縁日 2
刀葉林に引かれるまま鏡子は足を進める。その後ろにはため息を吐いている閻魔大王と泰山王が続く。
「さ、ここよ」
鏡子は刀葉林が足を止めた先を見る。と淡い桃色に塗られた木造の出店が見えた。外にたくさんの客、といっても鬼が列を成している。
たくさんの鬼を見て少し立ちすくんだ鏡子を閻魔大王は「余も側にいる」と後ろから軽く肩を叩く。
「はい……」
「さっ、それじゃあ選びましょう」
鏡子は刀葉林と一緒に思い切って出店の前へと歩く。出店には鏡子が求めていたりんご飴はもちろん、ぶどう飴や兎などの動物の形をした練り飴も売られている。どれも艶々と飴に光沢があって、鏡子は思わず目を輝かせてしまう。
「ふっふっふっ。なかなかいい出店でしょう? この時期になると毎年ここに来ているの」
そう言って刀葉林は後ろを振り向く。刀葉林は閻魔大王に得意げな顔を見せていた。閻魔大王はそんな刀葉林を見てわざとらしくため息を吐く。
「泰山王。今更だが。どうして刀葉林を妻としたんだ?」
「……押しかけ女房、というやつだ」
「なるほど」
閻魔大王はキラキラと目を輝かせて飴を選ぶ鏡子を優しい瞳で追いかける。そんな閻魔大王の姿を泰山王はやれやれ、と見ていた。
閻魔大王の妻、鏡子は刀葉林と違って押しかけ女房ではないが。刀葉林と同じく大人っぽい表情をしたかと思ったら、今のような子供っぽい表情を見せる。全く。女性とは男性を狂わせる生き物らしい。
「アタシはこれにしよー」
刀葉林は可愛いトラ猫の練り飴をとって、ブンブンと軽く振って泰山王にアピールする。
「鏡子はどれにするの」
「えっと」
刀葉林に促され、鏡子は右に左に視線を忙しなく動かす。そして最終的に最初に言ったりんご飴を選んだ。
刀葉林は練り飴を持ちながら「さ、次はどこに行く? 鏡子の行きたいところならどこへでも連れて行ってあげる」と笑う。
「えっと」
鏡子は少し考え込む。そして閻魔大王を見た。ふいに見られた閻魔大王は「ん?」と首を傾げる。
「どうした」
閻魔大王は鏡子の隣に立つ。鏡子は指輪をさすりながら「閻魔大王」と声をかけた。
「この指輪、縁日で買ったって言ってましたけど。そこのお店に行きたいです……」
それを聞いて今度は閻魔大王が刀葉林に向けて得意な顔を向けた。そのまま閻魔大王は鏡子の肩を優しく抱き寄せる。
「! え、閻魔大王!?」
いきなり抱き締められた鏡子は恥ずかしさより驚きが勝ってしまう。
「どうしたんですか!?」
「ずっと刀葉林に隣を奪われていたからな。今度は余の番だ」
「そ、そうは言っても」
閻魔大王はいつも私の隣にいるような……。
鏡子はそう思うものの、口に出すことは出来ない。
そんなこと口にしたら恥ずかしさで何とかなってしまいそう……。
鏡子が頬を赤くしているなか、閻魔大王と刀葉林はお互いに睨み合って口論している。
「言っとくけど。そのお店の店主はアタシの方がよく取引しているのよ」
「だから何だ。妻が頼ってきたのは余だ」
「そのお店の場所が閻魔大王しか知らないと思ったからでしょ。たったそれだけのことなのに得意気になっちゃって」
「なんだと」
二人はさらにバチバチと睨み合う。
どうしよう。止めたほうがいいよね。
鏡子がオロオロしながらもそう思っていると「二人ともいい加減にしろ」と横から泰山王が二人の間に割って入っていった。
「一緒に行けばいいだろ」
そう言って泰山王は鏡子の方を振り向く。その瞬間、鏡子はハッとして全力で首を縦に振った。
「そ、その通りですよ。皆と一緒にいた方が安心するし。何より楽しいし。わ、私っ。二人と一緒に行きたいなぁー」
すると閻魔大王も刀葉林もそっぽ向くものの、ひとまず場は収まった。
よかった……。泰山王が気を利かせてくれたんだ。
鏡子がホッと息を吐くと泰山王が「すまないな」と耳打ちしてくる。
「え!? い、いえ」
泰山王に謝られたことがなかったので思わず声が上擦ってしまう。
「地獄で気軽に話せる同性がいないからな。だから刀葉林は嬉しくて仕方がないんだ」
そう言って泰山王は優しい瞳を刀葉林へ向ける。そして泰山王の他に優しい瞳をしている人物がもう一人――。
「妻よ。そろそろ行こう」
閻魔大王に温かい瞳で見つめられ、鏡子は照れながらも「はい」と答えて閻魔大王の少し後ろを着いていった。
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