05.アンジェラフルート

 アンジェラクイーンを釣ってから一時間。

 本当に少しずつだが、七〇〇〇〇ほどあった敵のHPはどうにかこうにか四〇〇〇を切るまでになった。


「よっしゃ、もうちょっとだ!! この調子ならいけるぜ!!」


 そう言ってテッペイはMP回復アイテムポーションをガブ飲みし、その瓶をポイ捨てした。

 もうこれでいくつのMPポーションを消費したかわからない。ゲリールだけでは回復しきれないので、併用しているのだ。

 ゼーハーと肩を揺らしながら、それでも嬉々としてアンジェラクイーンを斬りつけていくテッペイ。

 こういう時の彼は本当に頼もしい。


「ホーリースラッシュ!!」


 その一撃で、ようやく残りHPが三〇〇〇を切った……と思った瞬間。


『私の可愛い天使たちよ……』


 アンジェラクイーンがなにか技を放とうとし、テッペイはすかさずシールドストライクを打つ。

 ドンッとノックバックはしたものの、なんの効果もなかった。なぜならアンジェラクイーン自身が技を放ったわけではなかったから。


「え、ちょっと、ウソでしょ……っ!!」


 どこからか小さなかわいい天使たちが飛んできて、アンジェラクイーンの周りに集まっている。

 ルリカは慌てて眠りの曲ベルスーズを天使たちに使うも、効果が見られない。


「ベルスーズがまったく効かない……っ! 同じ光属性だから?!」

「いや、技の一端だからだ! 攻撃できねぇし、そもそも敵判定されてねえ!」


 小さな天使たちは、ふぅっと優しくアンジェラクイーンに息を吹きかけている。

 ログに〝天使たちの吐息〟と表示されると、アンジェラクイーンはみるみるうちに回復して、HPが一〇〇〇〇程度にまで戻ってしまった。


「くっそ!」

「HPが減ったら、あんな技をしてくるの?! バッシュやストライクでも止められないんじゃ、どうしようもないじゃない!!」


 そうは言ってもやりようは、ある。

 つまりはHPが三〇〇〇を切りそうになれば、それ以上の火力で一気にダメージを与えれば勝てるのだ。

 しかし、テッペイの最高の技であるホーリースラッシュでも、せいぜい七〇〇程度のダメージしか与えられない。

 吟遊詩人にはデイリースキルという一日に一度しか使えない、音楽効果を倍増させるアムポルトという技がある。しかしそれを使っても、稼げるダメージは一四〇〇しかないだろう。あと一六〇〇ものダメージを、どう捻り出せというのか。

