋭部隊だ。

 平時は与えられた地域の領主を務め、戦ともなれば時には大隊長となり、時には隠密となり、時には特別部隊となり、常に王国騎士団の頂点に君臨している。

 その手に持つは魔導の武具。

 『剣断けんだん』ガレルは旒爪りゅうそう硬式こうしき

 『剣聖けんせい』クレヴィは戦神スランヴェルンの祝福ゴッドブレスを受けた聖剣。

 『剣雷けんらい』シュタウツは雷撃の槍。

 『剣氷けんひょう』レッシュは氷晶の剣。

 『剣炎けんえん』サティンは旒爪・炎式えんしき

 『剣風けんぷう』ウィンドは旒爪・谺式かしき

 この六人と六本の魔導の武具で六鉾騎士団は構成され、他王国にも名を馳せている。

 平時から隊の指揮を執るのはガレルであるが、ウィンドのみ六鉾騎士団に身を置きながら自由に行動する権限を与えられている。

 ウィンドは常に魔導の冑をかぶり、声を変え、素性を隠している。国王やガレルとの協議の元、自由に行動できる権限を生かしてきた。どんな任務であれ人並外れた能力を発揮し、様々な任務をこなしてきた。

 その目覚しい活躍のおかげか、正体を明かさないウィンドを疎ましく思う者は六鉾騎士団の中には勿論、下位の騎士にもいない。

 そしてそのウィンドの正体を知る者は王国内でも片手の指で事足りるほどしかなかった。


 ウィンドは先の戦い、ナイトクォリー、セルディシア第一次開戦、通称では谷の砂丘第一次会戦と言われている戦の調査とマーカス王国国王がしたためた親書をナイトクォリー王国、フィデス王国に手渡すために旅立とうとしていた。封をしていないその親書には六鉾騎士団をナイトクォリー王国、フィデス王国の配下に置き、自由に使って欲しい旨が書かれている。

「では頼む、ウィンド」

 ガレルはウィンドを送り出すために城門まで出向いた。

「承知致しました。いつものことではありますが、後は頼みます……」

 魔導によって変えられた低く、クリアな声。少し肩をすくめて見せるあたり、自嘲しているのかもしれなかった。

「あぁ、気をつけてな」

 ガレルの声に無言で頷くと、ウィンドは葦毛の馬にまたがった。マーカス城からナイトクォリー城までは大街道を辿るだけだ。大街道はトゥール六王国をぐるりと一周できる環状線になっていて、道幅も広く、そのほとんどが石畳で舗装されている。そのためか鬱蒼とした場所を好む魔族の出没も少なく、流通の要ともなっている、人々の生命線とも言える街道だ。

 ナイトクォリー王国には問題なく着くことが出来るだろう。ウィンドはナイトクォリー王国騎士団長であるソアラ・スクエラとの出会いを密かに期待してた。

 同じ『風』の字を持つ者として。

 旋風の騎士ナイト オブ シルフ、ソアラ・スクエラ。

 太古の時代、灰世紀と呼ばれる時代に遺された技術をその身体に埋め込まれたと言われる威戦士オクターバー。風の魔導剣を持ち、一度戦場に立てばその姿は正しく旋風となると言う。自分とは似て非なる風だ。

 風のように何者にも縛られず、自由である者。自由なる風。それがウィンドだ。

 その違いというものをウィンドは肌で感じてみたい、と思っていた。


 そしてもう一つ。

 ウィンドはどんな旅であれ、任務であれ、常にもう一つの目的を持ち合わせていた。

 幾度も旅をしてきたが、その目的は忘れたことがない代わりに果たされたこともなかった。ウィンドが名を隠し、顔を隠し、己を殺して騎士となるに至った事件。

 諸悪の権化である一人の男を見つけるまで、どんな旅にでも任務にでも、その目的は着いて回る。

 一人街道を行くウィンドは呟いた。

「今度は、出会えるか……」


 序章 終わり

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