極星調査

一華凛≒フェヌグリーク

はじまり

 チェイムは深く疲れていた。

 故郷の星を離れたいと切望し、上司に遠星調査を申し出るほどに。上司ははじめ『危険だから』とチェイムを引き留めたが、やがては首を縦に振った。

 調査地が決まったことを伝えると、姉は泣きながら拳を握った。『あだの教義』がどれほど弟を傷つけているのか知っていたからだ。逃れるためには星を出なければならないことも、重々。

 遠星調査では浦島効果ウルゥーシマが発生する。

 チェイムは、姉や星の誰よりもゆっくりとした時間を生きることになる。調査先の星に辿り着く頃には、宇宙年換算で二百年近く経っているかもしれない。もちろん、知り合いは誰一人生きていない。


「愛しているわ。あなたが、あなたらしく生きられる土地ほしが、見つかる事を祈っています」


 姉は「最後だから」と青く美しい流翠鋼りゅうすいこうのペンをチェイムに渡した。氷の大地でもインクが凍らず、火口付近でも問題なく筆記が可能な逸品だ。……元はチェイムの父の持ち物だった。マイナーな宗教の研究者だった父親は、年末のお小遣いを前借りしてでも良い文具を揃えたがる人だった。


「とーさん。ペン、もらっていくね」


 出発の前日、チェイムは父母の墓に挨拶をして、姉と硬く抱擁してから故星を経った。彼を故星に留めるような未練は、もう、なかった。

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