縁日 3
鏡子は閻魔大王の後ろを歩いていく。鏡子の後ろには刀葉林とその刀葉林から腕を抱き締められ歩きづらそうな泰山王がいる。
しばらく歩くと閻魔大王が少しこちらを向いて「着いたぞ」と声をかけてくる。
目の前にはりんご飴を買った店と同じような木造出店がある。違うのは水色に塗られているという点と――。
「人?」
鬼ではなく人間の男性が店主をしている。
閻魔大王が「人は人だが。普通の人とは違うな」と答えた。
鏡子はどういうことだろうと思いつつも閻魔大王に続いて店まで着く。と、店主は「閻魔大王! お久しぶりです」とにこやかな笑みを浮かべた。
「ああ。だいたい一年ぶりですかな。キリスト殿」
「っ!?」
「キリスト殿」ってあのキリスト?
鏡子は思わず目を見開いて店主を見つめる。
男性にしては珍しい長い茶色の髪。クルクルと無造作に巻いてある。顔立ちは面長で髭がこれまた長い。身なりは布のようなものを着ており、少しみすぼらしい。
やっぱりこの店主……。あの有名なイエス・キリスト、だよね。
え……。ここ地獄だよね。地獄って仏教なんじゃないの。キリストはえーっと。キリスト教で。キリスト教って地獄もあるんだっけ?
鏡子の頭は大混乱である。
そんななか、後ろから「アタシもいるわよー」と刀葉林に抱きつかれる。
「今日はどんな紅茶があるのかしら」
「本日はローズヒップティーを持ってまいりました。バラの紅茶です」
キリストは茶葉の入った瓶を刀葉林に差しだす。刀葉林は瓶をもらって軽くゆすると満足気に頷いた。
「それじゃあこれをもらうわね」
「ありがとうございます」
すると横から泰山王が「それだけでいいのか」と刀葉林に話しかける。
「ええ。アナタが前にここで買ってきてくれた桃の紅茶が余っているもの」
そう言って二人はお互いに笑いあう。
どうも刀葉林がこことよく取引をしているというのは本当みたい。
鏡子は二人をほのぼのと眺めていると閻魔大王が「妻も何かほしいものがあれば遠慮なく言ってくれ」と近づいてくる。
「あ、はい」
鏡子は店の商品を端から眺める。
瓶に入った紅茶が何種類かあり、地獄ではなかなか見られないパンもある。それにここで指輪を買ったということだが、指輪以外にもネックレスやブレスレットもある。
どれも地獄ではなかなか見られないものばかりでキラキラと輝いており、鏡子は思わず目移りしてしまう。
そんな鏡子を見て閻魔大王は「いくつでも大丈夫だぞ」と声をかけてくる。
「そうは言っても……」
さすがにそれは悪いしな。
鏡子はどれか一つにしなきゃと悩む。そしてふと自身の薬指に嵌っている指輪を眺めた。
この指輪。閻魔大王にもらったんだよね。
鏡子はチラリと閻魔大王を見る。
この地獄に来てからいろいろとあったけれど。閻魔大王のおかげで何とかやっていけている。閻魔大王には日頃お世話になっているし。指輪以外にも何かといろいろともらっているし。
買うのは閻魔大王かもしれないけれど。でもどうせなら閻魔大王に何かを送りたい――。
鏡子は決意を固めてキリストに「男性物の指輪ってありますか」と聞く。
「男物の指輪?」
閻魔大王が訝しげに鏡子を見る中、キリストは「それならこれはどうですか」と一つの指輪を差し出す。
指輪はいたってシンプルなものだが、紫の宝石が等間隔で埋められている。
「この宝石はアメジストです。色も色ですし。そこまで目立たないので男性でもつけやすいかと」
鏡子は指輪を受け取って閻魔大王に指輪をかざす。
閻魔大王の紅色の着物を邪魔することなくアメジストの紫が溶けて見える。
鏡子は「それじゃあこれをお願いします」とキリストに伝えてから、閻魔大王に改めて向き合う。
鏡子は少し強引に閻魔大王の手をとった。
「あのっ!」
「!」
閻魔大王はいきなりの鏡子の行動に目を見開く。だが鏡子はそんな閻魔大王のことを気にせず、「この指輪を閻魔大王に!」と強引に閻魔大王の手に指輪を握らせる。
「余に?」
鏡子はコクコクと頷く。それから閻魔大王から少し目を逸らして言葉を紡いでいく。
「その。閻魔大王にはいつもいろいろと助けてもらっているので。なので何か贈り物をしたくて」
そう言った鏡子の頬は赤くなっている。閻魔大王は頬の赤くなった鏡子を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか。ならありがたくもらうとしよう」
閻魔大王は鏡子の腕をとり、指輪を持たせる。そして「妻がはめてくれるんだろ」とウインクをかました。
「……それじゃあ」
鏡子は顔を真っ赤にしながら頷いて閻魔大王の左手薬指に指輪をはめた。控えめな紫の色が閻魔大王の薬指に輝いている。
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