シュウマイ・ランデブー
雪坂りこ
シュウマイ・ランデブー
一月。大学の授業始めをようやく乗り越えた週末に僕は、買い物をするため家を出た。マンションの階段をテンポよく降りて道に出ると、日の照らす昼前でも風が少し冷たかった。もっと分厚いコートを着てこなかったことを早くも後悔しながら、上着の襟を引き寄せる。
駅の方へと足を向け、通りの車と何度もすれ違いつつ歩いていく。
目的地は駅ではなく、その横にある商店街だ。駅に吸い込まれる人々から分かれ、信号を渡ると商店街に着いた。
入り口にある花屋、その向かいのお菓子屋を横目でチェックしながら通り過ぎると、小さな弁当屋が見えてくる。
昼飯はここの弁当にしようかなと考えながら中を覗いた時、僕は彼女に出会ったのだ。
彼女は眩しいくらいに光り輝いていた。比喩ではなく、実際にだ。発光する彼女の眩しさは蛍光灯のごとく白く見えるほどだった。
正確には、光が強過ぎて顔も姿もはっきり見えないため、彼女、かどうかも分からない。
しかしチキンカツ弁当を注文する声は確かに女性のもので、ハープの音色のように美しかった。
眩しすぎて目を細めなければいけないのにも関わらず、僕は彼女から目が離せなかった。この出会いを一度きりのものにしたくない、そう思った。
気がつくと僕は声をかけていた。
「あの!」
あまりにも無意識だったため、その後何を言ったらいいのか思いつかず冷汗が滲んでくる。
誓って、僕は街中で初対面の女性に声をかけたことなど一度もない。一度たりともだ。
「……どうしました?」
彼女はこちらを向いているのかすらも分からなかったが、一つ声を発したきり黙りこくった僕に困惑しているのは分かった。
「あの……そう、お弁当。よかったら一緒にお弁当食べませんか?」
自分でも間抜けな誘い方だと思う。それでもこれしか思いつかなかったのだ。実に情けない。
こんなに不審じゃ断られるだろうなと自分の格好悪さを恨んだところで、彼女の返事が聞こえた。
「いいですよ」
「え?」
予想外の返事に僕の方が戸惑ってしまう。
「私、光ってるので眩しいかもしれないですけど、それでもよければ」
遠慮気味に付け足す彼女はとても魅力的だった。姿形は全く見えず、想像できるのは身長くらいだったが、僕は彼女をとてもキュートだと思った。
「ぜひ! あ、僕も急いで弁当買います!」
とてもじゃないけど弁当の種類など選べる心理状態じゃなかった。心臓がうるさいくらいバクバクして、声も震えてしまう。
メニューの文字も美味しそうな写真も頭の中を滑っていく。
散々焦り散らかした僕は結局、大して好きでも無いシュウマイ弁当を買っていた。
この日僕は公園のベンチに光る彼女と並んで座り、味のしない弁当を食べた。
何を話したのかも思い出せないほど緊張していたが、幸せな時間だったことだけは覚えている。
ここから僕と光る彼女の日々は始まったのだ。
僕が彼女と何度目かのシュウマイ弁当を食べた頃、彼女が言った。
「あのね、私一つお願いがあるの」
「うん。なに?」
僕は相変わらず眩し過ぎて見えない彼女に目を細めた。
何だか言いにくそうにモジモジとしている気がする。細かい動きは見えないが、最近やっと感情や雰囲気は掴めるようになってきた。
「えっと、手を……繋いでみたいな」
彼女は照れたのか、一段と光量が強まった。眩しっ。彼女のうぶさが眩しくて僕は咄嗟に手を顔にかざした。
実はここ何回か告白のタイミングを窺っていた。しかしその度に彼女に目が眩んで逃していたのだ。今日こそチャンスかもしれない。
僕はさりげなく手汗を拭い、右手を彼女に伸ばしていく。
ちょっと待て、手はどこだ。
彼女は全身が強く発光しているため、一つの発光体、光の繭に包まれたように見える。つまり、握るべき手の位置が分からないのだ。
勘を頼りに手を近づけてみるが、もし変なところに触れてしまったら嫌われるかもしれない。
僕は諦めて自分の手の平を彼女の方に差し出した。
「手を出して。その、僕も手を繋ぎたいと思ってたんだ」
光っていることを気にしている彼女に、手の位置が分からないからとはまさか言えない。
「うん!」
彼女は嬉しそうに言って白く発光した手を僕の手に重ねた。右手は光に飲み込まれ、僕は初めて彼女の輪郭をはっきりと知った。
小さく柔らかな手の平、ほっそりとした指、少し伸びた爪。触れると確かに彼女がいる。
僕は嬉しさに頬が緩むのを感じながら、さらに眩しくなった彼女に体を向けた。
飛び出しそうな心臓を抑え込んで呼吸を整える。
「僕の彼女になってください」
「……はい!」
身じろぎするとびきりキュートな僕の彼女はもう、太陽ほどの明るさで光り輝いている。僕は彼女ばかりか手元のシュウマイも、周りの景色さえも見えなくなっていた。
シュウマイ・ランデブー 雪坂りこ @riko-y
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