第4話 もう一度会いたいそう思った

「うっ……」


 目を開けると、俺はソファーの上で寝ころんでいた。


 (あれ?どうして、ソファーの上で……)


 思い出そうとすると、頭痛が走る。


 (たしかに、俺は……)


「あ、目が覚めたんだね、お兄ちゃん」


 ふと声が聞こえるほうへ顔を向けると妹が心配そうにこちらを見つめていた。


「うん。てか、なんで俺、ソファーの上で寝込んで……」


「あ~、つかれてねちゃったんだよ」


「疲れて?」


「そうそう、最近、探索者シーカーとして頑張ってるでしょ?きっとその疲れがきたんだよ」


「そうか……」


 (何か引っかかるな……でも妹が噓をつくとも思えないし)


 妹の発言に疑う要素など、どこにもない。


 けど、何とも言えない違和感、俺は、納得できなかった。


「それより、お兄ちゃん!夕ご飯できたから、早く机に座って」 


「ああ、わかった」


 焦りを見せる妹。


 今日の妹は少しおかしい。


 普通の食卓、俺と妹はお互いに向かいながら、一緒に夕ご飯を食べる。


 モデルのような細身の体に、細くきれいな美脚。


 セミロングの黒髪はサラサラと輝いている。


 それが俺の唯一の家族で妹の、柊愛華ひいらぎあいかだ。


「最近、どうなの?順調?」


「まぁ、何とかなってるかな、何とか……」


「順調じゃないんだね」


「まぁ、初日の時に比べれば、だいぶ慣れてはきたけどな。そんなことより、愛華はちゃんと、勉強してるのか?」


「してるよ。お兄ちゃんと違ってね」


「一言余計だぞ」


 柊家の家庭事情はかなり危ういものだった。


 母親と父親の離婚、それを引き金に、家庭は崩壊した。


 迫られる選択、どっちの親につくか、その時、俺は中学3年生で、愛華は中学2年生。


 俺は結論、どちらにもつかないことを決めた。


 理由は単純、怖かったから。


 母親と父親の表情、醜悪で人の見てはいけない裏を見た気がした。


 そんな理由で、どちらも選ばなかった。


 愛華もなぜか、俺を選んだ、安定な生活を求めるのなら、どちらかの親についたほうがいいというのに。


 生活費は元両親から送られては来るが、学費などは送られてくるはずもなく、俺が探索者シーカーをしている理由に繋がってくる。


 本当に親不孝だと思う。


「安心して、私も高校に進学したら、お兄ちゃんの負担を減らせるように探索者シーカーになって頑張るから!」


「あ、ああ……」


 探索者シーカーは危険な仕事だ。


 別に愛華自身が探索者シーカーになりたいのなら、止めることなんてしない。


 けど、今の愛華はきっと、俺に対する罪悪感を拭うために、探索者シーカーになると言っている。


 俺は、愛華に無理してまで、探索者シーカーになってほしくない。


 けど、否定することができない。


 実際に生活は苦しいし、俺の稼ぎが安定しているわけではないからだ。


 (そんな自分が嫌いだ)


 もっと強ければ、強力なスキルを持っていれば、そんな高望みを抱いてしまう。


 俺はこれからも、このしがらみの中で生きていくしかないのだ。


「お兄ちゃん?どうしたの?」 


「何でもない」


 俺が愛華ためにも頑張らないと。


「ねぇねぇ、なんか面白い話ないの?ダンジョン内の話とか?」


 空気を読むように話題を変える愛華。


 ニコニコしながら、聞いてくる愛華の表情に俺は、クスッ笑いが込み上げてくる。


「なに笑ってるの?」


「あ、いや、ちょっとな……」


 あまりにも純粋にニコニコしているから、ついつい。


「もう~!なんで、笑うの?」


「気にするなよ」


「そんなこと言われたら、余計気になる!」


 俺は、絶対にこの笑顔は守りたいと思った。


「そういえば、ダンジョン内で由紀さんに会った」


 あまりにも聞きたそうだったので、俺は、今日会ったこと愛華に話す。


 すると。


「由紀さん?由紀さんってあの【冷徹】の?」


「そう……」 


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「うっうるさ……」


 突然、大声を上げる愛華に、両手で耳を塞ぐ。


「あ、あのレベル6の由紀さんに会った!!いいな~いいな~私も会いたかった~~」


 予想外の反応に驚きを隠せない俺は、一瞬、時が止まる。


「あ~いいな!!私も生の由紀さん生でみたかったぁぁ~~」


「愛華ってそんなに探索者シーカーに詳しかったっけ?」


「何言ってるの?お兄ちゃん!由紀さん言えば、今や若手探索者シーカーのアイドル!!知らない人なんて誰もいないよ!まさか、お兄ちゃん、そんなことも知らなかったの?」


「そ、そうなのか……」


 由紀さんが探索者シーカーの中で、すごいということだけは聞いていた。


 常に高みを目指す姿勢も高く評価され、探索者協会シーカーきょうかいでもよく由紀さんの名前を聞く。


 けどまさか、一般人にまで人気があるなんて、本当に由紀さんはすごい人なんだな。


 まぁ、それもそうか、最少年でレベル6に到達、歳はさほど変わらないのにこの差だ。


 家柄も代々高レベル探索者シーカーを排出する神城家。


 全てが完璧で、探索者シーカーとして生まれるべくして生まれた、そんな決して届かない高みの存在。


 あの時、ダンジョンで助けられたとき、少しでも会話をすべきだったかもしれないな。


 美しい立ち姿、その光景は今でも目を瞑れば、鮮明に思い出せる。


 会って、その場から逃げたことを謝りたい、ありがとうって一言、お礼が言いたい。


 もう一度、由紀さんに会いたい、そう思った。


「お兄ちゃん?」


「うん?」


「なにぼ~としてるの?」


「べつにぼ~としてないけど」


「そ、そう。ならいいけど……」


 別にぼ~としているつもりではなかった。


 ただ一つ、気づいたのが。


 俺はあの時からずっと、彼女のことを考えていた。


 その時は気づいていなかった。


 この気持ちが何だったのかと。      

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