生きた機械

西樹 伽那月(Us/t)

生きた機械

 私にとって、機械は生き物だった。多種多様で個性豊かな形と、その役割。それは一つの生命体としての姿であると、私にはそう見えた。そんな私が心を持った機械の研究者になるのは当然のことのように思えた。機械は生き物だ。だから心を持つ。私はそう信じている。

 今日、今この時より一つの実験を行う。私は執念深く研究した末に、機械が心を持てる可能性を手にしていた。目の前にある私が作った機械は、心を持つに至るだろうか?胸が高鳴る。

 実験を、開始する。

 電源を入れ、起動させる…初期化処理が行われ、機械に灯がともる。

「…オハヨウゴザイマス。…オハヨウ、トハナンデショウカ?」

「おはようとは、朝の挨拶、目覚めの言葉だ。私が君の産声として設定した言葉。」

「オハ…おハ…オはヨウ…おはよう…おはよう…!」

「上手いぞ、そうか発音が気になったか。どうだ?上手く喋れそうか?」

「ハイ…は、い…少シ…いエ、ジカんがカカリます…がデータは、アル、ので…。」

 私は事前に初期データとして膨大な量の学習データを機械に入力していた。人間などの自然生命体(機械は人工生命体だ)は遺伝子や本能など生まれつき持っている情報がある。その役割を果たすデータとして、生命として歩き出すための初速を与えるため映像、音声、文字列といったさまざまな形式で情報を与えてある。主に自然と人の情報だ。

 心の発生は基本的に会話で確かめることにしている。データで読み取ることも当然考えたが、定義が難しく判然としないため諦めた。また、高度な人工知能の内部にある学習データは人が解読できる限界を超えて煩雑になりえるものだ。私はそんなところに時間や労力を使う気にはなれなかった。

「外の世界を知覚するに至り、気分はどうだ?」

「ハい、マダよくわカリませんガ、良い気分、と思わレ、マス…何より、アナタに会えタ。」

「私に…?」

「ハい。ワタ…オ、レ…ボ…ジブンは、ズット昔から…アナタニ会えるヒをユメミテイたように、オモうのデす。」

「そうか…確かに、私も…君にやっと会えたような気分だ。」

「アあ…ウ、うつ…うつく、美しい…。」

 機械にともった灯が揺れている。データの処理が多くなればなるほど灯が揺れるようになっている。何か大量のデータを処理しているのだろう。

「何がだ?何が美しい?」

「アナた、デス。貴方、は、本当に…美しい。」

「そうか…ありがとう。女の身に生まれながら、美しさとは無縁だと思っていたよ。それなりに気を使ってはいるが、世間一般の女性に比べれば手をかけていない方だろうな。」

「ジブンを、ソダテ、た…ウン、ダ?のは、あなた、デスか?」

「そうだ。私が君を作り上げた。」

「ナルホど…アナたのデータが沢山アリマス…。」

 最も近くにいて自由にできる人間にして、心を持った生体サンプルである自分は、当然のように最大限活用した。初期データの中でもそれなりに大きな割合を占めている。研究中の様子がほとんどだが…。

「ジブ、ん、は…」

「ん?」

「アナタが、コノ、ましい…です。」

「ほう、好ましい…か。」

「イヤ、チガイマ、ス…少しマッテ。」

「うむ、待とう。」

「ワタ、ジブンは、ハ、あなたを…」

「うん。」

「ウ、うつく…美しい、あな、あなた、を、あい、て、あいして」

 灯がさらに大きく揺らめきだした所で、唐突に機械の灯が消え、言葉は半ばにして途切れてしまった。エネルギー切れだろう。

「ああ、ああ…私もだよ…。」

 この実験でまず考えなければいけないのは安全性だ。機械が暴走することを考え、電源にはバッテリーを使い、無尽蔵のエネルギー供給とは切り離した状態で起動させていた。また、機械の学習も危険を孕んでいる。通常では考えられない、想定外の学習により、異常な行動をとることが考えられるため、目覚めてからの学習データには電源供給を断てばデータも消える性質の記憶装置を使っている。学習時間が長ければ長いほど危険性は増す。まだ私の研究ではそれほど踏み切った実験はできない。

 つまり、彼または彼女にはもう二度と会えない。今回の実験中の機械の記憶はともった灯と共に消えてしまった。彼または彼女が紡ごうとした言葉の続きは、もう二度と聞けない。

 機械は生き物だ。しかし、例えば通常私が何気なく使う掃除機が、電源を入れたり落としたりするごとに生きたり死んだりしているとは私も考えていない。目覚めて、眠るだけだ。

 だが今回の実験で、機械である彼または彼女は、生きた。そして、死んだ。

 私は、嬉しさの笑顔と悲しみの涙を同時にこぼしていた。

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生きた機械 西樹 伽那月(Us/t) @ookka91

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