04.アンジェラクイーン
氷穴を出て白銀の世界に戻ると、そこにいたのはデビルデーモンだけではなかった。
「え……なんでこんなに人が増えてるの?」
「ルリカが掲示板で再浄化時間を広めたからだろうがよ」
呆れたようにいうテッペイに、ルリカは身を縮めさせる。テッペイと違ってあまりネームド狩りをしてこなかったので、深く考えていなかった。
ざっと見回しただけで十数人というプレイヤーがいるこの状況に、嫌気がさしたのはルリカだけではないだろう。
「ごめん、どうしよ……今日は諦める?」
「ぁあ? 釣り勝ちゃーいいんだろ」
「そ、そうだけど……っ」
詩人が一人で倒せるわけもないので、周りにいる人たちは二人から最大の六人パーティだろう。ルリカたちを含め、三組から七組程度のライバルがいるということだ。
「ま、
「えええ、雑魚狩りしないつもり?!」
当然のようにそう言うので、ルリカは思わず声を上げた。しかしテッペイは『なにを言ってるんだ』とでも言いたそうな顔で平然としている。
「雑魚を狩ってる間に湧いたら釣れねーじゃねーかよ」
「そうだけどさ……雑魚狩りもせずにネームドだけもらうとか、鬼畜じゃん」
「んな細けーこと気にすんな。アンジェラフルートのためだ」
「なんかカッコ良さげに言ってるけど、やってることは最低だからね?!」
「いーからルリカはこの辺を張ってろよ。俺は向こうで張っとくぜー」
テッペイはなーーんにも気にしない様子でわくわくと張りにいった。
ルリカは仕方なくその場でアンジェラクイーンが湧くのを待つも、なにもせず見張っているだけというのは周りの目が痛い。雑魚狩りもせず、いいとこ取りだけしようというのだから当然だ。
「すみません、そこネームド湧くかもしれないので、危険ですよ?」
周りで雑魚狩りをしていた、ささやかな胸の女忍者に声をかけられてしまった。そのネームド狙いですとは言いづらく、引きつった笑顔でやり過ごす。
彼女の隣には、一般的なフルートを持った、背の低くて可愛らしい詩人がいた。きっと、その詩人のためにアンジェラフルートを取りに来たのだろう。
暗にアンジェラクイーンを横取りするなと牽制されてしまったのかもしれないと、ルリカは冷や汗をかいた。
『ちょっとぉ、テッペイ!』
『お、湧いたか?!』
『違うって、やっぱりせめて狩ろうよ!』
周りに聞かれないようにパーティ内通話を使うも、テッペイはどこ吹く風だ。
『たかがゲームだぜ。気にすんなよ』
『ルールやマナーってもんがあるでしょ! 相手はNPCじゃなくて
『おっしゃ、Angela queen こっち来いやー!』
『ええええ〝挑発〟?! 釣っちゃったの?!』
『森前まで下がれ、安全なトコで叩く!!』
『もー!!』
見るとテッペイはアンジェラクイーンを引き連れてルリカの方に戻ってきている。HPが黄色にまで減っていたが、デビルデーモンは他のパーティが狩ってくれていて助かった。
ルリカは口をへの字にする女忍者の横をすり抜けて、森前の安全地帯まで移動すると、すぐさまゲリールを使った。テッペイがちょうど効果範囲内に入って、二人ともMP回復効果が付与される。
テッペイはアンジェラクイーンが追いつくまでに
「うっしゃ、やるぜ!!」
「もう、了解!」
テッペイの二倍もの大きさがあるアンジェラクイーンと対峙する。
全身真っ白で大きな翼を持った天使。少し浮いているので、大きく見上げなくてはならない。
テッペイは助走をつけて飛び上がると、初太刀でアンジェラの胸元を斬り下げた。ナイトにしては有り得ないジャンプ力をしているが、バレーをしているリアルパラメータが反映されていたのなら納得だ。
アンジェラクイーンは甲高い悲鳴を一瞬あげたものの、左手を伸ばしてテッペイに照準を合わせている。
『それはあなたには不要のもの……消え去れ』
アンジェラクイーンの言葉と同時にその左手が眩しく光る。ログには〝大天使の清浄〟という技名が表示された。「うお?!」と声を上げたテッペイだが、ダメージは受けていない。
「な、なに?!」
「くそっ、バフ全部消された!! 〝
「ええ、マジで?! 〝ゲリール〟!」
ステータス上昇効果のあるものをすべて消されてしまったテッペイに、再度MP回復効果のあるゲリールを演奏する。
基本的に
「とりあえず、アンジェラクイーンへの
「いや、先に俺へのゲリールと
「わかった!」
テッペイは
ルリカが
「テッペイ、左見て!!」