 これはどう考えても詰みだと、ルリカは肩を下げた。


「テッペイ、もういいよ。これ以上やっても同じだし、諦めよう!」

「くっそ、ここまできて!! なんかこの技を封じるアイテムとか技とかねーのか!! 」

「もう、そんな都合のいいものあるわけないでしょ! 早く明け渡さなきゃ、周りに迷惑だよ!」


 さっきの女忍者や詩人、踊り子やシーフや陰陽師もいて、何組かのパーティが今か今かとルリカたちが諦めるのを待っている。

 ここまできて譲るのはルリカとて本意ではないが、仕方がない。


「テッペイ、ターゲット外して! このまま続けてもいつか死ぬだけだから!」

「ッケ、俺はMPポーションなくなるまで諦めねーかんな!!」

「いくつ持ってきてんのよ、もーー!!」


 MPポーションは決して安価な物ではない。全滅するとわかっている時に使うバカは、テッペイくらいのものだろう。

 テッペイはさっきまでと同じようにバッシュやストライクで敵の技を食い止めながら、少しずつ攻撃を仕掛けている。

 ルリカもまた、音楽効果が消える前に曲を上書きして凌ぐ。が、このままでは全滅してしまうだけだ。

 なにかないかと曲の合間にステータスを開いてバッグの中を確認する。

 テッペイの言うような都合のいいアイテムなど、そこには……


「あった……これだ!!」


 脳が一瞬にして、電気を通したかのように閃めいた。

 ルリカは先ほどテッペイと採掘した時に手に入れた、ムーンプラチナをバッグから取り出す。もちろんムーンプラチナに、アンジェラクイーンの技を食い止める効果などない。


「なんだ?! どうした、ルリカ!」

「テッペイ、少しの間、一人で耐えてて!!」

「あ? なんかよくわかんねーけど、わかったぜ!!」


 ルリカは素早くその場を離れると、ステータス画面を操作して合成素材を次々に取り出した。

 ムーンプラチナひとつ、緑鉄鋼の延べ棒みっつ、デーモンデビルの目玉がよっつ。

 それを業火カプセルの中に押し込んで手をかざすが、その手がびくりと震えて躊躇を訴えた。


「私の鉄鋼スキルレベルじゃ、失敗して素材を失うかも……」


 そんな弱音が出てきて、ブンブンと首を横に振る。

 ここまできたら、絶対にアンジェラフルートが欲しい。ずっと付き合ってくれた、テッペイのためにも。


 ルリカは己の指先に集中する。

 業火カプセルがガタガタ動き、今にも爆発しそうになるのを、次々と冷却材を投入して必死に押さえつけた。


「お願い、成功して……っ!」


 そして業火カプセルは強い光を放ち……その姿を剣の形へと変化させる。


「……で、できた……?」


 ステータス画面で確認すると、〝ムーンプラチナソード〟とそのまんまのネームングが付いていた。

 説明欄には、『ナイト専用の片手剣。闇夜の月の力が備わっているので、闇属性のムーンライトブレードが使用可能』とある。

 ルリカはそれを手に握りしめると駆け出した。

 今まさに一人で死闘を繰り広げているテッペイの元へと。


「テッペイ!!」

「遅ぇ!! ラルコシールとララン切れてんぞ!!」

「ごめん、すぐに掛ける!!」


 どうやら曲が切れたせいでバッシュが間に合わなかったらしく、テッペイは大きなダメージを食らっている。また回復ばかりの後手だ。

 どうにかこうにか持ち直したところで、ルリカはようやくテッペイにムーンプラチナソードを渡した。


「なんだ??」

「使って! 闇属性攻撃が使えるから!」

「お前、そんなもんがあるならさっさと出せよ?!」

「今作ったんだもん!!」


 テッペイは今持っているクレイヴソリッシュをポイっと投げ捨てると、ムーンプラチナソードに持ち替えている。

 雪に埋まったクレイヴソリッシュも、ルリカが心を込めて作った剣だというのに失礼極まりない。それがテッペイらしいといえばその通りなのだが。


「お、軽ぃ!」


 嬉しそうに声を上げてアンジェラを切りつけるテッペイ。

 威力自体はクレイヴソリッシュの方が上のようだったが……


「行くぜっ!! ムーンライトブレード!!」


 ホーリースラッシュの輝きとは違う、青白い光がテッペイを包んだ。

 下から突き上げてグルリと一回転するその技は、まるでサマーソルトのようだ。

 バシュンという音がして、アンジェラクイーンが悲鳴をあげる。


「どうだ!!」

「一四〇〇ダメージ!! デイリースキルで攻撃力アップモンテアタクをすれば、ギリいけると思う!」

「微妙だな……っ! おい、ルリカも後ろから叩いてスキルゲージ溜めとけ!!」

「わかった!!」


 ルリカは自作のジャンビアナイフを取り出すと、反撃される恐れのない後ろに回って攻撃を始めた。が、短剣スキルが低いのと、曲の掛け直しをしなければいけないのとでスキルゲージが中々溜まらない。