「こっちかよ!!」
アンジェラクイーンのサイズが大きいせいで、接近戦をしているテッペイの視界が狭くなっているのだ。逆の手の位置の動きに気付くのが遅れている。
光はあっという間に閃光を放ち、テッペイの肩をプシュンと音を立てて撃ち抜いた。
「ぐあっ!!」
「テッペイ!!」
「ぐぎ、 キュワ!!」
テッペイが回復魔法を唱えている間に、アンジェラの左手は再び彼を襲う。
『それはあなたには不要のもの……消え去れ』
「やべ、シールドバッシュ……」
ドンッと盾でバッシュするも、タイミングが遅い。すでにバフは消された後だ。
「クソッ!!」
直後、アンジェラの通常攻撃がテッペイを襲った。爪で引き裂くように攻撃されたテッペイは、バフ効果がない状態では大きくダメージを食らってしまう。
「ああ、もう……っ! ゲリール!!」
「っく、プロテクト!! キュワ!!」
「テッペイ、右手!!」
またアンジェラの右手に光が集められている。〝大天使の裁き〟という技名がログに載った。
「っち! シールドストライク!!」
そのノックバック効果のある技だが、これも少し遅かった。今度は剣を持つ腕に放たれた閃光が命中する。
「うがあああっ!!」
「テッペイ!!」
回復している間にまたも〝大天使の清浄〟が放たれた。シールドバッシュとシールドストライクは、まだ再使用時間になっていなくて使えない。
攻撃に時間を使えず、回復だけの後手に回ってしまっている。
「テッペイ、これ無理だよ! 他のパーティに明け渡そう!!」
「んなカッコ悪ぃこと、できっか!! 死ぬまでやんぞ!! デスペナルティが怖くて
死ぬ方がよっぽどカッコ悪いとルリカは思うのだが、テッペイは一度言い出したらルリカの言葉など聞いてくれない。彼はデスペナルティが嫌ならさっさと歌えと言わんばかりに、敵を見据えたままプロテクトを唱えている。
こうなってしまっては、ルリカも腹を決めるしかない。
「ルリカ、ゲリールよりもラルコシールを優先してくれ! MP回復はアイテムで補うぜ!」
「了解!!」
ルリカがラルコシールを演奏すると、アンジェラクイーンはまた指に光を集め始めた。
「させっか!! シールドバッシュ!!」
バリンとなにかが割れるような気持ちのいい効果音がして、敵の動きが一瞬固まった。指先の光は消され、〝大天使の裁き〟は見事キャンセルされている。
「よっしゃ!!」
「やるじゃん!!」
思わず声を上げると、テッペイは嬉しそうにニヤつきながらアンジェラに攻撃を加えている。
ルリカはとりあえずゲリールを後回しにし、敵に
その間にテッペイはキュワで自身を回復し、ルリカはゲリールを使う。
『それはあなたには不要のもの……消え──』
「シールドストライク!!」
今度はボカンという爆破したかのような効果音が響いた。アンジェラクイーンが大きくノックバックすると同時に、テッペイは畳み掛けるように剣を突き刺立てる。
さすがはテッペイだ、たった数度やっただけでバッシュとストライクのタイミングを完璧に掴んだ。人としては最低だが、ナイトとしては優秀な人物である。
ルリカは少しでもテッペイがダメージを与えられるようにと、アンジェラクイーンに
「よっしゃ、やっとゲージ溜まった!! ホーリースラッシュ!!」
テッペイの剣が大きく横に薙いだ。刃の波動が飛ばされ、アンジェラの右腕をザシュンと傷つける。ログには七一〇ダメージの文字。
「くっそ、思ったよりダメージ少ねぇ……ッ」
「しょうがないよ、テッペイの技は光属性……アンジェラも光属性だもん!」
「とことん相性悪ぃな、チクショウ!!」
ナイトの技は基本的に光属性ばかりだ。火力が圧倒的に足りないが、少しずつアンジェラのHPを減らしてはいる。
ルリカは
「とにかくこのまま続けてちまちま削るしかねぇな!」
「どれだけ時間かかるんだろ……もう遅いけど、明日仕事大丈夫?!」
「いざとなったらサボる!!」
「ちょっと社会人!!」
「どうせ俺はただのバイトだ!」
「真面目なアルバイターに謝りなさいよね! ってかちゃんと就職しなさいよ、いい年してんでしょ?!」
「就職活動なんかクソ喰らえ!!」
「ほんっとダメ男!!」
ルリカの最後の言葉など届かぬ様子で、テッペイは大天使の清浄を上手くバッシュして止めていた。
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