 その間にもテッペイはムーンライトブレードを決めてアンジェラクイーンのHPを減らしている。


「おい、そろそろHP三〇〇〇切りそうだぞ!!」

「ちょっと待って、まだゲージが溜まんない!!」

「お前、楽器スキルだけじゃなくて短剣スキルも上げとけよな!!」

「しょうがないじゃん、楽器は敵がいなくてもスキル上げられるけど、詩人のソロでの武器スキル上げは自殺行為なんだから!!」

「だからそういう時は俺に言えっつの! いくらでも付き合ってやっから!!」


 なぜか外から見ている女忍者がヒュウと口笛を鳴らしている。

 テッペイはこれ以上攻撃すると、ルリカが準備をするまでにHP三〇〇〇を下回ってしまうと思ったらしく、防御に徹していた。


「まだか?!」

「まだ!!」


 掠る程度の攻撃は、よくて二〇のダメージ。ひどい時にはダメージを与えられずにミス扱いだ。


「まだかよ?!!!」

「もうちょいっ!!」


 このッ、と力を込めた瞬間、偶然クリティカルヒットした。

 スキルゲージが溜まったことを知らせる点滅を始める。


「た、溜まった!!」

「よっしゃ、準備頼む!!」

「うん!!」


 ルリカは即座にデイリースキルを解放し、 曲効果倍増アムポルトを発動。

 全身が熱くなるこのスキルを使う瞬間は、大好きだ。

 そしてグラニークラリネットを取り出し、攻撃力アップモンテアタクを演奏する。

 アンジェラクイーンはその効果を消そうと大天使の清浄を使おうとしていたが、テッペイがそれを許さずバッシュで止める。


「おっしゃ、いいか、ルリカ!!」

「いつでも!!」


 楽器から再びジャンビアナイフに持ち替えたルリカは、短剣スキルを発動させるために構えた。


「行くぞ!! せーーーーのぉ!!」


 テッペイの合図と共に、大きなバツを描くようにアンジェラクイーンを斬りつける!


「クロス・エッジ!!」

「ムーンライトブレード!!!!」


 瞬間、バシャンバーーーーン!! と砕ける音がして、キラキラとなにかが散りばめられる。

 目の前にいたはずの大きな天使は、割れたガラスのように細かくなって。キラキラ、キラキラと雪のように消えていく。


「や……やっつけた……?」

「うっは、ログ見てみろよルリカ! 俺が二八五二ダメージ、お前が一六八ダメージ。ギリギリだったぜ!」

「ええ、本当?」


 言われて見てみると、確かに三〇〇〇にギリギリだった。

 よく勝てたなとホッと息をもらすと、周りからパチパチという音が耳に入ってくる。見ると、先ほどの女忍者や他の人たちがこちらに向かって拍手をしてくれていた。


「まさか、本当にナイトと詩人だけでやっつけるとは思わなかった!」

「戦闘の途中でアイテム製作する人なんて初めて見たよ」

「いいもの見せてもらっちゃった、ありがとう〜」

「すっげぇ根性だったぞ!」

「ナイスファイト!」

「アンジェラフルート、おめでとうー!」


 思わぬ言葉を掛けてもらえてオタオタするルリカとは対照的に、テッペイは「武勇伝を広げておいてくれ! 動画にアップしてもいいぞー!」とヒーロー気取りだ。

 でも、テッペイには本当にお世話になった。

 MPポーションだけでなく、たくさんたくさん時間を使わせてしまった。


「あの……ありがとね、テッペイ」

「おう、早くアンジェラフルート取らねぇと、消えっちまうぜ!」


 そう言われて慌ててアンジェラフルートを拾う。

 雪の中に紛れて分からなくなってしまいそうな、真っ白なフルート。

 憧れの楽器が今ルリカの手の中に入り、たかがゲームだというのに涙が溢れてきてしまいそうだ。


「お、あったあった」


 テッペイは先ほど投げ捨てたクレイヴソリッシュを拾い上げて、ステータス画面を操作するとバッグに収納している。そして、もう一つの剣で勝鬨かちどきを上げるように高く掲げた。


「ルリカ、これもらっていいんだろ!」

「うん、もちろん」


 コクリとうなずくと、テッペイは嬉しそうに笑ってムーンプラチナソードを納刀し、腰に装備している。

 アンジェラフルートの行方を見届けたギャラリーは、次々とその場を立ち去っていった。また八時間後に来る人もいるのだろう。

 今回取れなかったら、もしかしたらもう手に入れるのは諦めていたかもしれない。そう思うと、テッペイの強引な協力が、とても有り難く感じた。


「テッペイ……あり、ありがとね……」

「それはもうさっき聞い……って、オイ! なに泣いてんだよ?!」


 ルリカがしゃくりあげながら「嬉しくってつい」と伝えると、「ちょっと話すか?」とテッペイは雪の上に腰を下ろした。

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